オードリー・タンさんと自立共生社会

台湾では、デジタル担当閣僚オードリー・タンの卓越した能力により、新型コロナ流行当初にデジタルを活用し、マスク在庫状況をはじめ感染状況の可視化で、流行を最小限に抑えたとの報道に驚かされた方は多いと思います。

彼女が中学生の時に女性へのトランスジェンダーであること以外、あまりよく知りませんでした。最近、偶々テレビを観ていたら、オードリー・タン女史が落合陽一氏との対談番組(10月3日放映NHK)に出演しておられ、彼女のひとつひとつの言動が、新型コロナの流行と自らの病で落ち込んでいた私を、大いに勇気付けてくれました。

ポストコロナ社会についてはいろんな人が語っていますが、テレワークとデジタル化というだけで、一体どんな社会が待ち受けているのか、よくイメージできずにいました。ところが、19歳で渡米して、アップル社においてSiri開発の立役者であった彼女には、この2020年を境にどのような社会が待ち受けているのか明確にイメージできているようです。

そのキーワードは、Diversity & inclusion(多様性を取り込んだ社会)とConviviality(自立共生社会)のようです。これらは決して新しい考えではありませんが、彼女にはデジタル空間の無限の可能性により、これらの実現への道筋がイメージできているようです。

彼女はミレニアル世代のトップランナーです。

ミレニアル世代とは、1980年から1995年の間に生まれた世代と定義されています。2020年に25歳から40歳を迎える世代です。この世代がこうして括られるのは、その成長がデジタルの台頭とともにあったためです。この生まれながらにして、デジタル化という激動の中で育った彼女だからこそ、新しい時代を先導するエネルギーがあるようように思えてなりません。

Conviviality(自立共生社会)とは

タン女史が語るConviviality(自立共生社会)とは、今日のような産業社会における人間性の喪失について述べているイヴァン・イリッチ著の「Convivialityのための道具」という1973年に出版された本に由来するもののようです。行き過ぎた産業主義社会が、人々を単なるサービスの消費者にしてしまったことが問題であると指摘し、自立共生な社会のあり方が述べられています。

本書が刊行されたのは1973年です。我が国においても、戦後の高度経済成長により貧富の格差が拡大した時期であり、インターン闘争・大学医局ボイコットに始まり、全国的に広がった大学紛争の時代です。まさに産業中心主義に世の中が大きくシフトしていく時代でした。この書をいまミレニアル世代が手にして読んでいるという巡りあわせが私には驚きです。

個々人の尊厳をベースにした真の自立共生社会は、ユートピアの世界であると、私の世代は大学紛争後ずっと思い続けていましたが、彼女が言うようにデジタル社会の到来でそれも決して実現不可能な課題ではなさそうな気もしてきます。

彼女曰く、デジタルは無限の資源だそうです。 

彼女が目指している「自立共生社会」は、一地域、一国だけでなく、地球全体での共生社会です。彼女がすでに取り組んで、実現しているのが台湾での選挙制度です。より民主的な選挙を行うためには、有権者一人1票ではなく、99枚のカードが与えられ、1票につき1枚、2票には4枚、3票には9枚と票の倍数のカードを必要とするそうです(Quadratic Voting、倍数投票)。また、4年に一度の選挙ではなく、デジタルを活用すれば毎日でも国民投票が可能だと言います。

いま、米国で行われている大統領選挙の報道を見ていると、何だか滑稽です!

民主主義国家と言いながら、所得格差が拡大しているのは、選挙が終われば、一部の特権階級に有利なように政府が動いているからでしょう。多くの国が採用している間接選挙制度の根底からの見直しが必要な時代になっているようです。

真の民意が、政府の施策に反映されるような社会になるのが楽しみです。選挙制度改革は自立共生社会実現への第一歩でしょう。

2020-10-14

参考論文

イヴァン イリイチ( Ivan Illich)著, 渡辺 京二, 渡辺 梨佐 訳:コンヴィヴィアリティのための道具 (ちくま学芸文庫) (日本語) 文庫 – 2015/10/7

