対面の会話で高揚感がいっぱいに

私、7月末に腹部大動脈瘤破裂で緊急手術を受け、九死に一生を得て、また戻ってきました。

毎日顔を合わせる妻や娘は、最近見違えるように元気になったと言ってくれますが、1か月あまりに及ぶ入院生活で、かなり痩せ、足腰の筋肉が落ちました。顔が一回り小さくなった自分を見ると、人前に顔を晒すのが恥ずかしい思いです。

つい先日、いまの私の唯一の出務先、神戸市北区「しあわせの村」にある障害児者向の医療福祉センター「にこにこ」の事務長から、月一度の定例会議への出席案内を頂き、多少不安でしたが快諾しました。

何しろ、家族・医療関係者以外の人と、対面で話をするのは、丸2か月ぶりです。目覚まし時計を合わせ、朝早くから目が覚め、高揚した気分で家を出ました。

会議に出席すると、いま伝えておかねばという思いが勝ち過ぎたのだと思いますが、これまでになく多弁になりました。自宅に戻って我に帰ると、何を話したのか思い出せない部分があります。

きっと仲間のスタッフも呆れていたと思います。私自身は、まだ術後せん妄状態か?と不安になります。

酷暑も過ぎ、心地よい秋風が頬を撫ぜてくれます。幸い新型コロナの流行も下火となってきました。メールでのやりとりだけだった友人とも、久方ぶりの対面での会話が楽しめそうです。

たとえマスク越しであっても、赤ちゃんだけでなく、目と目のコンタクトの大切さを改めて実感しました。

2022.10.1.

秋のお彼岸に墓参り

秋のお彼岸は、秋分の日を中日として前後3日間、計7日間がお彼岸です。中日は過ぎましたが、今日は朝から風もなく、雲ひとつない快晴です。
私にとって退院後初の車での外出となりますが、娘家族に連れてもらい、今年もお墓まいりに行くことができました。我が家の墓は、尼崎市の如来院というお寺にあります。

お彼岸にお墓参りするのは

お彼岸に墓参りするのは日本独自の風習で、仏教のルーツであるインドや中国にお彼岸という行事はないそうです。
ご先祖があの世にとどまり、お盆やお彼岸の時期になると、この世にやってくるというのは、お釈迦様本来の教えではなく、仏教が伝わる以前から存在していた、わが国古来の先祖崇拝信仰の名残りのようです。

彼岸(ひがん)と此岸(しがん)の交流の場がお墓

春分の日と秋分の日には、太陽が真東から上り真西へと沈む、この時期に先祖供養をすることで、ご先祖さまの冥福を祈るとともに、自らもいつか迷いのない彼岸に到達できるよう願い、お墓が、彼岸(あの世)と此岸(この世)、すなわちご先祖と私たちとが交流できる場となったようです。

ほんの1か月前には、ほとんど彼岸に渡りかけていました。今こうして、先祖の墓前で孫娘と並んで手を合わせている自分に何とも言えない感じでした。これからも、何が起こるか予測がつきませんが、しばらくは、此岸で精一杯生きたいと思います。
2022.9.25.

 

ようやく秋の訪れ

長らく外出していませんでしたが、ようやく朝晩が涼しくなり、近くにある公園まで朝早く出かけるのを、このところ日課にしています。

公園のベンチには、私のような高齢者だけでなく、中年の人たちも腰を下ろし、リハビリに努めておられます。特段、会話するわけではありませんが、仲間のいるほうが落ち着きます。

朝は、空気が澄んでいるので、六甲の山並み、山頂付近もくっきりと見え、体調がすぐれなくても、清々しい気分になります。

今年生まれたと思われる子スズメたち十数羽が、群れになって、樹々から地面に飛び降りたり、飛び上がったり、忙しそうに動き回っています。

地面を見下ろすと、アリたちが、一匹一匹、思い想いの方向に向かって、蛇行しながら動き回っています。何を目標にしながら動いているのか全く見当がつきません。

彼らは、匂いセンサーに反応して動てると思いますが、余りにも別々の方向に向かっているので、考え込んでしまいます。

数年前に、病を患った際にも自分が同じ行動を取っていたことを思い出し、思わず吹き出してしまいました。もう少し離れたところにある公園まで足を延ばすのが、次の目標です。
2022.9.18.

