すばらしい未来が楽しみです 最終回

2001年秋から20年間にわたり、年4回の連載「赤ちゃんの四季」が、今回で終わることになりました。少子化が進む中で、赤ちゃんがもつ明るく、夢のある話を、幅広い読者にお届けしたいと、お引き受けしたのを思い出します。

21世紀に入り、脳科学・認知心理学の進歩とともに、人間の脳の微細な構造とその機能が画像で観察できるようになり、乳幼児期の精神運動発達のようすを脳の発達と結びつけて考えることができるようになりました。非行・犯罪・自殺といった思春期の問題も、乳幼児期から学童期にかけての過ごし方と無関係でないこともわかってきました。

子育てで大切なこと、それは赤ちゃんの脳に「他人を信頼する能力」を刻み込むことです。赤ちゃんは、見つめ合いや微笑、表情の模倣を介して学習し、それが人への信頼感を育み、感性豊かな大人になっていくのです。

いま、世界は人工知能(AI)の時代に突入しました。AIのもつ深層学習(Deep Learning)という機能は、人間の脳の働きを模して組み立てられた人工の脳であり、学習したことを記憶として刻み込んでいきます。

AIロボットが、子育ての手助けをする時代がもう目の前まできています。AIロボットに子育ての手助けをしてもらうには、手塚治虫氏の鉄腕アトムのような、「おもいやり」と「あたたかい心」をもったロボットに育てねばなりません。

それには、私たち人間が、AIロボットの良きお手本となる振る舞いをしないと、AIロボットは勝手に「おもいやり」や「あたたかい心」を手に入れることはできません。私たち人間自身の行っている子育てがこれでいいのか、よく振り返ってみることです。

これまで以上に子どもたちを心豊かに育むことにより、互いの人格と個性を尊重し、支え合い、多様なあり方を認め合える新しいデジタル社会が訪れるのを楽しみにしています。

長年にわたり、ご愛読ありがとうございました。
2020-01-08   「赤ちゃんの四季」最終回

赤ちゃんとともに50年

私が小児科医となったのが1965年。当時の日本には、まだ、赤ちゃんを専門にみる新生児科医という職種はありませんでした。

1970年にパリ大学医学部の新生児研究センターに留学する機会を得、それまで日本で見たことのないような光景を目の当たりにしました。呼吸障害のある未熟児が、常時10人以上いろんなタイプの人工呼吸器で治療を受けており、人工呼吸器の作動する音が部屋中にこだましていました。ここでの医療は、何もかもが日本で見たこともないものばかりでした。

3年近い留学生活ののち、帰国した時の日本の医療は、留学前とあまり変わらず、欧米との違いが歴然としていました。当時の我が国の出生数は年間200万人を超え(現在の出生数の倍以上)、母子保健が大きな社会問題でした。

幸いにも、日本の高度経済成長のおかげで、次々と欧米から最新の医療機器が輸入されてきました。欧米から船便で送られてくる医学雑誌や留学生が持ち帰った医学文献を頼りに、新しい医療機器を使いこなし、あっという間に、その後の10年余りで欧米に追いつくことができました。

新生児医療が世間一般に知られるようになったきっかけは、19761月の鹿児島での五つ子と、9月の神戸での六つ子誕生です。鹿児島では全員生存し、元気に退院されましたが、神戸ではいずれも800gに満たない超低出生体重児で、元気に退院できたのは女児1名だけでした。この子の出生体重620gは、その後2年余り生存例の世界最小出生体重児でした。その後も元気に育ち、結婚され、元気な男児を出産しておられます。この出産の知らせは、新生児科医冥利に尽きるもので、私への修業証書でした。

新型コロナの流行前までは、月に何度か神戸大学や兵庫県立こども病院などの新生児センターに出向き、保育器内の赤ちゃんたちや若いドクターとの出会いを楽しみにしていました。1日も早く、再び立ち寄れる日がくるのを心待ちしています。

