蝉しぐれ。不快か、快か。

ご無沙汰していました。1ヶ月間お休みをいただきました。

カレンダーは、もう8月夏本番です。夜明けとともに窓から飛び込んでくるアブラゼミの大きな鳴き声が、一番夏を感じさせてくれます。

朝の散歩に出かけると、私は蝉の声に引き寄せられるように樹木に向かいます。頭上から蝉しぐれを全身に浴びていると、暑さを忘れてしまいます。一本の樹に、最低5匹見つけるまで、頭上を見上げています。

蝉の鳴き声は、発達障害や聴覚過敏の子どもには大きな不安を与えるという米国の小児科医の話があります。また、難聴のある方では、いつも耳元で“ジー”という蝉の声に似た音が、耳を塞いでも1日中鳴っているそうです。

「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」

この句は、松尾芭蕉が山形県の立正寺に立ち寄った時のもので、山寺で“蝉の声”を聴きながら「閑さや」と、実に不思議な句です。芭蕉自身がこの世とは思えない、とても静寂な空間に引き込まれて行く様子を表したもので、何も聞こえない無の世界、つまり芭蕉が己の心の中を見つめているのであろうと推察されています。

私はまだまだ無の世界に入るほどの境地に達していませんが、真夏の蝉しぐれは、小さい時から私の心を癒してくれます。

2023.8.1.

自然の中で遊び、学ぼう

近年、人口は都市に集中し、高層マンションでの生活が増え、子どもたちが自然の中で、土に触れる機会が減りました。いくら科学技術が進歩し、生活が豊かになっても、私たち人間は地球上の生き物です。

戦時中、尼崎市街地に住んでいた私は、米軍B29の空襲を受け、郊外の田園地帯に疎開していました。授業が終わると、校庭で日が暮れるまで草野球、夏休みは小川でのドジョウすくい、フナ釣り、秋には、イモ掘り、採ってきたイナゴを食したことなどが、生涯での思い出です。

地方に行けば、まだまだ豊かな自然が残っています。「過疎の村おこし」として、「古民家の活用」、「生徒のいなくなった学舎の活用」がよく話題になっています。

もうすぐ夏休みです。子どもたちが自然に触れ、オゾンに満ちた大気が子どもの脳に送り込まれると、きっと寛容の精神に満ちた心豊かな大人になってくれるでしょう。

2023.7.1.

 

ChatGPT との奮闘記 その4

AIが私の日本語を見事に添削

2月19日付の私のブログの記事、「また一歩、シンギュラリティに近づく」をもとに、チャットGPTに添削を依頼しました。
修正点が下記のように列記して表示されました。
• “Goegle” → “Google”
• “検索ソフトを超える画期的なもの” → “検索ソフトを超える画期的な存在”
• “また一歩シンギュラリティに近づきました” → “また一歩シンギュラリティに近づいたと言えます”
• “『OpenAI』というサンフランシスコのAI企業” → “サンフランシスコのAI企業『OpenAI』”
• “我慢強く待つことにします” → “辛抱強く待つことにします”
• “2023.2.19.記” → “2023年2月19日記”

いずれもご尤もな指摘です。実に流暢な日本語になっています。自らの日本語の稚拙さがあらわになり、恥ずかしい限りです。とは言え、‘チャットGPT‘について論じた私の原文の骨子への修正が、全くないのがせめてもの救いです。しばらくは日本文は自らの手でピュアな中村文として、念入りに校正していくつもりです。
2023.6.2.

