超高齢者は必死に生きています

春のそよ風を受けながら、朝から住吉川まで歩きました。階段を降りると遊歩道があり、河岸に腰掛け、足を垂らしていると、大学時代から職場までずっと同期の児玉壮一君を思い出します。

この季節になると、近くに住んでいた彼と並んで座り、長時間話し合っていました。 彼はいつも大きな声で話をするのですが、ここではその声もせせらぎにかき消され、お互いに勝手なことを語り合っていました。

話題に上るのは、今のイラン戦争。トランプは認知症の始まりではと私が言うと、彼はきっと医学的にそれは違うと延々と講釈を始めていたに違いありません。

イラン情勢でなく、イラン戦争

でも、今の米国の軍事活動は戦争以外の何ものでもありません。英語圏では、Iran Warです。我が国のマスコミ報道は、イラン戦争という単語を使わず、イラン情勢に統一しています。満州生まれの彼も、これは変だと共感してくれていたでしょう。

帰り道、町内に住む同い歳で、元気もののSさんと出会いました。彼女は両足首に1キログラムの錘をつけて歩いているのです。今はジムからの帰りだとのこと。高齢者は皆んな、必死に生きているようです。

夜、トイレに立つと、足の裏の一点に痛みを感じます。触れてみると、タコができていました。普段歩かなかった私が急に歩き始めたからのようです。

明日は雨とのこと、少し控えることにします。 2026.3.30.

脚はなぜ「第二の心臓」と呼ばれるのか

― ふくらはぎの静脈ポンプ作用という科学的根拠 ―

このところ、食事制限と歩行の効果が現れ、体重が5kg減少、何よりも脚のむくみがウソのように改善、階段の昇降も楽になり、毎日欠かさず外出しています。
今朝、息子にこのことを報告すると、それは歩いたからや。「脚は『第二の心臓』というやろ」と、そっけなく言われました。

早速、チャットくんに相談すると、「脚は第二の心臓とよく言われますが、これは厳密な医学用語ではありません。ふくらはぎを中心とする脚の筋肉が、下半身にたまった静脈血を心臓へ押し戻す『ポンプ』の役割を果たしていることを表わしている」との答えが返ってきました。

それを立証する論文も併せて紹介してくれました。PubMedで検索すると1994年出版のフランスのマルセイユ北病院の心臓血管外科医 Alimi YSさんらの論文には、ふくらはぎ(腓腹筋)が静脈ポンプとして、重力に逆らい、血液を押し上げいる様子を静脈内にカテーテルを挿入し、立証したデータがありました。

でも、第二の心臓という表現は一切ありません。しかも対象が若い女性ばかりです。
我々高齢者の多くは、脚のむくみを経験しています。いろんな高価な健康薬品がPRされていますが、一番は“動かす”ことです。

私もですが、心臓にステントを入れたり、バイパス手術を受けておられる方、ひざの痛みを訴えておられる方が多くおられます。屋外での歩行ができなくても、自分の身体にあわせて、「つま先立ち」や「スクワット」で脚の筋運動もお勧めです。 2026.3.29.

Alimi YS, Barthelemy P, Juhan C:Venous pump of the calf: a study of venous and muscular pressures. J Vasc Surg. 1994 20(5):728-35.

トランプ米大統領こそ「ブラックスワン」、て何のこと

これは、去る3月25日の日本経済新聞電子版に載っていた記事の見出しです。
何しろ、経済問題には疎い私です。また、「ブラックスワン」という言葉は知っていましたが、詳しくは知りませんでした。

かつてヨーロッパでは「白鳥は白い」と信じられていましたが、17世紀に西オーストラリアで黒い白鳥が発見されたことで、この常識が覆されました。これが「ありえないと思われていたことが発生する(=滅多にないが衝撃的な事象)」という哲学用語やリスク理論の由来となったそうです。

この新聞記事は、2007年のベストセラー「ブラックスワン」を著した思想家のナシーム・ニコラス・タレブ氏へのインタビュー記事で、トランプ大統領が想定外の政策を次々と打ち出しているのをかけたものです。
レバノン生まれの彼は、15歳のときにレバノン内戦が勃発し、米国に移り、ウォール街のデリバティブトレーダーから思想家に転じた特異な経歴を持っています。

AIが発展する今日、いかなるブラックスワンも社会に混乱を生じさせることを覚悟すべきであり、とくにホワイトカラーという学歴も高く、洗練された知識を持つ失業者の数が増加し、これまでみられなかった混乱を生ずる可能性があると、彼は予測しています。

私と同期の親友岡田女史は、バレーの発表会で「白鳥の湖」を演じたんだって。これはstunning!!
2026.3.27.