令和2年10月13日

新型コロナ後の新しい生活と子どもたち

新型コロナ感染対策として、3蜜の回避、外出自粛が求められたのを機会に、わが国でもインターネットを活用した生活が見直され、一気に加速しそうです。

大人の社会では、働き方改革の一環として、在宅勤務の割合が増え、両親が揃って家にいる時間が増えます。子どもたちの学校ではオンライン授業が取り入れられ、休校中でも在宅で学習できるようになり、家族揃って、夕食をとる家庭が増え、親と子の対話も増えることでしょう。

一方、今の都市生活では、家族がくつろげるだけの空間しかなく、落ち着いて在宅勤務できる家庭は限られているでしょう。とくに、乳幼児のいる家庭では、仕事をしようと思っても、子どもは許してしてくれません。都市部では庭付きの住宅を持てず、郊外に移り住む家族が増え、都市集中型から地方分散型へと、新型コロナ流行を機会に変化していきそうな気がします。

今回の休校で、世界各国でもオンライン授業が試みられています。先進国の中で、日本はパソコン・スマホの普及率が低く、少し遅れをとっているようです。これまでのところ、対策としてテレビや民間の教材を一部の学校では用い始めているようですが、両親への負担が大きく、戸惑っておられる方も多いようです。

人と人とのコミュニケーションをとるには、言葉、動作振る舞い、表情、声の調子などで相手に自分の気持ちを伝えますが、言葉による表現力に乏しい子どもたちにとって、オンラインで友達と十分なコミュニケーションをとれません。学習ドリルやオンライン授業で知識力はある程度カバーできるでしょうが、五感を養い、友だちとのコミュニケーションをとり、協調性を養う教育目標達成には大いなる工夫が必要となります。

休校明けで、友達と出会い、マスクをしながら校庭をかけ巡る子どもたちの姿を見ていると、外出自粛が子どもにとっては大人以上に大きなストレスになっていたことがよくわかります。

2020/7/26

赤ちゃんの四季

 

 

 

 

 

連載 赤ちゃんの四季 2018/2019

76. スマホとこれからの子どもたち

発展途上国の子どもたちが、iPadを手に楽しそうに談笑している姿、また学校教育現場でiPadが活用されている報道画面を見ていると、これら発展途上国の識字率が学習アプリの普及で大きく向上し、生活水準アップが期待できそうです。

日本では、子どもは「スマホ依存症」、「ゲーム依存症」になりやすいとの理由で、またSNSでの犯罪被害を恐れて、子どものスマホ使用には消極的な親が多いようです。子どもは、ルールがなければ何時間でもゲームしています。子どもが依存症にならないようにするには、親子の間で一定のルール作りをしておくことです。あなた自身が、お子さんと一緒にゲームを楽しんで上げてください。子どもが成功した時には、「ゲームへの集中力、細部への注意力の向上」を褒めてやることです。親子のコミュニケーションも良くなり、お互いの理解も深まります。SNSについても、自分の子が学校友達以外の不特定の集団の中に属していないか絶えず目を光らせてあげてください。家庭や学校でのきめ細やかな指導が不可欠です。

私たちの身の回りには、家電製品をはじめ、人工知能「AI」搭載の製品(IoT, internet of things)が次々と出回ってきます。私たちは、知らず知らずのうちに、「AI」の思いのままに行動しているような気がします。5つの感覚(視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚)をもつセンサ機能が改良されると、人工知能「AI」は人間と同じ知性を持つように進化し、近い将来には「AI」が人間社会の一員となるかもしれません。

これからの子どもたちは、次々と生み出されてくる電子通信機器や「AI」搭載機器とうまく共生していく必要があります。子どもをスマホから遠ざけるのではなく、学校においても、家庭においてもスマホを上手く使いこなす術を指導していくことがこれからもっと大切になるでしょう。(令和元年冬)