以下は、今回提供された日本文の添削結果です。

また一歩、シンギュラリティに近づく

Google登場以来のビッグバン

AIがさまざまな難問・愚問に人間の言葉で答えてくれるChatGPT(チャットGPT)というAIによる文章作成ソフトが、ネット社会を席巻しています。この画期的なソフトは、検索ソフトを超えるものとして、また一歩シンギュラリティに近づいたと言えます。
さらに、大学生のレポート作成も、課題を入力すればAIが代わりに答えてくれるそうです。 このソフトの開発元は、文章を入力すると絵が描ける『DALL-E(ダリ)2』なども手掛ける、サンフランシスコのAI企業『OpenAI』です。

私には無理なことがわかりました

早速試してみようと思い、アクセスしたのですが中々うまく繋がりません。 ネットの書き込みを見ると、「2023年2月現在において、日本語ページは存在せず、将来的に日本語の公式サイトを提供する予定はない。」とのことです。
私は30歳代に初めてMacを手に入れたとき、不完全な日本語のマニュアルだけで、英語版を必死に訳しながら使い始めたことを思い出します。 この記事を書くにあたり、Google検索には頼りになっていますが、今はChatGPTの英語版を使いこなす能力はありません。日本語版が出るまで、辛抱強く待つことにします。
2023年2月19日記

ChatGPT との奮闘記 その3

人間の文章のような自然な感じがするのは、なぜ?

ChatGPTで生成される文章が、いかにも「コンピューターが作った文章」という感じでなく、人間の文章のような自然な感じがします。

AIが話題になったときから、「深層学習」という人間の脳の仕組み、ニューラルネットワーク・モデルが用いられているのを知ってはいましたが、これまでAIの応答はいかにもコンピューターの答えという感じでした。

今回のChatGPTで生成される文章の自然さの仕組みが、どのようみして成り立っているのか知りたく思っていました。
外出ついでに書店に立ち寄ると、ChatGPTの入門書が店頭に積み上げてありました。ページを繰ると、「人間の文章のような自然な感じがするのは、なぜ?」という章がありました。その一部を紹介します。

ファインチューニングというモデル

その理由は、ChatGPTにはファインチューニング(細かい調整)というモデルが組み込まれているからだと記載されていました。ユーザーとAIの会話形式のデータについてのファインチューニングを行うことにより、より自然な会話が可能になったそうです。ChatGPTで作成された文章は、人間の場合の思考形式ではなく、大量の学習データを処理して、「それらしい答え」を確立的に出しているに過ぎません。

ChatGPTが作成した文章は正しいとは限らない

データベースに十分な情報がない場合や、大量の誤情報が送りつけられてくると、間違った内容の文章を作成し、世の中を混乱に陥れます。
私たち人間は、コンピューターに負けないように、日々の知的訓練を怠ってはなりません。
2023.5.31.

ChatGPT との奮闘記 その2

私のブログから、最近の10編余りについて、ChatGPTによる英訳を試みました。論旨の一貫した文章についは、即座に翻訳してくれ、明快な英語に仕上げてくれます。

時に、1,000文字を超える文章になってしまうことがあります。すると、翻訳に数分間の時間を要したり、答えてくれないことがあります。でも、文章の論旨が一貫していれば、多少の長文でもうまく英語に訳してくれます。

翻訳というよりも、日本語のチェックを受けている感じ

時々、頭に浮かんだことをそのまま文章にしてしまうことがあります。多少の関連性はあるのですが、一つの文章に二つの主題を取り上げてしまっていることがあります。書いた時には、起承転結の「転」のつもりですが、度が過ぎると、読者にとって分かり辛い内容になっていることがあります。

AIは時間をかけて思案した挙句に、「転」の部分を余分なところと判断し、その部分を排除し、すっきりした文章に仕上げてくれます。

これからは、もっと日本語の推敲に気をつけたいと思います。

2023.5.28.

 

新しい鑑賞スタイルのゴッホ・アライブ展

兵庫県立美術館で催されているゴッホ・アライブ展が大変な人気であると知り、私たち夫婦は娘に連れられて出かけました。平日の午後であるにも関わらず大変な賑わいで、30分ほど並んでやっと会場内に入れました。

アライブ展というのは、作品の前に立ち止まり、静かに鑑賞するこれまでの展示形式ではなく、会場に入ると40台のプロジェクターから壁面に一斉に投影される画像とサウンド音響を融合させた新しいアート鑑賞の形です。

本来静止しているはずのゴッホの名画から、花が舞い、星は瞬き、汽車が走るという動画作品になっているのです。元々ゴッホの作品は力強く、ダイナミックさに溢れていることから、映像化されるとその特徴が一層強調されています。

客の大半は若い世代で、特に女性客で会場内はうめつくされ、映像画面の下半分は客の頭の影となり、ゆっくり鑑賞する雰囲気ではありません。まるで人気アイドルグループのコンサートのようで、場違いの所に紛れ込んだ感じでした。椅子に腰掛け、じっくりと鑑賞できるのなら、もう一度訪れてみたい気持ちです。

2023.5.18.

