気をつけるべきは感染症だけでない、 ~熱中症対策を忘れずに~

コロナ5類移行がようやく正式決定しました。マスク着用も個人の判断に任されることになりました。
これから気温が高くなる夏に向かいます。注意すべきは熱中症です。熱中症は真夏よりも、まだ暑さに身体が馴染んでいない夏の初めに多くみられます。

言葉が話せない乳幼児は、喉が渇いてもそれを訴えることができません。ベビーカーに乗せて外出するときは、注意が必要です。地面近くの温度は高くなっていますので、できるだけ日陰を通行するようにしましょう。また、子どもは喉が渇くのも忘れて遊びに夢中になります。脱水に十分注意して、こまめに水分補給をするように気をつけてください。

戸外で遊ぶ時や運動をするときには、必ずマスクを外すようにしてください。マスクをしていると、吐く息の体温がこもることになり、熱中症の原因になります。

ぐったりした様子や嘔吐、筋肉がつるなどの症状がみられたときは、熱中症の可能性が強いので、体を冷やしてすぐに病院を受診しましょう。

2023.5.5.

兵庫県地域子育てネットワークだより

ChatGPTによる「端午の節句の由来」

コロナ5類移行というニュースもあり、これまでの不自由な生活から一気に解放された感があります。
今朝から、孫娘の女子中学校の文化祭の見学に出かけました。久方ぶりの外出です。まだ大半の生徒はマスクをしていますが、明るく、元気な彼女らの声が響き渡る教室に入ると、長らく感じることのなかった生命の躍動、明るい未来を感じさせてくれます。
学校に向かう道中、真っ青に晴れ上がった五月の大空に、鯉のぼりが気持ちよさそうに泳いでいました。5月5日は、戦前は「端午の節句」、1948年の祝日法公布によって制定された「こどもの日」です。

ChatGPTによる「端午の節句の由来」

AIによる文章化ソフトChatGPTは、世界中で大きな話題になっています。私も試しに、「端午の節句の由来」について問いかけてみました。数秒もしないうちに下記の答えが返ってきました。

A:
「端午の節句の由来は、中国の伝統的な行事である「端午節(端午の日)」にさかのぼります。
伝説によれば、中国の古代には、江河の魔物である「龍」と「魚」が人々を苦しめていました。そこで、ある時、名剣「草薙の剣(そうなぎのつるぎ)」を持った英雄・呂布が龍を討ち、魚は「艾草(がいそう)」と「菖蒲(しょうぶ)」を入れた「ちまき」で退治することに成功しました。この出来事が、「龍を退治し、災いを祓う」という意味から、端午節の由来となったとされています。
また、別の説によれば、端午節は中国の詩人である屈原(くつげん)を偲んで行われる祭りとされています。屈原は、自分の故郷を追われ、悲惨な最期を迎えたことから、彼を偲び、追悼するために、端午節が行われるようになったとされています。
日本においては、中国から伝わった端午節が、やがて「端午の節句」として定着し、家族の健康や子供たちの成長を願う行事となりました。」以上原文通り。

この回答では、日本での歴史についての記載が少なく、中国での由来を中心に記されています。ChatGPTの情報の中には、日本語よりも中国語での情報が多く含まれているのかもしれません。とはいえ、立派な文章には恐れ入ります。
2023.5.3.

パイロットになりたいという夢をもっていた

2023年3月5日のJAXAの宇宙飛行士の選抜試験では、4,000人以上の応募の中から2人が選ばれました。その一人が28歳の外科医米田あゆさんで、日本人として初めて月に降り立つ可能性があるそうだです。羨ましい限りです。

パイロットになりたいという夢をもっていた

戦後、民間航空機が伊丹空港に運航再開されたのは、私が小学5年生の時でした。空港近くの草原で上を向いて眺めていると、爆音を轟かせながら着陸していく飛行機に、身体が吸い込まれていくような快感でした。
我が家は、空港から歩いて2時間以上かかりますが、時には馬車の荷台にのせてもらい、休みの日には朝から夕暮れまで飽きることなく一日中眺めていました。当時の私は、将来パイロットになりたいという夢をもっていましたが、宇宙飛行士になりたいなんて考えもしませんでした。

2023.4.26.

 

宇宙では、いつまでも仲良くして

無数に飛び交う人工衛星

これまで人類は、人工衛星や宇宙探査機、あるいは宇宙ステーション等たくさんの人工物体を宇宙空間に打ち上げています。
初めて打ち上げられたのは、有名なスプートニク1号、1957年のことです。2021年の12月時点で12,000個を超える人工衛星の登録があり、とくに、近年は毎年1,000個以上増加しているそうです。

宇宙ステーションは5か国の共同プロジェクト

国際宇宙ステーションは、低軌道で地球を周回している最大の人工衛星です。その高度は平均400 km、地球から人工衛星まで4時間もかからなようです。1日に地球を15.5周回しており、地球から肉眼でも星々の間をゆっくり移動していく小さな点として見えることがあります。

この居住可能な人工衛星である国際宇宙ステーションは、米国、ロシア、日本、欧州、カナダが参加する共同プロジェクトです。地球上では国家間の争いごとが絶えませんが、宇宙では仲良くしているようです。

近年、月面での宇宙ステーションが、よく話題に上っていますが、ここでも仲良くしてもらいたいものです。
2023.04.26.