75. 子どもを虐待から守るには

子どもの虐待死亡事件の報道に、心を痛めておられる方が多いと思います。子どもの数が減少する中で、子どもの虐待死亡件数は毎年50名近くあり、減少する傾向は全くありません。一方、平成30年度の児童相談所への児童虐待相談対応件数は16万件にも上っています。この数は、18歳未満の子ども100人に1人が毎年虐待を受けていることを示しています。

この12月には、第25回日本子ども虐待防止学会を神戸ポートアイランドで開催します。参加者の多くは福祉・医療・保健・教育・司法・行政・NPO団体などで普段から虐待防止に取り組んでいる人々で、約2千名の参加が見込まれています。じつは、2001年にも神戸大学小児科が中心となり、神戸で第7回大会を開催しています。当時は、わが国でも子ども虐待が大きな社会的話題になり始めた頃でした。2000年に子ども虐待防止法が初めて成立し、児童相談所への児童虐待相談対応件数は今の10分の一、1万5千人程度でした。増え続けるその数に将来を案じていたのが、より厳しい現実となりました。

親から子への虐待、傷害致死事件では、10年以上の懲役刑の出る判決はまずなく、その量刑が軽いとの印象を持たれている方も多いのではないでしょうか。虐待死に至った背景として、➀予期しない妊娠/計画していない妊娠、妊婦健診未受診、母子健康手帳の未交付といった妊娠期・周産期の問題、 ②産後における心理・精神的問題、➂家庭の経済的困窮といった問題を抱えている事例が多く、全てを親の責任するのは酷との判断でしょう。しかし、子どもが虐待を受け、死亡に至っている事実は重く受け止めねばなりません。

「子育て支援を」、「子どもは国の宝」と選挙でどの候補者も声高に叫んでおられますが、その施策をみていると、保育所の増設や待機児童の減少が中心で、育てる側の身勝手が目立ちます。子どもは、朝早くから目をこすりながら、通勤列車に乗って「預けられ」、夕には「引き取られて」いきます。まるで手荷物の一時預けのようです。親も子も分刻みの生活を強いられているのです。

どうも、今の日本では、子どもの人権、子どもの尊厳は後回しになっているように思えてなりません。せめて乳幼児期だけでも、ゆったりとした時間の中で、親子が落ち着いて生活できる場を社会が提供することです。これしか、児童虐待から親子を守るすべはなさそうです。(令和元年秋)

74. 合計特殊出生率からみた世界

厚生労働省の発表では、2018年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの数)は1.42と3年連続の低下を示し、同年に生まれた子どもの数(出生数)は91万8千人と過去最少を更新し、3年連続で100万人割れです。

日本では、1947年の出生数が268万人、そのときの合計特殊出生率は4.54と高値でしたが、高度経済成長とともに1960年には2.0まで低下したのです。1975年以後は2.0を上回ることはなくなり、1.26まで低下したのが2005年です。その後わずかに増加はしましたが、政府の掲げる希望目標値1.8とは程遠いものです。

スエーデンのウプサラ大学の公衆衛生学の教授だったハンス・ロスリング氏の「ファクトフルネス」という書が、世界中で話題を呼んでいます。「あなたの”常識”は20年前で止まっている」という副題に惹きつけられて、私も手にとってみました。物の豊かな国に住むわれわれが普段目にする統計は、豊かな国同士を比較したものばかりで、発展途上国や最貧国の現状について自分自身があまりにも無知であることに気づかされました。

その本で、しばしば引用されている国連人口統計では、世界全体の合計特殊出生率は、1964年に5.06だったのが、2017年には2.42にまで低下しています。アジアだけみても、インドとインドネシアが2.3、バングラデッシュ2.1、ベトナム1.9、中国1.6、タイ1.5と経済発展とともに急速に低下し続けています。シンガポール、韓国、香港、台湾といった東アジアの国々は、我が国よりももっと低水準です。