 

80歳の壁を過ぎたら、人生で一番幸せな20年が待っている

娘が、最近、本屋さんに立ち寄ったついでに、精神科医和田秀樹さんの書かれた、「80歳の壁」という新書本を買ってきてくれた。

その帯封には、「80歳の壁を過ぎたら、人生で一番幸せな20年が待っています!」となっています。810万人「団塊の世代」に朗報!老親を持つ世代必読ともなっています。

娘は、中身をよく見ずに、80の壁を越えたところにいる私を、元気付けようと買ってきてくれたに違いありません。

読み進めていくと、高齢者の身体的、精神的苦悩への対処法、医者へのかかり方が書かれいるだけで、80歳を過ぎるとどうして一番幸せな時代だと言えるのか思って、同年輩の妻に話すと、言下に、「ぼけるからやんか!」と言われ、変に納得しました。

2022.9.15.

マスク越しでも、よく笑う赤ちゃん

マスク姿が日常化した今日この頃です。マスクを外した顔を知らない赤ちゃんがどのように発達するかと、案ずる向きもあります。

昼前の電車で、ベビーカーに乗せられ、ぐずって泣き出した6ヶ月前後の赤ちゃんに出会いました。お母さんは、泣き止まそうと、手を握ったり、振ったりしますが、泣きやみません。ベビーカーに備え付けのおもちゃを握らせようとしますが、はね除けてしまいます。

私がじっと、赤ちゃんを見つめていたところ、偶々赤ちゃんと目が合いました。母親の視界から外れた位置にいる私は、少し大げさにマスク越しに目だけで話しかけると、赤ちゃんは私に興味を持ち始めました。

もうしめしめです。目で大げさに笑い掛けると、赤ちゃんも反応して笑い返してきます。気付かぬお母さんは、相変わらず赤ちゃんの後方からあやし続けており、赤ちゃんがなぜ泣き止んだか分かっていません。

私は、エレベーターで赤ちゃんに出会うと、お母さんの背後から語り合うのが昔から大好きです。至近距離ですからよく反応してくれます。家内からは、今に訴えられると注意されるのですが、止められません。

今回わかったのは、マスク越しでも、目だけで十分に赤ちゃんとコミュニケーションがとれることです。

お母さん方、赤ちゃんには、マスク越しであっても、正面から、しっかり目を見て、語りかけて下さい。
2022.7.14.

窓を閉ざした電車

私は、JRで摂津本山駅から三宮駅に向こう折には、いつも浜側の座席に腰を下ろし、四季折々に変化する六甲の山並みを見るのが大好きです。

今でも思い出すのは、フランス留学から帰国した50年前です。パリから、スイスを経て、イタリアまで車で旅をした時のアルプス越えの光景は印象的でした。でも、帰国後、JRで朝、大学への勤務に向かう途中の、六甲の山々の緑は、アルプス以上に素晴らしく思え、神戸に住んでいる幸せを感じました。

久しぶりに、JRに乗って三宮に出かけるときです。通勤時間帯を過ぎ、空席の目立つ電車でしたが、室内は薄暗く、何か異様でした。いつものように浜側の座席に腰を下ろし、外を眺めようとしたところ、どの窓もブラインドで閉ざされており、何も見えません。浜側のブラインドが下ろされているのは納得できますが、山側は納得がいきません。

見ると、その前に座っているのは若者たちで、終始俯いてスマホの画面に見入っています。彼らには見慣れた車窓の風景よりも、スマホの方が興味深く、背面から照らしつける光は画面を見難くするだけのようです。

車窓の風景を楽しめず、まるでトンネルの中を走る電車に乗っているような、落ち着かぬ時間でした。
2022.7.14.