安田智博:産業社会におけるコンヴィヴィアリティのための道具の条件とは何か。Core Ethics Vol. 15: 175-184, 2019

Radical Democracy ― 革命的な民主主義を実現するためのQuadratic Votingについて https://alis.to/AB2/articles/aoNXAZLjkY0q 参照。Quadratic Votingがなぜ民主主義をアップデートできるのか。現状の民主主義の問題を理解するために、少し歴史を振り返りながらQVの有用性について説明されている。

国連が取り組むSDGsと共生社会 へ

モモと「時間どろぼう」

ドイツ人ミヒャエル・エンデ著の児童文学「モモ」は、誰からの話しかけにもたっぷりと時間をかけて応じてくれる少女モモと、「時は金なり」と絶えず素早く仕事するよう追い立てる「時間どろぼう」との話です。

高度成長期が終わり、格差社会が広がった1973年に書かれたもので、読まれた方も多いのではないかと思います。

いま、これまでなかった在宅勤務で、1日の時間の使いかたに戸惑っておられる方も多いと思います。

在宅勤務で時間的余裕ができた方は、これまで時間どろぼう(灰色の男たち)に、余った時間をそっくり持って行かれていたのを、モモがするようにゆっくりと時間をかけたライフ・スタイルに変えるなら、ポストコロナ社会が心豊かに過ごしやすいものとなるでしょう。

在宅勤務でストレスがたまった夫が、女性や子どもに対するDVが増えることのないように願っています。

休校中の子どもたちを健康に保つためのヒント from CDC

COVID-19から子どもを守る。CDCガイドライン 3月28日付

子どもは成人よりもCOVID-19の重症化リスクは高くないと言われてきましたが、子どもや若年者の重症例や死亡例が各国から報告されてきました。CDCは、 子どもをCOVID-19感染からまもる手順、及び、学校が休校のときの子どもの問題と対処法についてガイドラインを出しています。

1. 子どもを病気から守るための手順

  • 石鹸と水またはアルコールベースの手の消毒剤を使用して、頻繁に手をきれいにします。
  • 病気の人(咳やくしゃみ)を避けてください。
  • 家庭の共有エリア(例:テーブル、ハードバックの椅子、ドアノブ、ライトスイッチ、リモコン、ハンドル、机、トイレ、洗面台)のハイタッチ面を毎日清掃して、消毒します。
  • メーカーの指示に従って、必要に応じて洗えるぬいぐるみなどは洗濯。物品に適した最も暖かい水の温度設定をして、洗濯し、完全に乾燥させます。 病気の人の汚れた洗濯物と、他人の物と一緒に洗うことができます。

子どもは軽い症状を示すことがあります

COVID-19の症状は子どもも大人と似ています。 ただし、COVID-19が確認された子どもは、一般的に軽度の症状を示します。 子どもの報告されている症状には、発熱、鼻水、咳などの風邪のような症状が含まれます。 嘔吐や下痢も報告されています。 基礎疾患や特別なヘルスケアの必要性がある子どもといった一部の子どもが重症のリスクが高いかどうかはまだわかっていません。

子どもはフェイスマスクを着用する必要はありません。

お子様が健康であれば、フェイスマスクを着用する必要はありません。 マスクを着用するのは、病気の症状を持っている人、または病気の人をケアしている人だけです。

2. 学校が休校のとき ー 子どもとその友達

社会的相互作用を制限する:

COVID-19の拡散を遅らせる鍵は、接触をできるだけ制限することです。 学校が休んでいる間、子どもたちは他の世帯の子どもたちと遊び場を持つべきではありません。 子どもが自分の家の外で遊んでいる場合、自分の家にいない人なら、2メートル離れていることが重要です。

社会的距離をおく:

他の家族や友人と一緒の時には、他人との距離(社会的距離)をとるようにしてください。

頻繁に手をきれいにする:

せっけんと水で少なくとも20秒間頻繁に手を洗うなど、子どもが日常の予防行動を練習するようにします。 これは、公共の場所にいる場合は特に重要です。

春休みと旅行の計画を見直してください:

重要でない旅行が含まれている場合は、春休みと旅行の計画を修正します。

子どもが大きなグループで学校の外で会うと、誰もが危険にさらされる可能性があることを覚えておいてください。

子どものCOVID-19に関する情報は多少限られていますが、現在のデータでは、COVID-19の子どもには軽度の症状しかない可能性があります。 ただし、高齢者や深刻な基礎疾患を持つ人々など、リスクが高い他の人にこのウイルスを感染させることは可能性があります。

自宅で学習するためのスケジュールとルーチンを作成します。柔軟性を持たせて。

  • 月曜日から金曜日まで、就寝時刻を統一し、同じ時刻に起きます。
  • 学習の日、自由時間、健康的な食事とスナック、および身体活動を行うように。
  • スケジュールに柔軟性を持たせる。状況に応じて調整してもかまいません。

お子様の年齢グループに見合ったニーズと調整を考慮してください。

  • 在宅でのニーズは、未就学児、小学生、中学生、高校生で異なります。 在宅学習への期待と、在宅にどのように適応しているかについて、子どもと話し合いましょう。
  • 直接顔を合わせることなく、子どもが友達と連絡を取り合う方法を検討してください。

どうすれば楽しく学習できる?

  • パズル、絵画、描画、物作りなどの実践的な活動をする。
  • 独立した遊びは、構造化学習の代わりに用いることができます。 シートから砦を作るか、ブロックを積み重ねて数える練習をするように、子どもたちに勧めます。
  • 家族に手紙を書いて、手書きや文法を練習する。 これは、対面時間を減らして、連絡を取り合う優れた方法です。
  •  お子様と一緒に日記を作成します。当日の記録を作成し、共有した体験について話し合いましょう。
  • オーディオブックを使用するか、あなたの地域の図書館が仮想イベントやライブストリーミングの読書イベントをホストしているかどうかを確認してください。

学校給食サービス

休校中も食事サービスを継続する計画については、学校に確認してください。 多くの学校では、家族が食事を受け取ったり、中心的な場所で持ち帰り用の食事を提供したりできるように、学校施設を開いたままにしています。

3. 子どもを健康に保つ

病気の兆候がないか子どもを見守ってください。

  • COVID-19の症状と一致する病気の兆候、特に発熱、咳、または息切れが見られた場合は、医療提供者に連絡し、子どもをできるだけ家に置き、他の人から遠ざけてください。

子どものストレスの兆候に注意してください。

  • 注意が必要な一般的な変化として、過度の心配や悲しみ、不健康な食事や睡眠の習慣、注意や集中力の低下などがあります。
  • COVID-19の流行について、子どもや10代の若者と時間をかけて話し合いましょう。 子どもや10代の若者が理解できる方法で、COVID-19に関する質問に答え、事実を共有しましょう。
  • 詳細については、CDCの「子どもたちの緊急事態への対処」または「COVID-19について子どもたちと話す」を参照してください。

毎日の予防行動を教え、強化する。

  • 親や世話する人は、子どもに手を洗うように教える上で重要な役割を果たします。 手洗いは健康を維持し、ウイルスが他の人に広がるのを防ぐことができることを説明します。
  • 良い手本になる — 親が頻繁に手を洗うと、同じように洗う可能性が高くなります。
  • 家族で手洗いをする。

あなたの子どもが活動的でいるのを手伝ってください。

  • お子様に屋外で遊ぶように勧めましょう。身体的および精神的健康に最適です。 お子様と一緒に散歩したり、自転車に乗ったりしてください。
  • 室内での活動休憩(ストレッチ休憩、ダンス休憩など)を1日中行い、子どもが健康で集中力を維持できるようにします。

あなたの子どもが社会的につながりを保つのを助けます。

  • 電話やビデオチャットを介して友人や家族に連絡します。
  • 訪問できない家族にカードや手紙を書く。
  • 一部の学校や非営利団体の外部アイコン、Yale Center for Emotional Intelligenceの外部アイコンなどには、社会的および感情的な学習のためのリソースがあります。 学校に、子どもの社会的および感情的なニーズをサポートするのに役立つヒントとガイドラインがあるかどうかを確認しましょう。