今や、合計特殊出生率が4を上回っている国は、戦争の絶えない一部の極貧国だけです。かつての極貧国も日々経済成長を続けており、子どもの死亡率が低下し、やがて合計特殊出生率も2.0を下回るに違いありません。われわれは、世界の人口増加による食糧不足に怯えることはなさそうですが、地球規模での成熟した高齢者社会を遠からず迎えることになりそうです。((令和元年夏)

73. 睡眠不足は記憶力を低下させる

春の行楽帰りの電車の中、遊び疲れた幼子が身体を折り曲げ、ぐっすり寝込んでいます。令和という新しい時代を迎えての大型連休。帰り路の睡眠が、楽しかった一日の思い出を脳の奥深くにある海馬に、確かな記憶として刻み込んでいます。

睡眠には、浅い眠り(レム睡眠)と深い眠り(ノンレム睡眠)の2種類があります。レム睡眠は原始的な睡眠で、ノンレム睡眠は脳の進化とともに発達してきたもので、脳の休養、回復に役立っています。夢を見たりしているときの浅い睡眠(レム睡眠)は、寝る前に学習したことを整理し、記憶として定着させる働きがあるのです。

近年、中高校生の多くは睡眠不足に陥っています。彼らの年齢層は、もともと夜型化し易いという生物学的な特徴を持っており、インターネットやスマホの普及で、より一層睡眠不足になり勝ちです。睡眠不足になると、記憶力が低下し、注意力が散漫になり、学業成績も落ちて行きます。感情も沈みがちに、無気力になるだけでなく、キレやすい性格にもなります。

睡眠が不足しがちな高校生に、昼休みに15分間の午睡をとらせたところ、午後の眠気が少なくなり、学力が向上したという研究報告や、記憶課題のトレーニング実験で、トレーニングの間に睡眠を挟みながら行うと記憶力がアップしたというデータもあります。一夜漬けの試験勉強でも、朝まで頑張って勉強するよりも、勉強をした後に適度に睡眠をとると寝ている間に学習したことが頭の中で整理され、記憶として定着することになります。

睡眠不足に悩まれている方は、ベッドでのスマホをやめ、朝の光で体内時計をリセットし、生活リズムを整えることが一番です。太陽の光には覚醒効果のあるブルーライトが含まれているのです。(平成31年春)

 

72. 成育基本法の成立とフィンランドのネウボラ

昨年12月8日に、成育基本法が成立したのをご存知でしょうか。この成育基本法という法律には、全ての妊婦・子どもに妊娠期から成人期までの切れ目のない医療・教育・福祉を提供することの重要性が定められ、国や地方公共団体、関係機関に必要な施策を実施する責務が明記されています。

我が国では、妊産婦のうつ病・自殺、乳幼児虐待、思春期の自殺など、子育てに関わる問題が山積しています。そこで、注目されているのが、男女共同参画の先進国で女性のほとんどがフルタイムで働くフィンランドのネウボラです。ネウボラ (neuvola) はアドバイス(neuvo)の場という意味で、妊娠期から就学前までの子どもの健やかな成長・発達の支援はもちろん、母親、父親、きょうだい、家族全体の心身の健康も一元的にサポートしています。
フィンランドでは妊娠の予兆がある時点で、まずネウボラへ健診に行きます。ネウボラはどの自治体にもあり、健診は無料、全国でネウボラの数は約850か所あるそうです(人口540万)。妊娠期間中は少なくとも8-9回、出産後は15回ほど子どもが小学校に入学するまで定期的に通い、保健師や助産師を中心に専門家からアドバイスをもらいます。

社会全体が子どもの誕生を歓迎し、切れ目のない、包み込むようなフィンランドの子育て支援が、現在世界中で注目を集めています。日本国内においても、いくつかの市町で日本版ネウボラが試みられています。
新しく制定された成育基本法の基本理念は、これから生まれてくる赤ちゃんやお母さんを社会全体で守ろうという大変素晴らしいものです。その具体的な施策は、まだこれからのようですが、ネウボラが一つのモデルとなるでしょう。(平成30年冬) 資料:フィンランド大使館HP