八十過ぎてわかったこと

PDF版(縦書き)をダウンロードして、読んでください。

印刷して読まれるときには、A5版用紙に、文字の大きさを普通の人なら50%、高齢者は60%で印字すると、読みやすいと思います。

また、iPadで読まれるときは、原寸で。縦書きの原稿ですから、読書用無料アプリ「i文庫S」をダウンロードし、使われることをお勧めします。詳細をクリックし、縦書きを選択すると読みやすいです。


内容:

これまで、あまり年齢を意識することなく過ごしてきたのですが、80歳を過ぎたあたりから、思いもかけぬ出来事が次々と襲ってきます。

80歳を過ぎて体験すること、はじめて気付いたこと、同年代の方々には納得いただけても、後輩たちには理解不能なことがたくさんあります。

社会の先行きが不透明になっている今だからこそ、余計なお世話かもしれませんが、この3年間の出来事を冊子としてまとめてみました。

はじめに
第1章 老いを楽しく生きる
第2章 80歳での大きな試練
第3章 高齢者と新型コロナ
第4章 ポストコロナ社会への期待
第5章 社会が後戻りしないように

気になり始めた認知症

歳をとると、気になるのが認知症です。物覚えが悪くなり、特に人の名前を思い出せない時には、自分もついにボケが始まったかと不安になります。同年輩の友人との会話でも、身体的な老化症状とともに、認知症への恐れが増えてきました。

小児科医の私は、認知症は全くの専門外ですが、友人たちから相談されると、医師として余りいい加減なことも話せません。自分自身が、日本人の平均寿命を超え、周りをみていると、認知症も他人事とは思えない今日この頃です。

同年輩女性の4人に一人が認知症

まず、どの位の頻度で認知症を発症するものかと、私が懇意にしている精神科名誉教授で、認知症の権威である前田潔先生に伺いますと、65歳以上になると有病率が15%、その割合は年齢とともに増加し、私の属する80-84歳では、男が17%、女が24%ということです。90歳を超えると、男も、女も半数以上の人が認知症になっているようです。

90歳が人生の大きな節目らしい

我々の年齢層の平均余命が8年、ちょうど90歳あたりです。どうやら、90歳というのが大きな節目で、仲間の半数が生き続け、生きていても半数が認知症になる計算です。

少しは勉強をしなければと、最新の認知症特集の掲載された臨床医学雑誌を手に入れ、一夜漬けではありますが、同年輩の友人たちの不安解消に役立てばと、いくつかの話題を取り上げます。

認知症とは、一体どんな病気?

認知症は、英語でdementiaと言い、以前は痴呆と訳してました。日本神経学会の「認知症疾患治療ガイドライン2017」によりますと、「獲得した複数の認知・精神機能が、意識障害によらないで、日常生活や社会生活に支障をきたすほどに持続的に障害された状態」を認知症と定義しています。運転免許を返上した私ですが、電車・バスで不自由なく動き回れていますので、まだ発病には至っていないようです。

その原因疾患として、よく知られているのがアルツハイマー病、レビー小体型認知症といった中枢神経変性疾患、血管性認知症です。治療可能な内科疾患でも認知症が引き起こされることから、不安のある方は一人で悩まず、受診をお勧めします。

MCI(Mild Cognitive Impairment:軽度認知障害)

本人や家族から認知機能の低下の訴えはあるものの、日常生活は問題なく送ることができている状態のことをMCI(Mild Cognitive Impairment:軽度認知障害)と言うそうです。

65歳以上では、当該人口の約15%、約460万人が高齢者認知症と診断されており、MCIの該当者も13%、約400万人と推定されています。(厚労省認知症対策総合研究事業研究報告書、2012)

MCIは、認知症有病者には含まれませんが、認知機能の低下が起きており、放置すると症状が進み、認知症へと移行する可能性が高いと考えられています。年間にMCIの10%が、症状が進行し、認知症へと移行するそうです。

日常生活は問題なく送れていても、認知症予備軍と言われると、この歳になると、誰しも不安になります。妻から、「あんた、ボケてきたん違う?」と指摘され続ける自分は、「前からや!」と開き直りはしているものの、認知症予備軍そのものです。ゴルフのスコアが、大叩きが原因でよく分からなくなります。認知力よりも、体力増強の方が必要かと考えています。

認知症の方やご家族を支援する神戸モデル

神戸市では、認知症の方やご家族を支援する仕組み、認知症患者の早期発見のための診断助成制度と事故救済制度を組み合わせた「神戸モデル」を2019 年1月より開始しています。

神戸市としては、認知機能検診を無料で実施することにより、早期発見し、認知症患者として登録してもらう方が、トラブルを未然に防ぎ、社会的メリットが大きいようです。

高齢発症の認知症は進行が緩やか

ご安心ください。認知症の有病率は、80代後半になると40~50%となりますが、高齢発症の認知症は進行が緩やかで、記憶障害が出ても、それ以上には進まない方も結構おられるとの前田名誉教授の言葉を頼りに、歳を重ねていきたいと思っています。

2022.6.25.

