大学生活を懐かしむ

若葉「名誉教授からの一言」 2004

ひたすら時代を駆け抜けてきた

30有余年にわたり神戸大学とともに過ごしてきましたが、時代時代でのさまざまな思い出がつい昨日のように感じられます。昨年3月に盛大に退官祝賀パーティーを催していただき、また大学生活の思い出を話す機会を与えていただき、この四半世紀の世の中の移り変わりの速さに改めて自分自身が驚いた次第です。「科学技術の進歩」という大きなうねりの中に自らの身を置き、ただひたすら時代を駆け抜けてきたような気がします。この間、いくつかの大きな時代の節目に出会うことができました。

インターン闘争、大学紛争

先ず、昭和30年代後半から始まったインターン闘争、大学紛争です。今振り返ると、我が国だけでなく、世界中で同じような学園紛争が勃発していました。とくに、私が留学していたパリ大学での学生運動は極めて凄まじいもので、それが世界各地に飛び火したものです。

猛烈な勢いで物質文明化が進む中、資本主義体制による「かね」と「もの」が人間を支配し、人間性の喪失を予感した若者たちが、その将来への不安を案じて行動に移ったものと思います。昭和40年代も半ばになると、物質文明化の勢いは止まるところを知らず、日常生活の至るところで老いも若きも物質的な豊かさを享受するようになったのです。

医療分野にも新しい波が

医療分野にこの新しい波が訪れるのは、一般社会から遅れること5年〜10年してからです。モニターやレスピレーターなどME機器が開発され、我々の手元に届き、近代医療の原型ができたのは昭和50年代に入ってからです。今日でこそ医療産業という言葉が生まれ、産業界の医療分野への進出がみられますが、当時は、薬業界を除きコスト・ベネフィットの面から一般産業界からは相手にされず、医療機器の開発にも消極的でした。

国立大学法人化への危機感

いま再び、国立大学では法人化問題をはじめ大きな変動期に入っています。私もこの3月まで大学にいましたから、大いなる危機感をもっています。本来改革というのは、内部矛盾を感じた組織構成員から湧き出す声が発端になるものです。

しかし、現状は逆です。トップダウン的に予算削減のために、大学経営の効率化のみが全面に押し出され、教官定員の削減が一番の大きなターゲットになっているからです。大学人は、大学の今後あるべき姿について語る前に、自らの立場をいかに保つかが問題と受け取っているようでなりません。

経済至上主義政策下で、私が一番危惧するのは、お金を稼げる教官が優れた教官であるという価値観が大学内にも蔓延しないかということです。このような非常事態に直面しているのに、不思議なことに若い教官層から何の反応もないことです。

文部科学省による大学評価の不透明な基準

法人化発足後に、最も変わる点は文部科学省による大学評価が行われ、予算配分に反映させるということです。評価というのは定まった価値観のもとで行われるなら、極めて有効な手段でありますが、大学の評価で問題となるのは、一体何を評価の基準にするのかという不透明性です。企業では、いかに効率よく収益性を高めるかであり、そのゴールは極めてはっきりしています。医療では、不採算だからといってすぐに排除するわけにはいかず、一般企業に比べると難しく面はありますが、効率性の高い医療を実践する上で評価システムの導入は必要なことだと考えます。

でも、大学での研究・教育にも経済的効率を持ち込もうとする今の動きには、大いなる危険性を孕んでいわざるを得ません。研究も、教育も短期間で結果が出ないからです。旧来の価値観にとらわれない、実績のない若い研究者の新しい発想での研究計画が、果たして評価されるのでしょうか?

お金になる研究とお金にならない研究を上手に使い分け

先ず無理です。生きる道はひとつ。現状では、お金になる研究とお金にならない研究を上手に使い分けることしかありません。時代のニーズに適合した経済の発展に寄与するテーマを選び、研究費を獲得し、すぐに評価の得られそうにない本当にしたい研究は、余力ですることです。

大学生活には大きなふたつの楽しみ

私にとって大学生活の楽しみは、ふたつありました。ひとつは、絶えず新しい仲間と仕事ができたこと。また、毎年新しい顔触れの学生に出会えたことです。医局員よりも学生の方が遥かに時代を鋭敏に感じ取っており、思いも寄らない意見を度々聞かせてくれました。もう一つの楽しみは、過去の規範にとらわれず、新しいことへ挑戦を保障された生活であったことです。

4つの「C」

私はいつも4つの「C」を座右の銘として大学生活を送ってきました。すなわち、Chance, Challenge, Change, Createです。

経営学の分野でよく使われるマネジメントの原則にPDCAサイクルがあります。計画(PLAN)→実施(DO)→評価(CHECK)→見直し(ACTION)の繰り返しがビジネスには不可欠です。医療でも、研究でも、教育でも、実務でも基本的なものの考え方は同じであることを実感します。

Chanceは、至るところに転がっています。でも、Chanceは四次元の存在です。限られた空間の、限られた時間に現れます。絶えず注意力を集中していないと捕まえることができません。他人に教えられるものではなく、自分自身の五感で捕まえるのです。

マニュアルは絶えずリニューアル化を

医療技術水準が一定レベルに達し、またIT技術の導入により医療のマニュアル化が進んでいます。医師は、でき上がったマニュアルを「使う」のではなく、自分自身で「作る」気持ちが大切です。

新しいマニュアルが完成したその日から、マニュアルのリニューアル化に向けての行動が開始します。人を相手とする医療には絶対的に正しいいうものはありませんので、マニュアルには必ず矛盾が潜んでいます。マニュアルを決して鵜呑みにすることなく、絶えず批判的な眼で活用する習慣を身に付けて頂きたく思います。

最後に

変革の時代であるが故に、大学からの新しいエネルギーに満ちた改革が期待されています。過去の規範にとらわれない新しい発想で、新しい時代をリードして下さい。

少子高齢社会にあって、ますます子ども一人一人の生命を守ることが、子どもたちのQOLを高めることが大切となっています。子どものQOLとは、子どもたちにいかに「生き甲斐を」、「夢を」与えるかです。これは、小児科医だけで解決する問題ではありませんが、子どもたちに最も近い位置にいる我々が率先して取り組んでいきたいものです。