 

71. 大人の百日咳が増えている

百日咳は2018年1月から5類感染症の全数把握疾患に指定されたことから、わが国全体の患者数を正確に把握できるようになりました。その結果、この4か月余りでの集計で、5歳未満は14%、5歳以上15歳未満が52%、20歳以上の成人症例が34%と、約3分の1が成人患者であることがわかりました。

DPT-IPV四種混合ワクチン(ジフテリア・百日咳・破傷風・不活化ポリオ)接種が、わが国を含めて世界各国で実施されており、その普及とともに各国で百日咳の発生数は激減しています。しかし、百日咳は感染力がとても強い疾患で(麻しんと同程度)、わが国では毎年数千人の百日咳患者が発生していると言われています。

乳児の百日咳は、特有のけいれん性の咳発作(痙咳発作)を示す急性気道感染症で、咳がひどい時にはチアノーゼを伴います。しかし、成人や百日咳含有ワクチンを接種した人が百日咳にかかっても重症化することはありません。その症状も典型的でなく、軽い咳が長引くだけで自然に治癒することが多いので、冬季に向かいウイルス性の風邪が流行し始めると見分けるのが難しくなり、大流行の元となります。

乳児では、母親から受け取る免疫(経胎盤移行抗体)が十分でないために、生後早期から罹患する可能性があります。新生児や6か月未満の乳児が百日咳にかかると、呼吸器不全に陥り呼吸停止など命に関わる大変危険な疾患です。
したがって、生後3か月になれば、できるだけ早い時期に四種混合ワクチンを接種することです。また、乳児期に百日咳ワクチンを接種していない学童や大人もワクチン接種されることをお勧めします。(平成30年秋)

70. 多様な性を受け入れる社会に


本年7月に、お茶の水女子大学が戸籍上は男性で、心の性別が女性のトランスジェンダー学生の受け入れ決定を発表し、日本もやっと多様な性を受け入れる社会に向かいつつあります。

性同一性障害(Gender Identity disorder, GID)とは、医療的なケアを必要とする場合の診断名です。トランスジェンダーとは、自分の生まれた時の社会的・法律的な性に違和感を持っている人を指し、医療的な治療を必要としない人も含めた呼びかたです。最近では、「LGBT」(Lesbian, Gay, Bisexial, Transgenderの頭文字をとったもの)が性的少数者の総称としてよく用いられており、その数は13人に1人に及んでいます(電通ダイバーシティ・ラボの20~59歳を対象にした調査、2016年4月)。

米国では、自らの生物学的性とは逆の性に社会的転換したトランスジェンダーの子どもたち、つまり、性同一性を支持されて社会的に公然と生きることを認められた子どもたちを、誰もが社会で目にするようになってきました。その結果として、社会的に転換したトランスジェンダーの子どもたちは、生まれたときの性別のままでいる子どもたちに比べ、抑うつ症状や不安症状をもつ割合が著しく低下したとの論文もあり、早期介入の重要性が指摘されています。

男の子の中には、ぬいぐるみやお人形遊びなどを好む子もいますし、女の子の中にも男の子のように木登りや動き回って遊ぶのが好きな子もいます。子どもの行動パターン、「男らしさ」、「女らしさ」は、子どもの生物学的な性と大抵は一致していますが、ときに一致しないこともあります。前回にも触れましたが、これらの行動パターンの違いは、生物学的な性よりも、お母さんの子宮内で男性ホルモンの影響で生じた脳の性差によるとの指摘もあります。

多様な性を受け入れる社会を目指す我が国においては、トランスジェンダーの子どもたちへの気づき・理解と家族への適切なアドバイスが求められる時代になってきたと言えます。(平成30年夏)

