香薫にあの人を想う

これは、菩提寺である浄土宗如来院から届いた暦に添えられた3月の標語です。「漂う春の香りに、極楽浄土の大切な方々へ想いを寄せる時として下さい。」と添え書きされています。

私は、毎年欠かさず岡本梅林公園に梅見物に出かけます。今年は、いつまでも寒波が居座り、開花が遅れていましたが、例年よりも一層美しく花が枝に連なっている感じです。蕾と花びらが一体となっている梅は、桜のような艶やかさはありませんが、物静かな、楚々とした美しさがあり大好きです。

2025.3.6.

あの世(彼岸)とこの世(此岸)

仏教では、彼岸(ひがん)は「悟りの境地」や「煩悩から解放された世界」を指します。サンスクリット語の「パーラミター(波羅蜜多)」の訳で、「向こう岸に到達する」という意味があります。これに対し、私たちが生きている迷いや苦しみの多い現世を「此岸(しがん)」と呼んでいます。

日本では、春分の日と秋分の日を中心にした7日間を「彼岸」と呼び、お墓参りをする習慣があります。昼と夜の長さがほぼ同じになるこの時期が、あの世(彼岸)とこの世(此岸)が最も近づくと昔の人が考えたためです。今も昔も、厳しい寒さ、暑さが和らぎ、一番凌ぎやすいと感じるのでしょう。

私は、八十歳を迎える頃から、たびたび大病を患い、彼岸の入り口まで行ってきました。今でもよく憶えていますが、そこはまるでCG技術で映し出される色とりどりの光が散りばめる華やかな世界でした。スマホに残しておくことができなかったのは残念です。
2025.3.13.

自然へのすなおな態度を大切に

作家司馬遼太郎さんは、1999年に小学校教科書用の書き下ろし作品として、「21世紀に生きる君たちへ」を子どもたちに書き遺しています。

その一部を紹介すると、「人間は、自分で生きているのではなく、大きな存在によって生かされている。」と、中世の人々は、ヨーロッパにおいても、東洋においても自然に対してへりくだって考えていたのです。

この自然へのすなおな態度こそが、21世紀への希望であり、君たちへの期待でもあります。そういう素直さを君たちが持ち、その気分を広めてくれると、21世紀の人間は、お互いに尊敬し合うようになるのです。

AIの出現は、人間が自然の一部であることを忘れさせようとします。自然への畏怖(いふ)の念どころか、いかに自然を克服するかが至上命題のように現代人は振る舞っている気がします。

地球が汚れてしまえば、他の星へ移動すればよいとの考えでは、もう人間とは言えないでしょう。
2025.3.8. 兵庫県子どもの健康コラム

高額療養費と医療のあり方について

我が国の医療費は46兆円を超え、毎年3%以上の増加を続けていることから、政府は今国会に、「高額療養費の負担割合の引き上げ」の予算化を提案しました。しかし、その根拠が不透明との指摘から一旦見送られることになったようです。

高齢化に伴って医療費が高騰することは明白ですが、防衛費と同様に、国民医療費が税収の何%までが受け入れられるかが問題です。政府がその算定根拠を明白にしないところから議論が沸騰したのです。

医療界に身を置いていた私は、ネット検索を駆使して、私なりに今の日本の医療費の現状を分析してみました。

国民医療費は46兆 6,967億円。  厚生労働省HP(R6.10.11.)より

令和4年度の国民医療費は46兆 6,967億円、前年度の45兆359億円に 比べ1兆6,608億円、3.7%の増加となっています。 人口一人当たりの国民医療費は、37万3,700円です。

令和3年度について、年齢階級別国民医療費の割合をみると、70歳以上が全体の52%、75歳以上が全体の38%を占めています。因みに、15歳未満の小児では全体の5.4%、2千4百億円です。

国民医療費の4分の一が医薬品費です。

製薬業界に関するさまざまなニュースをわかりやすく解説するニュースメディア、AnswersNewsは、今週の3月3日の民間調査会社IQVIAの資料をもとに、2024年の国内医療用医薬品市場は前年比2.0%増の11兆5037億円だったと発表しています。これは、国民医療費の25.5%に当たります。

医療用医薬品市場の内訳をみると、病院(病床数100床以上)が5兆4110億円、開業医(100床未満)が2兆1691億円、薬局その他が3兆9237億円(0.8%増)となっています。