武器ではなく、心と脳を使った生き方を

今のウクライナを見ていると、何か100年前にタイムスリップした感じです。鬼畜米英と騒わぎ、大東亞戦争に突入した昔の日本が思い出されます。

人種の多様性が問題視される時代となり、これまでの白人優位の時代もそろそろ終わり、一方通行でない折り合いのつけ方が問われる新しい時代入ったようなきがします。これも、自然の流れでしょう。その中で、G7とか、クアッドとか、既得権益をもつ欧米諸国に、最近の日本はうまく利用されている気がしないでもありません。

赤穂岬の公園で出会った青年

先般、赤穂岬の灯台近くにある「かんぽの宿赤穂」に、夫婦で久方ぶりに出かけました。午後のひととき、散歩に出ると、灯台の周りにある広場で、テントを張っている一人の二十歳すぎと思える好青年と出会いました。今夜はここで仲間と一緒に花見をするのだと、目を輝かせて応えてくれました。

宿に戻り、部屋の窓を覗くと、先ほどのテントが見え、テントを支えるロープには、「日の丸の旗」と「旭日旗」が掲げられていました。旭日旗は、普段街中で目にするのは、右翼団体の街宣車くらいです。何となく違和感を覚え、夜になると大騒ぎをするのではと案じていました。

私の予想に反し、音楽が聞こえてくることもなく、数人の男性青年たちが、静かにテントの周りで食事をし、一晩静かに過ごし、翌朝いつの間にか立ち去っていました。

あの澄み切った青年の瞳をみていると、鹿児島の知覧特攻平和会館に展示されていた若い特攻隊員たちの知的で、澄み切った瞳の写真を思い出しました。恐らく、人並み以上に愛国心に溢れた若者です。

日本が、ウクライナや80年前の日本に後戻りしないことを願うばかりです。愛国心に満ちた若者を戦場に送ることがないように。

2022.6.14.

老いを楽しく生きるには 1.身体を動かすこと

海洋冒険家の堀江謙一さん、83歳が、米サンフランシスコを出航、69日間の単独無寄港太平洋横断を終え、新西宮ヨットハーバーに6月4日に無事帰港されました。彼の勇気と決断に拍手喝采です。

体力的な衰えのある中で達成されたこの偉業は、培われたスキルと強い精神力が原動力のように、一つ歳下の私には思えます。同世代のものの中には、自分もやってみたいと思っている連中がいるに違いありませんが、いくら精神力があっても、スキルがないと難しいでしょう。

私は、いま月に数回ゴルフに行くのを楽しみにしています。70歳を過ぎ、平日でもプレーできる時間的余裕が得られた時からゴルフを始めました。当時は、まだ十分な体力に恵まれていたので、何とかアベレージ・ゴルファーとして楽しめました。

ところが、昨年までの2年間は新型コロナ禍と入院生活が重なり、体重は10kg以上減り、筋力が低下しました。幸いゴルフにはさほどの体力を求められませんので、年齢に関係なく楽んでいます。

先日、神戸高校時代の同級生のゴルフの集まり、「さんさん会」に参加しました。私の組の3人は、いずれも彼岸の手前まで最近往ってきた仲間です。歳がいくと、歯目マラをはじめ、身体の随所に異変がおこります。でも、ゴルフで身体を動かしていると、全てを忘れてしまいます。同世代の連中と程々にプレーし、歓談する時間が至福のときです。

私の先輩は、正月明けの寒風の中でゴルフに行き、明朝ベッドで亡くなっていたそうです。私は、ピンピンコロリというほどに元気溌剌ではありませんが、これからも精一杯身体を使って生きたく思っています。
2022.6.10.