 

ChatGPT との奮闘記 その1

チャットGPTとは、OpenAIが2022年11月に公開した人工知能チャットボット、AIによる文章化ソフトです。その文章力の凄さから、世界中が騒然としています。私も時代に遅れてはならないと、ダウンロードを試みたのですが、もう一つうまくいきません。

中高時代の友人に指南を受ける

中高時代の同級生4人でメールのやり取りをしています。その一人でIT関連の仕事をされていたS君が、ChatGPTを使っていろんな情報収集の可能性、その弱点と優秀性について紹介されていました。

私自身でも使いたくなって、何度かダウンロードを試みたのですが、上手くいきません。彼に相談すると、懇切丁寧な「ChatGPTの使い方」をPDFにしてすぐに送ってきてくれました。

私がしても、上手くいかなかった原因がわかりました。Google検索で「ChatGPT」を入れるまでは良かったのですが、最上段に出てくる「Introducing ChatGPT」を見逃して、2段目以後のサイトにアクセスしていたのです。

第二の難関が

インストールに成功し、テレビで見慣れた画面も現れました。使い始めると、画面がすべて英語なので、これは英語で問いかけなくてはと思い、
Q:「I am Japanese. How to use Japanese? 」と問いかけると、
A:「こんにちは!(Konnichiwa!) If you want to use Japanese, there are several ways you can do it, depending on your goals and interests. Here are some suggestions: Learn the basics: If you’re new to Japanese, start by learning the basics of the language, such as hiragana . . . .」と答えてくるのです。要約すると、日本語の勉強をしなさい。ご親切にも「ひらがな」からはじめることを勧めてくれました。

これでは使いものにならないと、再度問いかけてみました。
Q: 「I am native Japanese, and It is difficult to ask in English. Can I ask you in Japanese?」と問い直すと、
A:「はい、もちろん大丈夫です!何か質問があれば、遠慮なく日本語で聞いてください。お答えできる限りお手伝いいたします。」と丁寧な対応をしてくださいました。

そのあと、「月までの距離は?」という私の問いに対して、丁寧すぎる回答をくれました。これからは、問いかけるスキルを身につけなくてはと思いました。S君、また相談にのってください。

正しい答えも、間違った答えもある

私の専門分野から、新生児脳障害のひとつである核黄疸(Kernicterus)について問いかけると、Nuclear icterusと誤訳され、その説明内容は全く見当違いのものでした。
5月3日のブログに、「端午の節句の由来」を取り上げました。ChatGPTの回答では、日本での歴史についての記載が少なく、中国での由来を中心に記されています。ChatGPTの情報の中には、日本語よりも中国語での情報が多く含まれているのかもしれません。とはいえ、立派な文章には恐れ入りました。
AIによる文章化ソフトも、道具の一種、要は使い方次第なのでしょう。

自分のブログを英訳してみる

ChatGPTが英訳機能をもつことを見つけました。早速、自分のブログの英訳を試みました。手始めが、最新のブログ、「大人を癒してくれる“まなかい”」です。
瞬時に打ち出されてくる英文を見て、驚きました。口頭でもなかなかわかってもらえない文章を瞬時に訳してしまうのです。

これは使いものになると思ったものの、一抹の不安もあり、早速高校時代の友人で英語、フランス語に堪能なN子さんにメールで相談してみました。すぐに次のような返事が来ました。
「賢いAIさんが翻訳されたのだからこれでよいと思いますが、多少子どもたちに関心があって、Dr.のお考えにも触れてきたためか、ちょっと頼りなく感じています。AIさんは、文章はきちんと訳してくれますが、それぞれの分野の知識や著者のemotionの分野まではまだ汲み取れないのかな? どう思われますか?」