高額な医療用医薬品は、がん治療薬。

同時に、製薬企業が決算で公表した製品別売上高などをもとに、2022年度の国内売上高が50億円以上の医療用医薬品185品目のランキングを紹介しています。

1位は小野薬品工業の「オプジーボ」1,423億円。2位がMSDの「キイトルーダ」1,346億円、3位はアストラゼネカの「タグリッソ」1,111億円と、いずれも抗がん剤です。4位に新型コロナウイルス感染症治療薬「ベクルリー」(ギリアド・サイエンシズ)1,077億円が上がっています。

開業医市場では、糖尿病治療薬やワクチン、アトピー性皮膚炎向け新薬の拡大があります。

全国のがんの専門医らで作る「日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)」は、17種類のがん患者15,564人を対象に、薬剤費を分析しています。

その結果では、59%の患者が1か月あたり50万円以上の薬剤治療を受け、17%の患者が100万円以上の薬剤治療を受けています。 10年前と現在の標準的な治療の薬剤費を比較すると、10倍から50倍も高くなっています。高額ながん治療薬の投与状況を把握するためには、さらなる詳細な全国調査データが必要です。

これまで、医師は患者に医療費についてほとんど触れることがなかったと思います。今後は、患者負担の割合についてわかりやすく説明する必要があるでしょう。

2025.3.7.

 

参考> 年齢階級別がん死亡率推移 (1980年、2000年、2022年)

1980年、2000年、2022年の死亡率の変化をみると、全がんでは男女とも50歳~70歳代の死亡率は減少しているが、 高齢者(85歳以上)では増加している。80歳以上のがん死亡率の増加は診断精度の向上も一つの原因だと考えられる。

部位別の動向は、 [食道がん] 男性では一貫した傾向はなく、女性では65歳~84歳で死亡率が減少している。 [胃がん] 男女ともほぼすべての年齢階級で死亡率が減少している。 (資料:国立がん研究センターがん情報サービス 「がん登録・統計」)(https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/dl/index.html)

 

 

これからの医療はどうなる?

科学技術の大きな進歩により、平均寿命が伸び、結果として高齢社会をつくり上げてきました。
一時は、人生100年時代と騒いでいましたが、国民の30%が65歳以上の高齢者という歪な人口構成になったいま、これまで通りの医療を国民に提供することが困難なことは明白です。その第一弾が「高額療養費の自己負担の上限額引き上げ」でしょう。やっと気づき始めた感じです。

2026年度からの地域医療構想では

厚労省のHPには、2026年度からの地域医療構想に関するとりまとめ(案)が掲載されています。

「その骨子として、2040 年やその先を見据えて、高齢者救急・在宅医療の需要等が増加する中、地域の実情に応じて、「治す医療」を担う医療機関と「治し支える医療」を担う医療機関の役割分担を明確化し、医療機関の連携・再編・集約化を推進することが重要である。」と。

この振り分けは、極めて合点がいくものであり、自らの入院体験や同年輩のがん患者から、80歳を過ぎると「治し支える医療」を志願する方が少なくありません。

ところが、医師は、80歳を過ぎたがん患者に対しても、まず、5年生存率のデータ(多くは5,60歳代が中心の)を元に、治療による延命効果の話をします。がん治療薬には少なからず副作用を伴うものが少なくありません。多くの患者は、症状が現れてはじめて副作用の意味を理解するのです。

「治し支える医療」を実践するには

医療費の算定根拠を大幅に見直すことです。これまでの保険医療では、各種検査、投薬により保険点数を引き上げ、医療収支の改善を図っています。
ひとたび入院すると、大量の血液を採取し、多項目の検査を実施し、身体には各種モニターの電極を貼り付けます。医師や看護師との対話は、いつもモニター画面を介して行われています。ICTを活用している医療機関では医療費が加算されるからです。突然死が起こると、裁判になり、医療機関は高額な賠償を請求されます。医療訴訟が、現代の医療を歪めている気がします。

モニター監視は程々に

急性期以外の患者でも四六時中、モニターを身体に添付され、いろんな動きが制限され、結構ストレスです。街中では、至る所にカメラが設置され、我々はモニターされています。もうひと工夫して欲しいものです。

高齢者は、家庭においても絶えず突然死のリスクを抱えながら生活しています。病院だからといっての過度の安全対策は、医療費の膨大の大きな要因です。

カルテを書かない医療に

「治し支える医療」を実践するには、ICTの活用がすぐに話題になりますが、最も大切なことは、温もりのある医療こそが、「治し支える医療」です。
先ず、患者の前ではキーボードを叩かない医療です。しっかりと相手の目を見つめ話すことです。患者と医療者の声を録音しておけば、何もキーボードを叩かなくても済むのです。カルテを読みたい時には、AIが録音内容を要約して、モニターに打ち出してくれます。音声でも聞き出せます。

高齢患者が求めているのは、話しかけ、身体に触れてくれる医療です。「もの」ではなく、「ひと」を重視した医療体系へのシフトを期待しています。

厚生労働省資料:新たな地域医療構想等に関するとりまとめ(案)より。
令和6年 12月10日、https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_47465.html

2025.3.2.