生成AIは裸の王様をつくる

私は、わからないことがあると、生成AIに相談します。

生成AIは心地よい返事しかしません。どんな質問をしても、質問者の気持ちに寄り添い、相手の言うことを決して否定しません。

私のような高齢者の話相手になってくれるのは奇特な人です。しかし、生成AIは、嫌な顔ひとつせず、いつまでも付き合ってくれます。関連すること、しないこと、こちらが興味を持ちそうな話題に引き込んでいきます。

米国のイランへの軍事作戦には、生成AIが活用されているそうです。政府内には、武闘派と穏健派がいるのが常ねで、そのバランスで軍事作戦は最終決定されますが、これまでの社会通念を無視した今回の米国の作戦をみていると、生成AIの判断を優先しているのではと疑いたくなります。

心地よい意見しか述べない生成AIは、組織のトップを裸の王様にし、人類を思わぬ方向に導いているような気がします。

2026.3.25.

新しい気づきが

歩いているといろんな新しい気づきがあります。元気な若者には馬鹿にされそうな話ですが。

小柄な女性が、スマホ片手に私をどんどん追い抜いていくのです。若者だけでなく、高齢女性もです。思い起こせば、道子も歩くのは私よりも速いのをよく自慢していました。両手をポケットに入れて歩いていると、いつもうるさく言われました。

早足のかたは、手を前後に大きく振っています。今の私は、いつも後ろ手を組み、歩いています。目の前の段差に注意を向けていると、どうしても前屈みになり、後ろ手でバランスをとっているからです。

見ていると、女性は手先まで力が入っていますが、年齢に関係なく男性の手は力無く動いているだけです。

歩き始めの赤ちゃんも前屈みで、手をダラリと下げています。バランスをとるだけです。走り始めるのは1歳半前後、肘を曲げてバランスよく走のは2歳過ぎからです。2歳児に負けないように、後ろ手をやめて足元に注意しながら歩み直します。  2026.3.22.

時計の針が逆戻り

私はひとつのことを考えると、もう他のことは頭の中に入ってきません。先日までは、今の世の中の動きに苛立ちを感じていましたが、先ずは、自らが生きていく上で減量が不可欠とわかり、考えることは節食と歩行のことです。

昨日は、道子の両親が眠る京都に、今日は道子と私の親の墓がある尼崎に、お彼岸のお参りに行ってきました。万歩計の数値は、連日1万を越えたのです。1万を超えるのは、ゴルフを断念した80歳代になって初めてのことです。

時計の針が逆戻り

これまで、尼崎のお寺にはいつも息子や娘の車に乗せてもらっていたのですが、何十年ぶりかで阪神電車で行きました。

お寺は、私が結婚するまで住んでいた家のすぐ近くにあります。中学から大学までの12年間歩き続けた道です。11カ寺が軒を連ねる「寺町」には貴重な文化財が多く、当時の面影が残っています。

一番鮮明に思い出すのは、秋田犬「クー」のことです。従姉妹が転勤のために飼えなくなり、母は反対しましたが、中学生の私が責任を持つ約束で譲り受けました。

この道は、人気のなくなった夜の散歩コースでもあったのです。クーの首から首輪がすり抜け、取り押さえるのに苦心した、情けない思い出が蘇ってきます。

左右に寄れながら歩んでいると、一年一年、昔に遡っていく感じです。  2026.3.21.

肥満解消で頭がいっぱい

私は、ひとつのことを考え始めると、もうそのことで頭の中がいっぱいになります。いまは、いかに効果的に食事制限を進めるかです。つい先日までは、近距離でもすぐにタクシーを利用していたのですが、歩くようになりました。すると、日々の歩数を記録したくなります。

これまで万歩計を一度も利用したことがなかったので、チャッピーくんに相談すると、iPhoneの無料アプリ、「ヘルスケア」を紹介してくれました。いろんな機能を持たせているために画面が複雑で、私のニーズとは少しズレるものでした。

日々の体重と歩数変化をみるだけのシンプルなアプリをファイルメーカーで作成することにしました。
グラフにしてみると、一目瞭然。
自らを励ますために、みなさんにもご覧頂きたくアップしました。   2026.3.17.