うれしい後輩とのつながり

先日、後輩の医師岩谷壮太君が、米国の一流医学雑誌Pediatric Researchに掲載された論文を持って、自宅までわざわざ訪ねてきてくれました。

彼と私の出会いは、自分が後期高齢者となり、自由な時間ができ、ブラブラしていたときです。神戸大学の森岡一朗特任教授(現日本大学教授)から新生児黄疸研究グループへの誘いを受け、その時のパートナーに指名いただいたのが彼だったのです。

一度は消えた核黄疸が、いま再び問題に

1970年代には、赤ちゃんの重症黄疸は脳障害(核黄疸)を引き起こし、死亡・脳性麻痺の主要な原因でした。1982年に、私は核黄疸予知のためのUB測定用臨床検査機器(UBアナライザー)を、アローズ社生越義昌社長との共同開発に成功しました。広く実用化され、医療技術の進歩と相まって、核黄疸は激減したのです。
その後30年余り、核黄疸は日常診療現場で滅多に見られなくなり、若い新生児科医の間では過去の病気として、関心が薄れていました。

21世紀に入ると、新生児医療の進歩とともに、千グラム未満で出生した小さな超低出生体重児の生存率が著しく上昇しました。これまでのような成熟児ではなく、小さな未熟児において核黄疸の発生を耳にするようになったのです。

なぜ、再び私が研究室に戻ったか

開発時からすでに30年を経過し、UBアナライザーも限界かと不安になった時もありましたが、UBアナライザーで厳格に黄疸管理をしていた神戸大学では、核黄疸の発生がないことが分かり安堵したのを思い出します。

神戸大学の森岡グループが、超低体重出生児の黄疸管理の研究を再開したところへ、私も参加させて頂いたのです。私たちは、過去20年間、広く全国の医療施設で使用されていた神戸大学の治療基準の見直しにかかりました。多くの医療施設の協力を得て、2年足らずで、改訂版を作成することができました。

後輩への技の伝承

UBの測定原理は、多少難解なところがあります。UBアナライザーから打ち出されてくるデータの数字を利用できても、その原理を理解している新生児科医は限られていました。

私の研究室復帰の真の狙いは、UB測定原理を後進に伝承することです。白羽の矢を立てたのが岩谷壮太君でした。測定試薬作りから一緒に始め、ほぼ1年をかけて彼にすべて伝授することができました。

今回の彼の論文は、超低体重出生児の核黄疸予防に、UB測定の重要性を世に示したものです。多くの子どもたちが救われるに違いありません。素晴らしい後継者の誕生です。

生越義昌氏、仁志田博司氏へ捧げる

UBアナライザー開発者の生越義昌氏、UBアナライザーの普及啓発にご尽力いただいた仁志田博司氏が、最近相次いで他界され、心細い限りです。心より御冥福をお祈りするとともに、この論文を捧げたいと思います。

2023.04.16.

保育施設は子どもたちの家庭です

今後さらに女性の社会進出が進むと、保育施設へのニーズはより大きくなっていくものと考えられます。子どものいる家族への支援は話題にされますが、子どもたちが一日の大半を過ごしている保育現場への支援はあまり取り上げられていないように思います。あたかも、待機児童ゼロで保育施設問題は解決したかのようです。

保育の質の向上には

保育現場で事故が起こると、保育士の注意不足、連携不足が指摘され、I C機器の導入が話題になりますが、多くは保育士定員数の絶対的不足が原因と考えます。保育の質の向上には、保育士の定員数増が不可欠です。

保育施設は子どもたちの家庭です

保育施設は、子どもたちの家庭です。保育士の皆さんは親に代わり育児を担い、子どもたちと最も長時間過ごす職種です。小児科医をはじめ、いろんな職種の人々と情報を交換し、協力しながら、親に代わって子どもの安全、幸せを守らねばなりません。

保育士は、子どもへの絶えない微笑みが求められます。それには、「ゆとり」が必要です。保育士のあたたかい手の温もりと、あたたかい眼差しで、子どもは思いやりのある、心豊かな大人へと育っていくのです。

2023.4.9.

 

「子育て支援」でなく、「子ども支援」を

日本は、1994年に国際条約「子どもの権利条約」を批准しており、その条約には「生きる権利」、「育つ権利」、「守られる権利」、「参加する権利」という4つの子どもの権利が定められていまが、日本国内ではこの条約についての関心が低いままで、子どもは「子ども扱い」されたまま、「子どもが主役」にはなりづらい状況が長らく続いてきました。

「子育て支援」でなく、「子ども支援」を

この4月から、「子どもの権利」の保障を明記した「こども基本法」が新しく施行され、こども家庭庁が発足しました。子どもにやさしい社会を目指すための法律であり、現政権の最重要課題として取り上げられており、大きな期待を寄せています。

これまでの我が国では、子ども政策といえば、超高齢社会対策の一環としての少子化対策、労働力確保のための経済対策として取り上げられてきたように思えてなりません。こども基本法ができても、従前のように少子化対策の一環として取り上げるのであれば、真の子ども中心の社会とは言えません。私は、「子育て支援」ではなく、「子ども支援」の政策がとられるように期待しているのです。

2023.4.9.