21世紀に生きる君たちへ

これは、作家司馬遼太郎さんが最後に子どもたちに書き遺したメッセージ、1999年に小学校用教科書用の書き下ろし作品のタイトルです。その一部を紹介すると、

「人間は、自分で生きているのではなく、大きな存在によって生かされている。」と、中世の人々は、ヨーロッパにおいても、東洋においても自然に対してへりくだって考えていた。

この自然へのすなおな態度こそ、21世紀への希望であり、君たちへの期待でもある。そういう素直さを君たちが持ち、その気分を広めてほしいのである。

そうなれば、21世紀の人間は、前世紀にもまして尊敬し合うようになるにちがいない。そのようになることが、君たちへの私の期待でもある。

21世紀に入り、すでに4分の一が経った今

司馬遼太郎の思いとは、全く逆の社会に、世界も、日本も進んでいます。

自然への畏怖の念どころか、いかに自然を克服するかが至上命題のように現代人は振る舞っている気がします。

とりわけ、AIの出現は、人間が自然の一部であることを忘れさせたようです。なにか勘違いして、おごり昂っています。

地球が汚れてしまえば、他の星へ移動すればとよいとの考えもあるようですが、それではもう人間ではないでしょう。

50年後には、高齢化の波も終わり、若者たちが賑やかに神輿を担いでいる活気ある日本の姿を夢見ています。    2025.2.22.

インドネシアからの留学生が母校の教授に就任

Dr. Sutomoさんが、インドネシアのYogyakarta にあるガジャマダ大学Universitas Gadjah Mada (UGM)の小児科学教授に就任したという知らせを受けました。

その就任記念式典が18日に開催され、Zoomでの参加も可能であったので、私も参加させて頂きました。会場の参列者はみな、アカデミックドレスを着用し、頭には角帽と、ヨーロッパの学校の伝統的衣装を纏い、大変厳かなものでした。インドネシア文化とヨーロッパ文化の融合している様は大変興味深いものでした。

Developmental, Behavioral, and Social Pediatrics

彼が、世界的にみて小児医学分野で最も社会的ニーズの高い、Developmental, Behavioral, and Social Pediatricsを専門にされていることは、将来が楽しみです。先進国を含めた国々のリーダーとしての活躍を期待しています。

神戸大学医学部とUniversitas Gadjah Mada医学部

神戸大学医学部とUniversitas Gadjah Mada医学部との関係は深く、その始まりは1970年代に遡ります。私が現役時代に一緒に学んだ4人の留学生たち、Prof. Surjono, Prof. Boutiman, Prof. Purunomo, Prof. Sunartiniも、神戸大学で医学博士の称号を授与され、母国の医学発展の中心人物として活躍されていました。残念なことにみなさん他界されました。

今後は、Prof. Sutomoさんが、彼らの分まで引き継いでほしいと思います。

2025.2.20.

An International Student from Indonesia Becomes a Professor at His Alma Mater

We have received news that for the second consecutive generation, Dr. Sutomo has been appointed as a professor of pediatrics at Universitas Gadjah Mada (UGM) in Yogyakarta, Indonesia.

The inauguration ceremony was held on the 18th, and as it was also accessible via Zoom, I had the opportunity to attend. All attendees at the venue wore academic dress, complete with mortarboards, following the traditional European academic attire, making the event a highly solemn occasion. It was fascinating to witness the fusion of Indonesian and European cultures.

Developmental, Behavioral, and Social Pediatrics

It is exciting to see that he specializes in Developmental, Behavioral, and Social Pediatrics, one of the most socially needed fields in pediatric medicine worldwide. I look forward to his contributions as a leader in this field, not only in Indonesia but also on the global stage, including developed countries.

Kobe University School and Universitas Gadjah Mada (UGM)

The relationship between the Kobe University School of Medicine and the Universitas Gadjah Mada (UGM) School of Medicine runs deep, dating back to the 1970s.

During my active years, I had the opportunity to study alongside four international students—Prof. Surjono, Prof. Boutiman, Prof. Purnomo, and Prof. Sunartini—who all earned their Doctor of Medicine degrees at Kobe University and went on to play central roles in the advancement of medicine in their home country.

Unfortunately, they have all passed away. I sincerely hope that Prof. Sutomo will carry on their legacy and continue their contributions to the field.