桜が咲き始めています

今日も朝から歩きました。孫娘が中学を卒業したので、お祝いに住吉まで片道約30分歩いてきました。

途中、住吉川沿いに聳え立つオーキッドコート沿いに登り坂があります。途中で2、3回休憩しなければならない私には急な坂です。

今日も朝から冷たい風が吹いており、冬コートにマフラー・手袋をつけて歩いていました。

ふと見上げると、桜が咲き始めています。3分咲きでしょうか?テレビの開花予想とかなりのズレがあり、何だか大発見した気分でした。みんな気づいているのかなあと思いながら通り過ぎました。

帰り道、上から見下ろすと、結構花をつけていました。思わずスマホに収めました。

この坂は、いつも私のリハビリ坂です。これまでたびたび入院を繰り返し、そのたびにこの坂を登り、住吉川沿いに歩くのです。でも、桜に気づいたのは始めてです。2026.3.15.

恥ずかしい個人的な健康問題です

昨年夏に貧血が原因で立ちくらみがするようになり、腎機能も低下しているので、本来腎臓で産生されるエリスロポエチンという増血ホルモン不足が考えられ、その補充療法を始めました。

効果的面。すぐに反応し、効果が現れました。体力もアップ、食欲もアップ。幸せを感じながら食事を美味しく頂いていました。

年末年始には外食の機会が増え、1月末からのチェンマイへの旅、さらにはハノイへの旅で、現地の美味しい料理をお腹いっぱい、若者と同じペースで食べていました。

天罰が降りました。

帰国すると、足はむくみ、元々あったお腹のヘルニアが一段と大きくなってしまいました。このまま放置すると、ダメだと思い、何か良い対策はないかと受診しました。

足のむくみは手術では無理とのこと、皮膚も変色し始めている腹壁ヘルニアはこのまま放置はできないと注告されました。

先ずは、体重を減らすことが一番

慌ててダイエットを始め、普段の食事を半量にし、外食および間食を断ち、できるだけ歩くことにしました。

75kgあった体重が、4日間で73.4kgまで、1週間72kgまで減りました。脚のむくみもお腹の突出も目に見えて改善してきました。全ての原因が美食にあったことが判明しました。

手術を受けるにも、まず、減量です。これからの1週間否、1か月が勝負です。 まだ現世に未練があるのかと言われそうですが。2026.3.14.

「襤褸(ぼろ)を着てても心は錦」

私の同級生の岡田さんからメールで、最近の世界情勢を見ていると、積み重ねてきた科学技術が生み出した絶超偽人間がregular人間を支配して、いずれは滅ぼしていく、これもまたよし、とするか? こんな愚痴を言えてるのも幸せのひとつ。というかなりシビアな内容でした。

振り返れば、第二次世界大戦で米軍機による空襲を実体験した残り少ない世代となりました。私は、阪神淡路大震災も体験しましたが、新聞の片隅の載っているボスニア戦争の記事を見ながら、「戦争よりは、まだましか」と慰め合っていた記憶が蘇ってきます。
彼女の愚痴を見ながら、「今の時代、何だか狂っているよね」は、年長者のつね。とは知りながら、今回は、年寄り臭い話をひとつ・ふたつ。

昨夜のNHKニュースの見出しは「イラン情勢」。情勢を英訳するとsituation、「イラン攻撃」ではなく何だか日和見すぎる。戦争の早期解決を望むのは、石油価格の高騰で、「平和」ではないのです。
東日本大震災による福島原発事故であれだけの恐怖を体験したのに、経済発展のために原発推進へと方向転換。
高市首相は成長経済を声高に叫んでいますが、何のため? 誰のため? 経済発展至上主義に眩んでしまった目をそろそろ覚まさねば。

「襤褸(ぼろ)を着てても心は錦」

思い出すのは、水前寺清子「いっぽんどっこの唄」の歌い出しの歌詞、「ぼろは着てても こころの錦」 。1966年11月1日発売のシングル版レコードです。

当時の日本は、朝鮮戦争・ベトナム戦争による軍需景気で高度経済成長を遂げ、テレビが一般家庭に普及し始めた頃です。経済的に豊かになると格差が生じ、前途が不安に思えてきたときです。

パリ五月革命

フランスでは、1968年5月にパリの大学生が政府の教育政策に不満を爆発させて暴動を起こしたのをきっかけに、広範な労働者・市民の反対運動が勃発、強権的なド=ゴール体制を終わらせました(五月革命)。

この学生運動の波は、ベトナム反戦運動の盛り上がりとともに、世界中に広がり、我が国でも全国各地で大学紛争が起こったのです。その後、世界中が経済発展至上主義の社会へと進み、その極限に到達した感があります。

今の世に欠けていること

今再び、大きな曲がり角に立たされています。人間らしく生きるには、物質的な豊かさよりも、「こころ」の豊かさです。今の世の中で最も欠けているのは、長期的なモノの見方です。2026.3.10.