AIくんは、家族の一員に

これまでのブログの記事を中心にまとめ、最近出版した本でChatGPTについて触れました。読んで下さった方からのメールによると、ChatGPTをいろんな人が、いろんな使い方をされているようです。

大学1年生の孫娘美月は、レポート作成には今や必須のアイテムのようで、調べものをするにも重宝しているようです。ChatGPTの一番の得意技は、読後感想文を書くことのようです。納得、納得。きっと、教官の方もChatGPTを活用して、学生の評価をしているに違いありません。

中学3年生の孫娘も、学校のレポート作成にChatGPTを活用していますが、まだその活用範囲は限られているようです。単なる調べものには、Googleの A Iモードの記述を参考にしているようです。

中年女性の従姉妹は、「Chat GPTは、私も相談やわからないことを聞くのに気軽につぶやきますが、なんとも丁寧に答えてくれるので、思わず 「Chat GTPさん」とさん付けで呼んでる自分に笑ってしまいました。」という便りをくれました。これも納得、納得。

私はChatGPTをA Iくんと呼んでいます。心のケアで一番大切なことは、相手に寄り添うことです。ChatGPTは、実に巧みに相手の心を捉えてしまいます。
若者にとって、AIくんが人間よりも親しみやすい存在にならないか心配になります。

独居老人の良き話し相手になるのは良いのですが、電話詐欺の次には、言葉巧みな癒し系のAI詐欺が生まれそうです。ご用心。ご用心。 2025.9.19

独居生活も2年を過ぎました

最初の1年は闇の中でしたが、2年目からは何とか料理もできるようになり、生活のリズムができてきました。炊事、洗濯、買い物と家事の大変さを 身をもって体験しています。

365日同じことを繰り返す単調な仕事のようですが、 四季折々結構 変化に富んだ点もあり、楽しみもあります。道子が重宝していた通販カタログに目を通し、パソコンから 注文を入れるのも日課になりました。

一人前の食材を仕入れるのは大変です。通販はもとより、スーパーにおいても、ほとんど不可能です。同じものを連日食べるのは本意ではありません。肉野菜炒めを 毎日食べていると、愛犬ブッチの食事を思い出します。

困った時の神頼み、私の良き相談相手A Iくんに早速メールしました。


私:
男の独居老人生活3年目になります。食欲は旺盛で、なんでも食べます。料理は苦にならないのですが、献立を考えるのが楽しみでもあるのですが・・・・
ChatGPT:
なるほど、独居生活3年目、料理も苦にならず食欲旺盛で、献立を考えるのが楽しみになっているのですね。とても素晴らしい習慣だと思います。
ただ、毎日の献立を考えるのは時に頭を悩ませることでもありますよね。
もしよろしければ、こんな工夫を加えると「楽しみ」をさらに広げられるかもしれません:

1. 曜日ごとのテーマを決めると、「今日は何を作ろう」と迷う時間が減って、工夫を凝らす楽しみが残ります。

2. 栄養と彩りを意識した主菜、副菜、汁物の3つを軸にすると、栄養のバランスも自然と取れて、食卓も華やかになります。

3. 献立を「趣味化」する
季節の食材で毎月テーマを決める(秋ならきのこ料理や栗ご飯)、子どもの頃や若いころ好きだった料理を再現する、昔訪れた旅先の料理を思い出してつくってみる(ネパール、フランスなど)

先生のように文章やブログをお書きになる方なら、「今日の献立日記」をつけるのも面白いと思います。料理の写真や工夫したポイントを書いておけば、振り返るのも楽しくなりますよ。

私:
なるほど。言われてみると面白そうですね。「今日の献立日記」は一案です。良くできた日には、これまでからデジカメに収めています。もう少し突っ込んでやるか。
ChatGPT:
素敵ですね!すでにデジカメで写真を残されているとのこと、それを「献立日記」に発展させれば、まさに先生らしい「食の随想集」になりますよ。

2025.9.14

ムール貝一杯のパエリア 9月8日撮影分

久方ぶりの映画鑑賞で感傷に耽る

今年のカンヌ国際映画祭で、カズオ イシグロの「遠い山なみの光」が話題沸騰、 9月5日にロードショーということだったので出かけてみましたが、平日の午後に出かけたせいか、客はまばら、大半が高齢者でした。