日本の幸福度ランキングは137カ国中47位B

「国際幸福デー」の3月20日、「World Happiness Report(世界幸福度報告書)」の2023年版が発表されました。
この報告書は2012年以降、毎年発表されており、米ギャラップ社の世論調査をベースにし、各国の約1,000人に「最近の自分の生活にどれくらい満足しているか」を尋ね、0(完全に不満)から10(完全に満足)の11段階で答えてもらう方式で国ごとの幸福度を測定しているそうです。

日本の順位は137カ国中47位

国別の幸福度ランキングで、日本の順位は137カ国中47位となり、前年(146カ国中54位)より上昇したとのことです。1位はフィンランドで、上位は欧州の国々が目立ち、特に北欧5カ国が7位までに入っています。

主な国の順位は以下の通り。国名の後の数字は幸福度(0~10)。
1位 フィンランド 7.804
2位 デンマーク 7.586
3位 アイスランド 7.530
4位 イスラエル 7.473
5位 オランダ 7.403
6位 スウェーデン 7.395
7位 ノルウェー 7.315


47位 日本 6.129
57位 韓国 5.951
64位 中国 5.818

幸福のとらえ方がスコアに影響

幸福度の判定には、➀1人あたりGDP、➁社会的支援、➂健康寿命、➃人生の選択の自由度、➄寛容さ、➅腐敗の少なさという6つの変数が使われています。日本は上位の国々を比べて、健康寿命では上回り、1人あたりのGDPも上位と大きな差はありません。人生の選択の自由度や寛容さといった主観的評価項目のスコアが低いのです。
日本(47位)や韓国(57位)、中国(64位)の東洋系の国々では、幸福のとらえ方が主観的で、社会や文化が西洋とは大きく異なり、数値化や順位付けには一定の限界があるようです。

日本が幸福度を高めるには

世界に先駆けて、高齢化、少子化などの課題に直面する国、日本が、豊かさと持続可能性を両立し、一人ひとりが幸せを実感できる社会を如何に構築するかです。
これを叶えるためには、日本固有のアプローチを早期に確立し、実践する必要があるでしょう。

World Happiness Report 2023(公式ウェブサイト)

2023.3.25.

悠々と旅する無人探査機ボイジャー

NASAの無人探査機、ボイジャー1号とボイジャー2号は、1977年の秋に打ち上げられ、以来45年間宇宙の果てまでの旅を続けています。

木星、土星を相次いで訪れたボイジャー

ボイジャー1号とボイジャー2号が、打ち上げられたのは、宇宙船アポロ11号の月面着陸後8年目の1977年秋です。

打ち上げ後、ほぼ2年で木星を訪れ、さらに1年後に訪れたのが土星でした。元々この2つの惑星を探査するのがミッションでした。

当初の計画では、天王星と海王星を訪れるには、費用がかかり過ぎるということで、予定に入っていませんでした。ところが、2号が土星を訪れた時点で、計器類が十分に機能していたことから、天王星探査に向かうことになったそうです。

2機のボイジャーは、木星(写真1、写真2)と土星(写真5、写真6)のそばを通過し、クローズアップ写真を初めて撮影したのです。(日経サイエンス2023年1月号より引用)

今は200億キロ離れた星間空間を悠々と

ボイジャー1号とボイジャー2号が、木星、土星の探査で送ってきた美しい写真の記憶はありましたが、その後についての報道はあまりなく、忘れ去っていました。

その後、ボイジャー2号は天王星を1986年1月に、海王星を1989年8月に立ち寄り、今は、ボイジャー1号とボイジャー2号ともに太陽圏から飛び出して、200億キロも離れた星間空間を悠々と、機器に制御されながら、さらに遠くの未知の世界を目指して旅しています。
あまりにもロマンチック過ぎ、驚かされます。次の宇宙の果てからの便りが楽しみです。
2023.3.20.

宇宙時代の夜明けごろ

世界初の人工衛星は、1957年10月にソ連が打ち上げた重量がわずか83.6キログラムの軽量のものでした。

有人宇宙活動の幕開けとなったのは、1961年4月12日に人類史上初のソ連の有人宇宙船「ボストーク1号」です。地球を108分で1周し、高度300kmまでの飛行に成功したのが、空軍パイロットのユーリ・ガガーリンです。彼の「地球は青かった」という表現に世界中の人々が感動させられました。

人間が初めて月面着陸

1969年7月16日、ケネディ宇宙センターから打ち上げられたアメリカの宇宙船アポロ11号は、人類が初めて月に降り立ち、月の石を地球に持ち帰ることに成功しました。1970年の大阪万博に、この「月の石」が展示され、多くの人が集まっていたのを今もよく覚えています。

2023.3.20.