69. 男らしさは、胎児期に芽生える
男性ホルモン(アンドロゲン)と呼ばれるステロイド・ホルモンの代表がテストステロンです。男性ホルモンというと、筋肉増強剤、スポーツ選手のドーピンをイメージされる方が多いと思いますが、筋肉や骨の形成だけでなく、男性の性機能、脳の男性化に働き、冒険心・闘争心を高めます。

胎児はみんな、女性ホルモンの環境下にあります。男児のみは、妊娠6週から24週にかけてアンドロゲンが大量に胎児の精巣から分泌され、「アンドロゲン・シャワー」と呼ばれる状態になります。男性生殖器が発達し、脳は女性的特徴を失い、男性化します。早産で生まれた新生児男児のペニスは大きく、ときに勃起しているのに驚かされます。

もし、胎児期に「アンドロゲン・シャワー」の洗礼を受けていなけば、たとえ染色体が男性型(XY型)であったとしても、出生時にはペニスは小さく、社会的に女性と判定されてしまいます。一方、先天性副腎過形成と呼ばれる病気では、染色体は女性型でも、副腎で大量にテストステロンが産生されるために、出生時には陰核が肥大しており、男性と間違われたりします。胎児期における血中テストステロン量が男らしさの発現に関わっているのです。

思春期になると、女性は卵巣から女性ホルモンであるエストロゲンが、男性では精巣からテストステロンが大量に分泌され、女らしさ、男らしさが際立ちます。健常成人女性の血中テストステロン・レベルは健常成人男性の5~10%程度と低いですが、ゼロではありません。これは、テストステロンが精巣だけでなく、副腎や卵巣からも分泌されているからです。男性的な振る舞いをする女性では、血中テストステロン値が高いことも珍しくないのです。(平成30年春)

成育基本法の成立とフィンランドのネウボラ

昨年12月8日に、成育基本法が成立したのをご存知でしょうか。この成育基本法という法律には、全ての妊婦・子どもに妊娠期から成人期までの切れ目のない医療・教育・福祉を提供することの重要性が定められ、国や地方公共団体、関係機関に必要な施策を実施する責務が明記されています。

我が国では、妊産婦のうつ病・自殺、乳幼児虐待、思春期の自殺など、子育てに関わる問題が山積しています。そこで、注目されているのが、男女共同参画の先進国で女性のほとんどがフルタイムで働くフィンランドのネウボラです。ネウボラ (neuvola) はアドバイス(neuvo)の場という意味で、妊娠期から就学前までの子どもの健やかな成長・発達の支援はもちろん、母親、父親、きょうだい、家族全体の心身の健康も一元的にサポートしています。
フィンランドでは妊娠の予兆がある時点で、まずネウボラへ健診に行きます。ネウボラはどの自治体にもあり、健診は無料、全国でネウボラの数は約850か所あるそうです(人口540万)。妊娠期間中は少なくとも8-9回、出産後は15回ほど子どもが小学校に入学するまで定期的に通い、保健師や助産師を中心に専門家からアドバイスをもらいます。

社会全体が子どもの誕生を歓迎し、切れ目のない、包み込むようなフィンランドの子育て支援が、現在世界中で注目を集めています。日本国内においても、いくつかの市町で日本版ネウボラが試みられています。
新しく制定された成育基本法の基本理念は、これから生まれてくる赤ちゃんやお母さんを社会全体で守ろうという大変素晴らしいものです。その具体的な施策は、まだこれからのようですが、ネウボラが一つのモデルとなるでしょう。 資料:フィンランド大使館HP

連載 赤ちゃんの四季(平成30年冬)