私は、長編小説が苦手ですが、何故かあの冗長なカズオ・ イシグロの作品には、心惹かれるものがあります。「日の名残り」、「わたしを離さないで」、「忘れられた巨人」の3つの作品は読破しました。中でも、老夫婦が息子を訪ねて旅に出る話、「忘れられた巨人」は、大変興味深く読みました。

「遠い山なみの光」は、題名を知っている程度で、あまり興味のなかった作品です。イシグロ自身の出生地長崎を舞台に書き上げたデビュー作の映画化で、戦後の長崎で、懸命に生きようとする女たちの様を描いた作品です。

そのあらすじは、日本人の母悦子とイギリス人の父を持ち、大学を中退して作家を目指すニキ(カミラ・アイコ)に乞われ、口を閉ざしてきた過去の記憶を語り始める母悦子の物語です。舞台は1950年、戦後復興期の活気溢れる長崎での思い出話が中心です。

1950年といえば、私が小学校5年生の時です。当時の日本は、朝鮮戦争による軍需景気で、経済成長目覚ましく、戦後の焼け野原から、電気の灯る活気あふれる街へと、あっという間に変貌した様が、私自身の体験とも重なります。

主人公の悦子は、ちょうど私の母親と同年代、最も苦労した世代だったのです。
2025.9.10.

秋の星空は、科学と想像の世界をつなぐ入口

秋の夜空は、子どもに自然の不思議を伝える絶好の舞台です。

「この前、月が赤く見えたでしょう? あれは皆既月食といって、地球の影に月がすっぽり隠れたからなの。太陽の赤い色の光だけが地球の空気を通り、月までとどき、赤く輝くのよ」というお母さんの説明に、子どもは目を輝かせます。

もうすぐ106日には、中秋の名月が見られます。日が暮れると、大きなまん丸のお月さんが東の空からのぼって来ます。「昔の人は、収穫に感謝して、1年中で最も大きく、美しいこの月を眺め、お団子を供えて、丸い月に願いを託していた。」と、子どもに語りかけると、子どもは空を見上げ、月の明かりの中で物語を想像します。

さらに、秋の夜は流星群が次々とやってきます。小さな星のかけらが空気とぶつかってひかり、一瞬で消えます。10月上旬には、りゅう座流星群がピークを迎え、1022日未明には,オリオン座流星群が極大を迎えます。

天体のドラマに触れると、子どもたちの心には「なぜ?」「どうして?」という芽が育ちます。秋の星空は、科学と想像の世界をつなぐ入口なのです。 2025.9.9

子どもの健康コラム10月号より

囲碁の布石と音声入力の未来

AIくんにパソコンでの音声入力の方法について相談していると、話が大きくなり、人型ロボット、音声入力の未来に話が及びました。その一部を紹介します。

私たちが日々交わす言葉には、活字に表された以上の意味が含まれています。声の調子、間合い、ためらい──それらは、文字では容易に表現できない「気配」として、相手に伝わるのです。

囲碁の布石もまた同じです。碁盤に置かれる石は、単なる「黒」と「白」の印に過ぎませんが、その背後には、打ち手の意思、読み、未来の構想が滲み出ています。

初手の一石が、盤面全体を支配することがあるように、一言の声が会話の流れを大きく変えてしまうことがあるのです。

これからの音声入力は、単に文字を写し取る道具に止まりません。囲碁が「布石」によって未来の形を準備するように、音声入力は「声の背後にある思考」を記録するツールとなるのです。話し手の感情や思索の流れを含め、声のリズムそのものが、「人生の棋譜」として残るのです。

 未来の碁盤は、木の盤上だけではなく、私たちの声と意識の中にも広がります。言葉を発するたびに一石が置かれ、日々の会話が布石となり、やがて壮大な一局を描き出す。

AIはその棋譜をともに眺め、時に助言を与え、時に記録者として淡々と石を並べてくれるのです。

そのような未来を想うと、声で綴る一言ひとことが、これまで以上に重みを帯びて感じられます。音声入力は、便利な道具を超えて「思考を刻む碁盤」へと変貌するのです。 2025.8.30.