4. 高齢者、親戚、深刻な基礎疾患を持つ人々との接触機会を制限する

高齢者や基礎疾患が深刻な人は、COVID-19で病気になるリスクが最も高いグループです。

  • 家庭内にCOVID-19による重症化リスクが特に高い人がいる場合には、子どもをそれらの人から引き離すための特別な予防策を検討してください。
  • 休校中に子どもと一緒に家にいることができない場合は、誰が育児を提供するのに最適な位置にいるかを慎重に検討してください。 COVID-19のリスクが高い人が世話をする場合(祖父母や慢性病の人などの高齢者)には、子どもとの接触機会を制限します。
  • 家族や祖父母に会うために、訪問や旅行を延期することを検討してください。 仮想的な対面、または手紙を書いてメールで送信します。

算数を後まわしにする孫娘

小学4年生になる孫は、新型コロナウイルスの流行で、たくさんの宿題を抱えています。いつも、漢字、理科、算数の順です。

彼女は利発な子で、記憶力に秀でており、特に芸能ニュースについてはなんでもよく知っています。

私は、彼女に算数のドリルをさせようとするのですが、なかなか食いついてきません。でも、つい最近まで九九が言えなかったのが、いつの間にやら二桁の割算、小数点問題が解けるようになっています。でも、時間がかかるし、字が汚い。少しイラつきますがまあいいかと思っています。着実にあれで上達しているのだからと。なんでかわからないけれど、私が作った新型コロナ患者数のグラフを見るとしっかり理解できています。

新型コロナも当分は収まらないので、気長に孫娘に付き合おうと決めました。。  3月28日

仏さまの小噺「成仏の月」

2020/3/23

お釈迦(しゃか)さまが人々にお説法されておられた時のこと、次のようなたとえ話をされたそうです。

ある所に一人の愚かな男がいました。そばにいた智者が、空に輝く美しい月を指した時、その愚かな男は、月を見ないで智者の指ばかりをしげしげと見つめていたのです。

そこで智者は、「君、指を見るのではなく指の差し示す方を見るのだ。ほら、あんなに美しい月が見えるじゃないか」と言われ、愚かな男はやっと気がついて、その月を見ることができたのでした。

お釈迦さまは、私たち一人一人が皆ご自分と同じように仏となり、幸せになって欲しいとお考えなのですが、なかなかその御心を読みとることは難しいことです。まずは少しでも深く教えの内容にふれ、皆が共に「成仏の月」を見たいものです。という小噺でした。

小池知事が新型コロナ対策で外出の自粛を都民に求めているにも関わらず、若者たちは夜の繁華街で騒いでいる姿は、まさに愚者の行いです。感染症対策は罹らないようにする以上に、人に罹さないことが大切です。専門家委員会のおっしゃる「オーバーシュート」という悲劇的な結末に至らないように、その御心を読みとりましょう。

自由遊びが子どもの社会性を育む

新型コロナ感染症の流行で世界中の子どもたちが自宅に閉じこもっています。幸い屋外での遊びは、室内遊戯に比べて感染機会がはるかに減りますので、発熱や咳などの風邪症状がなければ、校庭や公園など、人ごみのない屋外で、遊ばすようにしたいものです。

これまでの遊びに関する研究から、ヒトでも動物でも、ルールのない空想力にまかせた遊び(自由遊び)のない幼年期を過ごしていると、正常な社会的・感情的・知能的発達が妨げられ、大人になった時に、ストレスに対処し、問題解決などの知的スキルを身につけることができず、周囲に適応した幸せな大人に育ちにくいと言われています。

科学文明の進化により、子どもの自由遊びの時間は、昔に比べ極端に短くなっています。子どもをよい大学に入れるために、両親は遊びの時間を削って、子どもにより系統だった活動をさせようと躍起です。幼稚園児から、子どもの放課後の時間は音楽やスポーツなどのおけいこごとで埋め尽くされています。遊びの中でも、ルールのあるゲームをスクールやクラブでコーチから系統だった指導を受けていると、上達は早く、自らの上達の度合いもわかりやすく、おもしろいものですが、子どもたちが自発的に始めた、ごっこ遊びのようなルールのない、創造的な遊びの方が発達中の脳にとってはずっとよい刺激になります。