思い出すのはパリ留学時の出来ごと

彼女のコメントを見て思い出したのは、50年前のパリ留学時のことです。2年目に入り、フランス語で論文を書くようにと言われ、和仏辞書を片手に必死に書いて、ボスのところに持っていった時のことです。

一目見るなり、おまえの書いている文章の意味はわかるが、これはフランス語の論文ではないと言われました。最後は、全く原形を止めない文になっていました。
今回のAIの文章は、あの時の私のフランス語での文章とは比べものにならない出来栄えであると変に納得しています。

英文の大意の間違いをチェックすれば、私の英語よりもmuch betterです。
しばらくは、ChatGPTのお世話になってこれまでのブログの英訳を続けてみようかと思っています。少し内容が充実すれば、メールで交信のある外国人留学生たちに紹介できるのを楽しみにしています。

最後に

ここまでたどり着けたのも、高校時代の同級生や、私のブログで安否確認をしてくれている友人たちのおかげです。これからも、ご指導をお願いします。
2023.05.14.

‘Child support’, not ‘Child-rearing support’

Japan ratified the International Convention on the Rights of the Child in 1994, which established four rights for children: the right to life, the right to grow, the right to protection, and the right to participate. However, there has been a lack of interest in this convention within Japan, and children have long been treated as ‘children’ and have struggled to become the ‘main actors’ in society.

‘Child support’, not ‘Child-rearing support’

My Expectations for the Child and Family Agency Starting from April, the ‘Basic Act on Children’ was newly enforced, explicitly guaranteeing the ‘rights of children,’ and the Child and Family Agency was established. This law aims to create a child-friendly society and is considered one of the top priorities of the current administration, giving rise to high expectations.

In our country so far, when it comes to child policies, it seems that they have been addressed as part of measures for an ultra-aging society and as economic measures to secure the workforce. Even with the enactment of the Basic Act on Children, if it continues to be treated as part of measures to combat declining birthrates, it cannot be called a truly child-centered society.

Personally, I hope that policies focusing on ‘child support’ rather than ‘child-rearing support’ will be implemented.

April 9, 2023.

大人を癒してくれる“まなかい”

アリの嗅覚についての研究の第一人者である昆虫学者の尾崎まみこ教授から、予期せぬ原稿依頼がありました。先生が編集中の「動物の生きるしくみ図鑑」で、「愛着、養育」という章で、”まなかい”という言葉を是非とも取り上げたいとの思いから、以前私が「子育てをもっと楽しむ」の中で、この言葉を取り上げていたことを思い出され、執筆依頼が舞い込んだ次第です。

私自身も、この“まなかい”という語感が大好きです。赤ちゃんと見つめ合っていると思わず吹き出してしまいそうになります。お母さんと赤ちゃんが見つめ合い、微笑む姿を見ると、こちらまでつられて微笑んでしまいます。

ヒト新生児には表情の模倣という行為が生得的に備わっている

生まれて間もない赤ちゃんの目の前で、大人が舌を突き出したり、口を開閉しながら微笑みかけると、赤ちゃんはこちらの表情を鏡に映し出すようにまねます。ヒトの新生児は、他哺乳類と違って、自力で母親にしがみつけず、母親の手助けなしにはおっぱいを飲めません。

誕生したときから、他者、母親の関心を引き、世話をしてもらわないと生きていけないので、表情の模倣という行為が、ヒトでは生得的に備わったと考えられています。

育児の神様といわれる大先輩の小児科医、内藤壽七郎先生は、「育児の基本は、“まなかい”にある」と絶えず話されていました。広辞苑には、まなかい【目交ひ/眼間】とは、目と目の間、眼の前と記されているだけですが、先生は「目と目が合うこと」、アイコンタクトの意味で使っておられます。

単に目と目が合うというだけでなく、見つめ合いや微笑を通じての母と子の「快の情動」が、周りの人にまで伝わってきます。

尾崎まみこ教授は、ヒト乳児の頭の匂について神戸大学小児科の永瀬裕朗教授らと共同研究を行っておられます。研究室にはタイミングよく出産を間近に控えた女性医師が二人おられ、ご協力を得て現在研究が進行中です。母乳栄養児が離乳食を取り始めるとどのように変化していくのか、興味は尽きません。
2023.5.11.