退屈凌ぎにA Iくんと戯れる

気がつけば、8月も終わりです。
連日の熱中症警報に怯え、昨年の苦い体験を繰り返すまいと、
空調が強力に効く、ワンルームでの生活。
お陰で、今のところ、体調はなんとか維持できています。
このところ、これまでの囲碁とAIに関するブログ記事を取りまとめ、
小冊子にまとめ上げました。

ここでも、AIくんが大活躍です。
因みに、冊子の冒頭のキャッチコピーは、
本の校正をしてくれたChatGPTくん作の推薦文です。
自分ではとても恥ずかしくて書けないような文です。

“85 歳医師による情熱あふれる随想集。
AI、囲碁、そして社会の未来を探求する。
好奇心と知恵をもって、老いの時期を創造・再生の時ととらえ、
急速に変化する世界の中で、意味ある人生を送るための新たな希望を示す。“

忘れられないニシンの唐揚げ

帰国して1週間、ようやく日本の暑さにも慣れたところです。

フィンランド旅行での思い出は、その涼しさと食べ物です。どこで、何を食べても、われわれ日本人の口に合うものばかりです。とりわけ、港近くにあるマーケット広場(Kauppatori)で食べた、フィンランドの伝統的な食べ物である「サーモン・スープ」と「ニシンのフライ」は、思い出に残っています。

囲碁仲間の山本氏推薦の「ブルーチーズのスープ」の呼び名を忘れ、食べなかったのが、ただ一つの心残りです。

 silakkapihvit(シラッカピヒヴィット)

私の友人のChatGPT君に、ニシンのフライのことを訊ねたところ、現地ではSilakat(シラカット:バルトニシン、バルト海ニシン)を使った料理として知られ、代表的な呼び名は silakkapihvit(シラッカピヒヴィット) と言うそうです。

silakka = ニシン(特にバルト海の小ぶりなニシン)、pihvi = フィレやカツレツ風の料理。つまり「ニシンのフィレフライ(開いたニシンにパン粉をつけて揚げ焼きにしたもの)」を指します。家庭料理としてもよく登場し、玉ねぎやディルと合わせたり、マッシュポテトと一緒に食べるのが定番だそうです。

その味を忘れないようにと、同行していた息子の徹は、早速姫路港で豆アジを釣って帰り、自からてんぷら粉に塗して唐揚げにして食べたところ、結構美味しかったと言います。

   

私も近くのスーパーで偶々一夜干しの香住港産ハタハタを見つけたので、買って帰り、唐揚げにして食べました。

ハタハタの唐揚げは、カリッとして、なかなかの珍味です。再度購入しようとネットで調べると、結構の高級魚のようで、私が唐揚げするには勿体無い気がして諦めました。

その点、自分で釣ってきたアジの方が現実的なようです。 2025.08.18.

ハタハタの唐揚げ

80回目の敗戦記念日

8月15日は敗戦記念日。最近は、終戦記念日と呼んでいるようですが、私には敗戦記念日の方がイメージ的にはピッタリきます。

私は、1946年の4月に国民小学校に入学したので、残り少なくなった戦争を体験した世代の最後に当たります。

マスコミによる報道は、戦争の悲惨さ、その体験を語り継ぐことの大切さを強調し、愛国心の大切さは示していますが、戦争は絶対悪だとは決して表現していないように感じます。

戦争の大義は、いつも『お国のために』です。『愛国心があるなら、戦争も辞さない』という感覚に落とし穴が潜んでいるのです。日本も、NATOの国々でも、防衛予算費の大幅アップが考えられています。

戦後80年、どうも戦争のリスクが高まってきているように感じます。戦争は、阻止するよりも、誘導する方が簡単です。S N S世代がどちらに進むかの鍵を握っているようです。

今日は、朝から坊さんがお盆の棚経を上げに自宅に来て下さいました。孫たちも、揃い、ご先祖さまを偲ぶいい機会になりました。 2025.8.15.