多くの子どもたち、特に男の子は、取っ組み合いが大好きです。見ていると、交代で勝者になっています。子どもたちはギブ・アンド・テイクなどの社会的スキルを自然に学んでおり、創造性や問題解決能力の発達に役立っています。子どもたちの自発的な荒っぽい空想遊びで、かすり傷をつくったり、骨折したりするのには目をつむり、社会的な遊びの経験を幼児期から積ませておくと、予測できない社会的環境に対処できる大人に育っていくでしょう。

大人の監督なしに、子どもを外で遊ばすのをためらわざるを得ない時代になりましたが、やがては、その子どもたちも予測不可能な複雑な社会に出て行かねばなりません。  2020/3/6

参照資料:日経サイエンス232、認知科学で探る心の成長と発達、2019年4月

「若葉」目次

神戸大学小児科同門会雑誌「若葉」への寄稿文

名誉教授からの一言 
 2020年はいろんなあことがありました  2021
いのちを考える 傘寿を迎えて   2020
子どものトランスジェンダーへの対応を2019
小児科医が医療の花形となる日が   2018
「書く」ということ    2017
明治、昭和、そして平成    2016
阪神淡路大震災の当日に思ったこと    2015
2014年、午年に因んで    2014
最近の世相から、思うこと三つ 2013
Mac とともに、Steve Jobsへの感謝を込めて    2012
情報社会へ変わり行く世界   2011
医療界にもダイバーシティー(diversity)を    2010
コンビニ医療こそ、小児医療の原点   2009
Be patient!我慢してください    2008
教育基本法改定と大学- 60年安保世代が思うこと-     2007
「人」を軽視する経済至上主義      2006
大学生活を懐かしむ    2004

「若葉」巻頭言.pdf  1989-2003

退官に当たって   若葉31号 教授退官記念特集号 2003
小児 科医不足が深刻に    若葉30号 2002年
新しい世紀を迎えて  若葉29号  2001年

私の研究回顧録  神戸大学最前線  2006年5月

傘寿を迎えて

昨年暮れのある日、体調を崩し、外出も控えていた。所在無げにしていたところ、うっすらと埃を被った本棚に、「般若心経」(新井満著)を見つけた。その横には、瀬戸内寂聴さんの「般若心経」も並んで置かれていた。

いずれも2005年頃の発行で、大学を定年退官し、こども病院にいた頃であろう。なぜこの時期にこれらの本を手にしたか定かな記憶はないが、人生の折り返し点を迎え、手にとってみたのであろう。瀬戸内寂聴さんの「般若心経」は半分ほど読んだところに栞が挟まれたままになっていた。

「般若心経」は本文266文字からなる経文であり、天台宗の開祖最澄、真言宗の開祖空海によって伝来した仏教であり、宗派を問わず詠まれている。「色即是空」、「空即是色」は大変有名な文言であるが、解ったような、解らないような話である。

新井満氏の「般若心経」は70頁ほどの小冊子であり、一気に通読できる。『無数のいのちが寄り集って、あなたといういのちを成している』という文言に惹きつけられた。

  • あなたを産んでくれたのは父と母だ。
  • その父にも、また父と母がいて、
  • その母にも、また父と母がいる。
  • その父と母にも、さらにまた父と母がいる。
  • あなたから十代前までさかのぼるならば、
  • あなたにつながる父と母は千人以上になる。
  • さらに二十代前までさかのぼるならば、
  • 父と母の数は百万人を超える。
  • 即ち、無数のいのちが寄り集まって、
  • あなたという命を成しているのだ。その中の
  • わずか一つのいのちが欠けたとしても、
  • あなたといういのちは成りたたない。

お彼岸には、先祖代々の墓前で、手を合わせているが、これまで自分がこれほどまでに多数のいのちの集合体とは思ってもみなかった。この世に生を受けた私たち一人ひとりは、障害の有無にかかわらず代々引き継がれてきた唯一無二の大切な存在なのだ。