試しにChatGPT君に英訳してもらいました。

“The Healing Power of ‘Manakai’ – How Babies Soothe Adults”

I received an unexpected manuscript request from Professor Mamiko Ozaki, a leading researcher in the field of ant olfaction. She is working on a section titled “Attachment and Nurturing” for the upcoming “Illustrated Guide to Animal Behavior” and wanted to include the term “manakai” which I had previously discussed in my book “Enjoying Child Rearing”.

I myself also love the sound of this word “manakai”. When I see a mother and baby looking at each other and smiling, I can’t help but burst into laughter. It’s contagious and makes me smile too.

Infants are born with an innate ability to mimic facial expressions. When an adult smiles or sticks out their tongue in front of a newborn, the baby mimics the expression back as if reflecting it in a mirror. Unlike other mammals, human newborns are unable to cling to their mothers or nurse without assistance.

From birth, infants require attention and care from others, especially their mothers, to survive. It is believed that the act of mimicking facial expressions is innate in humans because it is necessary for survival.

Dr. Jushichiro Naito, a senior pediatrician known as the godfather of child-rearing, constantly emphasized that “the basics of child-rearing are found in ‘manakai'”. While the dictionary simply defines “manakai” as “the space between the eyes”, Dr. Naito used it to mean “eye contact”.

Not only does “manakai” refer to the act of making eye contact, but it also refers to the “pleasurable emotional connection” between a mother and child through shared gazes and smiles, which can be felt by those around them.

バラを見ていると気分が爽快に

本山バラ公園のバラが満開です。毎年、連休の頃になるといろんな花形・色彩の花を咲かせています。私はバラの花、特に真紅の大輪のバラが大好きです。
バラにはさまざまな花形があり、何万もの品種があるそうです。

世界中に150~200種類のバラの原種

バラは、バラ科バラ属に属する植物をさします。世界中に150~200種類の原種バラがあるといわれており、そのすべては北半球のみです。ヨーロッパにもアメリカ大陸にも、中国にも、そして日本にも原種バラがあります。

人工交配させたのはジョゼフィーヌ

1800年代初めナポレオンの妻ジョゼフィーヌは、フランスのパリ西部近郊にあるマルメゾン宮殿に世界中からバラの原種や園芸種を集め、園丁に人工交配させました。
遺伝の法則がわかる前で、画期的なことでした。これにより、1791年のフランスのバラのカタログには25品種程度が紹介されているに過ぎなかったが、1829年には4,000品種に及んだと言います。ジョゼフィーヌがいなければ、バラの品種改良は100年遅れていただろうと言われ、現代バラへ至る先駆けとなったそうです。

バラ公園のバラも毎年変わっていくようです。かっては、四季咲きのプリンセス・ミチコがいつも植えられていましたが、今年は大きく様変わりしていました。ステファニー・ド・モナコ(左)とジュピレ・デュ・プリンス・ド・モナコ(右)の2種を撮してきました。

  

2023.5.8.

 

The roses at Honmaya Rose Park are now in full bloom.

The roses at Honmaya Rose Park are now in full bloom. Every year, around the holiday season, they bloom in various shapes and colors. I particularly love the large, deep red roses. There are many different types of roses, with tens of thousands of varieties worldwide.

There are 150-200 species of wild roses around the world, all of which are found only in the northern hemisphere, including Europe, North America, China, and Japan. In the early 1800s, Josephine, the wife of Napoleon, collected wild and cultivated roses from around the world at the Malmaison Palace near Paris, and had her gardeners crossbreed them, a groundbreaking achievement before the laws of genetics were fully understood. As a result, while the French Rose Catalog of 1791 listed only about 25 varieties, by 1829 it had grown to 4,000. It is said that without Josephine, rose breeding would have been delayed by a century, and she is considered a pioneer of modern roses.

The roses at the park seem to change every year