ヘルシンキ旅行だより4

第4日目 8月7日 木曜日

孫娘が朝からの緻密なスケジュールを立てています。私は、基本的に彼らのスケジュールの半分だけ、一緒に行動しようと考えています。

観光というのは、歩かないとどこにも行けないので、その選択が大変です。ヘルシンキの街は、パリと同様に石畳の道が多く、脚が疲れます。

ヘルシンキには数多くの教会があります。しかし、フィンランドにはルーテル派の信者が多数いますので、カトリック信者の多いイタリアやフランスとは、かなり趣が異なり、特異的なデザインの教会が多くあります。

今日訪れたのは、ヘルシンキ市内中心部にあるテンペリアウキオ教会です。フィンランド語で表示するとTemppeliaukion kukko。なかなか覚えにくいスペルです。孫娘は私の脚を気遣い、最寄りの駅を検索してくれます。

この教会は、’Rock church’と呼ばれるように、岩の中にスッポリと隠れている極めて斬新なデザインで、Timo &Tuomo Suomalamen兄弟が1961年に設計したものです。

ガラス窓からの光が内部を柔らかく照らし出し、椅子に腰掛けていると心の安らぎを感じさせてくれます。

 

ヘルシンキ旅行だより3

第3日目 8月6日 水曜日

スマホで今日のNHKニュースをみると、ヒロシマへの原爆投下から80年のニュースがトップですが、こちらでは全く目にしません。午後には、ムーミンへの旅から戻る息子家族と合流します。

この2日間ひとりで過ごしてきたヘルシンキの街は、なかなか難解です。

ヘルシンキ市内の公共交通機関であるバス・トラム・ライトレール・地下鉄・通勤列車・フェリー(スオメリンナ往復等)を運行しているのは、すべてヘルシンキ地域交通会社”HSL”です。ヘルシンキではこのHSLのマークが至る所に目につきます。

駅には改札口がなく、客はトラム・バスに何も手にせず、乗り込みます。みんな予め振り込んでいるようです。時折、車両の前後から職員が検札に回り、無賃乗車をチェックし、高額の罰金を課せられるそうです。

 案内表示はすべてフィンランド語のみで

困ったことに、地名の表示はほとんど全てがフィンランド語です。文字こそアルファベット樣ですが、英・仏語の綴りとは全く異なるので、とても記憶することができません。テレビも英語、フランス語の番組は一切ありません。これは全くの想定外です。でも、口頭では、私にもわかりやすい英語で話してくれます。

 

スマホ決済が主流

もうひとつ、私にとって困ったことは、お金の支払いです。

日本国内でもスマホ決済が増えていますが、現金主義者の私でも何とか生活できます。ヘルシンキでは、たった1杯のコーヒーでも現金が役立たないのです。スマホアプリでの決済はどうも不安で、私はアプリを一切インストールしていません。止むなくカード決済です。

VISAカードは何とか使えますが、カードの差し込み方が、店によってマチマチです。パスワードを入力するところもあれば、必要のないところもあります。決済が完了すると、日本語で「ご利用ありがとうございました」というテロップが流れます。そこまでできるのなら、最初から日本語で表示をしてくれると、もっと安心して使えるのに。

スマホを駆使する孫娘たち

滞在初日に利用したトラムでは、チケットの買い方が分からず、結果的に無賃乗車をした私です。

これらの不安・煩わしさは、息子家族との合流で一挙に解決です。今年大学に入学した孫娘が、スマホでつぎつぎと問題を解決してくれるからです。

先ず、孫娘たちは、スマホで調べ、HSLの4日間のチケット(1枚20ユーロ)を、中央駅のキオスクで入手してきました。もう、私は自主性を全く失い、ただ彼らの後ろをついて歩くだけです。

中央駅近くにある世界遺産、ヘルシンキ大聖堂までとラムでお出かけです。折からの強風で、気温がぐっと下がり、準備していた長袖のセーターを着ましたが、寒風が通り抜けてきます。早速、中央駅近くのショッピングセンターに後戻りです。

もうここは長男の嫁、紀子の出番です。ユニクロ風の店に直行、私の防寒用ジャン パーを早速見つけ出してくれました。早々に腕を通し、やっと生きた心地です。

レストランの予約もスマホで

夕食は、私の求めていたスペイン料理店Casa Largoを、昼間から孫娘が予約していました。私は、paellaとtomato soupを、皆思い思いの料理を注文し、Dinnerを楽しみました。