我が国には、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための「障害者総合支援法」が平成25年4月に成立した。「地域社会における共生の実現」という言葉も盛り込まれた。

ところが、平成28年には、障害者は生きる権利がないという理由で19人の障害者を刺し殺した相模原障害者施設殺傷事件が、さらに、平成30年には、政府中央省庁の8割にあたる行政機関で、3,460人の障害者雇用が水増しされていた問題が発覚し、政府要人の障害者への不用意な発言も相次いでいる。

超格差社会にある日本では、障害者に対する差別的発言や姿勢が、以前よりも目立ってきたように思える。新型出生前診断(NIPT)もいのちの選別という大きな問題を抱えている。科学技術の進歩と人間の幸せとは何か、医師として、小児科医として考え続けたい。

令和2年2月  傘寿を迎えて

障害者との共生社会の実現を

この世に生を受けると、障害の有無は関係ありません。どんなに重度の障害があっても、親は我が子の命を守り、育み、人間としての尊厳を守るというのが人間社会の掟です。私自身がかつて接してきた多くの障害児は、親・家族に受容され、本人も・家族も幸せに暮らしておられました。大家族制度の中では、お互いの助け合いが日常的に行われ、障害児が生まれても家族みんなで支えあう生活ができたのです。

とはいえ、核家族化が進んだ現代社会では、障害児が一人生まれると、周りからの支援なしには、家族全体の生活を維持することが困難な時代となってしまったのです。わが国では、平成25年4月に障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援し、「地域社会における共生の実現」を目指した「障害者総合支援法」が法制化されました。この新しい法律に、「共生」(共に生きる)という言葉が盛り込まれたことを私は大変嬉しく思っていました。

ところが、平成28年には障害者は生きる権利がないという理由で19人の障害者を刺し殺した相模原障害者施設殺傷事件が起きました。さらに、平成30年には、政府中央省庁の8割にあたる行政機関で、3,460人の障害者雇用が水増しされていた問題が発覚しました。最近も、政府要人の障害者への不用意な発言がありました。このところ、日本人の障害者に対する差別的発言や姿勢が、以前よりも目立ってきたように思えてなりません。

最近制定された福祉関係の法律には、「・・・支援法」という3文字が定番のようについています。この支援という言葉が、国のトップにも、マスコミにも、国民にも、差別意識をうえ付けているような気がします。差別のない「共生社会」こそが、人間社会の理想です。


2020.2.1

新生児学・新生児医療と私 ― 新生児を通じての出会い ―

あおぞら講演会 2019.12.09 山梨 あおぞら講演会スライド

<講演要旨>

生まれた時代背景が新生児医療へ導く

私は、1940年生まれ、戦後の民主主義教育の第1期生です。小学校入学時は教科書がなく、日々の生活に何の規範もないことから、新しいことに全く抵抗感のない世代として育ってきました。

自分が卒業した神戸医大には全国でも数少ない未熟児室がありました。当時は、新生児用の人工呼吸器もなく、静脈確保も容易でない時代でしたが、先輩の小児科医がコットの側に佇み、新生児を見つめ、創意工夫しながら必死に医療に取り組む姿に感動し、仲間に加えて貰いました。

海外留学で得たもの

全国的な学園闘争の最中の1970年春から、私はフランス政府給費留学生としてパリ大学新生児研究センターへ2年6ヶ月間留学する機会を得ました。

私が着任するや否や、大きなカルチャー・ショックを受けました。日本では、見たこともない人工呼吸器がところ狭しと並び、頭からビニール袋を被せてCPAPが行われていました。その医療内容は神戸で経験したものとは全く異次元のものでした。

センター長のMinkowski 教授は、新生児学の創始者であるClement A. Smith(Harvard大学小児科教授)の門下生で、スタッフには、新生児病理学のLaroche 博士を始めとする多数の高名な新生児学者が在籍しており、米国からはLeo Stern教授を始め、世界をリードする気鋭の新生児学者が絶えず訪れてきました。