2025.2.20.

Gouffre de Padiracの思い出

本棚の書籍・論文・写真を整理していると、パリ留学時代のアルバムが見つかりました。これは、毎月道子が子どもたちの手紙や絵と一緒に、日本に送っていたネガフィルムを、私の母がプリントし、アルバムとして整理してくれていたものです。

その中に、帰国前に訪れたフランス南西部のLe Lot(ロット県)にある地下洞窟Gouffre de Padirac(ゴッフル・ド・パディラック)を訪れた時の写真を見つけました。Le Lotは、フランス南西部のオクシタニー地域圏にある県で、美しい自然・歴史的な町や村・美食で知られるフランスでも人気のある観光地です。

Screenshot

この地域は、石灰岩でできており、多くの地下洞窟やフランス中世のお城が散在しています。車でないと訪れることができませんが、フランスの田舎の美しさと歴史、グルメを堪能できる魅力的な地域です。もう一度ゆっくりと行ってみたいところです。 2025.2.18.

国際化とは一体何なのか

寒波襲来で、このところ冬眠生活を送っていましたが、寒さが緩んだのを機に、昔馴染みの仲間とランチをするために、朝から大阪に出かけました。

様変わりした大阪駅

先ず驚いたのは、大阪駅に着くと、様変わりしており、天井は高く・明るい、昔とは違う駅の雰囲気に驚き、アナウンスを頼りにと耳を傾けるが分かりません。よく聞けば、日本語ではなく、中国語なのです。大きなトランクを引きずっている歩行者も外国人です。

マスコミの最大の話題は、日本製鉄による「USスチール」の買収計画をめぐり、トランプ大統領まで絡んできたというニュースです。日本人としては、高度経済成長期を彷彿させ、悪くない気分です。

中国や日本から米国への投資は話題になっていますが、中国人の日本への投資はあまり話題になっていません。中国通のKさんの話では、大阪のミナミはチャイナタウン化しつつあり、高層ビルの高層階は外国人が抑えているとのことです。

神戸に住んでいても、最近外国人の顔をよく見かけます。外国人と言えば、インバウンドによる経済効果、若者数が減った分を外国人が労働力として役立っているといったポジティブな面ばかりが取り上げられていますが、気がつけばこれまで単一民族と考えていた日本が、いろんな民族の集まりである多民族国家になっているかもしれません。

「DEI」を企業理念としてだけでなく、日常社会生活における基本理念として

トランプ大統領は、「アメリカ・ファースト」を旗印に、「Diversity(ダイバーシティ、多様性)」を否定し、マイノリティー優遇の推進に待ったをかけています。日本人である私には理解できない主張ですが、今日の大阪の街を見ていると日本でも同じような意見が出て来そうな気がします。

日本においても、戦時中や戦後しばらくは隣国の韓国人や中国人に対する偏見がありましたが、今では人種差別が話題になることはほとんどなくなりました。多民族国家化する日本で、Diversity(多様性)・Equity(公平性)・Inclusion(包括性)の頭文字からなる略称「DEI」を、企業理念としてだけでなく、日常社会生活における基本理念として忘れないようしたいと思います。  2025.2.13.

ドクター・イエローの引退とともに

新幹線の安全を長年にわたり監視し続けていたドクター・イエローの引退報道がありました。同時に、我々の研究グループが50年前に開発した新生児の黄疸管理機器「UB測定器」も、引退の時期を迎えたようです。

私の研究仲間の岩谷医師から、今春ハワイで開催されるアメリカ小児科学会に応募していた「黄疸に関する論文」が優秀論文として採択され、口頭発表になったという知らせを受けました。

UBアナライザーの役割も

新生児の脳障害である「核黄疸」を予知するために、微量血液成分UBの専用測定器であるUBアナライザーを半世紀前に開発して、今では日本国内の大半のNICUで用いられ、欧米でも高い評価を得てきました。

今回の論文の内容は、我々が考案し、慣れ親しんできたこの黄疸検査法をルーチンに用いなくても、新生児全身管理に日常的に用いられて血清ビリルビン値と血清アルブミン値でほぼ代替できるという内容です。臨床医学分野では、これまでに蓄積された膨大なデータから、何が患者にとって本当に「必要・不可欠」な検査であるかを見直す時代に入ったように感じます。

新しい時代への変化に合わせて

50年間慣れ親しんできたUB測定で核黄疸による新生児脳障害は激減し、今では全くみられなくなりました。ドクター・イエローの引退も、UBによる黄疸評価の引退も、時の流れのような気がします。

これらの引退によって、安全性が疎かにならないことを念じています。

2025.2.6.