連載 赤ちゃんの四季 2011-17

68) 感性豊かな子に育てよう 平成29年冬
67) AI時代、「声」の時代に 平成29年秋
66) 子は天から授かった大切な宝 平成29年夏
65) 少年を犯罪からまもるには 平成29年春
64) 「人工知能」が人間の仲間入りする時代に 平成28年冬
63) 世界に一つだけの花 平成28年秋
62) 増加し続ける発達障害が大きな社会問題に 平成28年夏
61) 子宮内環境が生活習慣病に関係する 平成28年春
60) 脳の進化からみた乳幼児期にふさわしい教育を考える 平成27年冬
59) 完全母乳主義の落とし穴 平成27年秋
58) 人は、いつまで反抗期? 平成27年夏
57) 野放しの「電子たばこ」 平成27年春
56) 子どもの健康を脅かす食の環境 平成26年冬
55) スマホと子どもたち 平成26年秋
54) 日本の子どもの貧困率は先進35カ国のうち9番目の高さ 平成26年夏
53) 光るニホンウナギと赤ちゃんの黄疸 平成26年春
52) 生まれつきもつ“まなかい”能力を損なわないように 平成25年冬
51) 脳科学、認知心理学からみた早期教育の是非 その2 平成25年秋
50) 脳科学、認知心理学からみた早期教育の是非 その1 平成25年夏
49) すばらしい学習能力をもつ子どもの脳 平成25年春
48) これで安心。ポリオ経口生ワクチンから不活化ワクチンへ 平成24年冬
47) 乳幼児虐待から学童のいじめへ 平成24年秋
46) 妊婦さん、やせ過ぎにご注意を、増え続ける低出生体重児 平成24年夏
45) 桃の節句 ひな祭り 平成24年春
44) 笑いではじまる人の一生 「胞衣(えな)笑い」 平成23年冬
43) 三つ子の魂百までも 平成23年秋
42) 阪神大震災で学んだ子どものこころのケア 平成23年夏
41) 高齢出産には高いリスクが伴う 平成23年春

連載 赤ちゃんの四季 2006-10

40) 赤ちゃんと皮膚 平成22年冬
39) 犬のしつけに学ぶ 平成22年秋
38) 情報社会と子どもたち 平成22年夏
37) 障害をもつ小児がグローバルな話題に 平成22年春
36) ワクチン接種は誰のため 平成21年冬
35) グローバル社会と日本の母子 平成21年秋
34) ついに、国内でも新型インフルエンザ 平成21年夏
33) こどもの時間外救急は隙間産業的医療で 平成21年春
32) 母子の絆は母乳のフェロモンから 平成20年冬
31)  Win-Winのこころ 平成20年秋
30) 花づくりから学ぶ子育て 平成20年夏
29) 問題の先送りでは解決しない 平成20年春
28) 古代米・黒米をご存知ですか? 平成19年冬
27) 「きまりだからダメ」と言わないで 平成19年秋
26) 赤ちゃんポストに思う 平成19年夏
25) 本音ばかりでは世が荒む 平成19年春
24) お産が危ない、お産は危ない 平成18年冬
23) 「おもちゃ」遊び 平成18年秋
22) ユビキタス・ネット社会は子どもの敵 平成18年夏
21) 川の字は日本の育児文化 平成18年春

連載 赤ちゃんの四季 2001-05

20) 軽度発達障害をもつ子どもたち 平成17年冬
19) なぜ、小児科医師不足が生じたか 平成17年秋
18) 育児に効率化はない 平成17年夏
17) 子どもと喫煙 平成17年春
16) ごはんとおやつ 平成16年冬
15) 自然体で育てる 平成16年秋
14) 赤ちゃんと痛み 平成16年夏
13) 赤ちゃんの視力 平成16年春
12) 赤ちゃんの微笑み 平成15年冬
11) わが国は“麻疹輸出国” 平成15年秋
10) 新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS) 平成15年夏
9) 小児のアレルギー対策 平成15年春
8) 抗インフルエンザウイルス薬 平成14年冬
6) 大規模災害から子どもを守る 平成14年秋
5) 自然に親しむ 平成14年夏
4) 新学期と不登校(園) 平成14年春
2) 増える低出生体重児 平成13年冬
1) 天高く、馬肥ゆる秋 平成13年秋