今思えば、このセンターは、新生児医療イノベーションの最先端を走る欧米でも特異なところであったようです。私は、ここで黄疸の研究をしていましたが、最先端の新生児医療に触れることができたこと、また、世界中の新生児学の高名な研究者と知り合いになれたことが、のちに研究活動をする上での大きな財産となり、日本に持ち帰ることができました。

なぜ、新生児医療は素晴らしい

「小児医療の目標は、子ども一人一人が自らの能力の限界まで発達するのを助け、それにより、成熟し、生産的で、幸せな大人になるチャンスを増やすことである。この目標は、新生児期に最大の危険にさらされている。」これは、1970年出版のThe Pediatric Clinics of North America 、新生児特集の巻頭言として記された、Richard E. Behrman博士の言葉です。私は、これを自らへの励ましの言葉としてきました。

この本には、NICUのあり方、新生児医療の地域化、新生児医療の各種手技など、近代新生児医療の幕開けを告げる内容の特集が組まれており、新生児臨床のバイブルとして活用させていただきました。

日本における新生児医療イノベーション

パリ大学留学より帰国した1972年には、まだ新生児用の人工呼吸器は日本で使われておらず、途方に暮れていたところ、1973年に麻酔科に岩井誠三教授が赴任され、新生児用人工呼吸器Baby birdや各種モニタ類を使用する機会に恵まれ、近代新生児医療のスタートラインに立つことができました。1976年には六つ子が誕生、全国ニュースとして報道され、唯一620g女児が生存退院しました。

その後、わが国でも新生児医療革命が起こり、あっという間に欧米の医療水準に追いつき、追い越しました。その原動力は、大学の枠を超えて、全国の新生児科医が一丸となって、絶えず連携を取りながら、情報交換するネットワークにあったと言えます。小川雄之亮先生、多田裕先生、仁志田先生らと組んで、産科と対峙できる「新生児科のアイデンティティ」確立を目指していたことも結束力のエネルギーとなっていたと思います。

日本発の新生児学研究成果

1980年代に入ると、日本発の新生児学研究成果が欧米でも評価されるようになりました。藤原哲郎教授らの「人工肺surfactant補充療法」がLancetに掲載され、世界中の注目を集め、1996年にはキング・ファイサル国際賞を受賞されました。

1980年には、山内逸郎先生、山内芳忠先生の「経皮ビリルビン測定器の開発」がPediatricsに、次いで1995年には私たちの「UB自動測定器の開発」が同じくPediatricsに掲載されました。私の研究がPediatricsに取り上げられたのは、山内逸郎先生のおかげです。先生からAPSの事務総長をされていたAudrey Brown教授を紹介していただき、彼女からまた、Stanford大学のStevenson博士や米国の著名な黄疸研究者のいる大学を訪問する機会を得ました。

私自身、1984年以来、毎年APSには演題を出し、欧米の研究者が日本の新生児医療を次第に注目していくのを実感しました。

新生児科医はひとつのファミリー

新生児医療は、医師として最もロマンに満ちた仕事として、いつも誇りに思っています。なぜなら、新生児医療には、人生の始まりの最も大切な時期に立ち会えるという大きな役割があります。国の内外を問はず、新生児科医の結束力が強いのは、仕事はハードであっても、ロマンを追い求める純な心にあるのでないでしょうか。これが周産期医療システム確立の原動力となったと思います。

国内、国外の同じ思いをもつ先達、同僚、後輩との出会い・協働が、自らの夢を叶えてくれたことに感謝いたします。以上

<中村肇の略歴> 神戸大学名誉教授、兵庫県立こども病院名誉院長、社会福祉法人「芳友」会長。1940年生まれ。1964年神戸医科大学卒業、小児科入局。神戸大小児科教授、神戸大学医学部附属病院長、2003年に兵庫県立こども病院長、2008年に財団法人阪神北広域救急医療財団理事長などを歴任。2001年には、「新生児黄疸の研究」で兵庫県科学賞、2017年に米国小児科学会Bilirubin Club Award を受賞。著書には『新生児学』、『小児の成長障害と栄養』、『子育て支援のための小児保健学』、エッセイ集「赤ちゃんの四季」など。