誇り高きブッチの思い出

アルバムを整理していると、昔懐かしいチャウチャウ犬ブッチの写真が出てきた。末娘が高校を卒業した1984年秋に、ようやく道子から犬を飼う許可がおり、折よくペットフェアが催されているスーパーのペット売り場で赤札のかかった犬を見つけた。

狭い檻に閉じこめられた仔犬たちは、人が近づくとしっぽを振りながら媚びをうってくる。その中に、ただ一匹だけ見向きもしないチャウチャウの仔犬がいた。その性格が気に入り、即断、購入することにした。彼の父親はアメリカン・チャンピオン?になったという血統書付きである。

我が家に来てからは、道子と私にはすぐに馴染んだが、こどもたちの言うことを全く無視していた。トイレはすぐに所定の場所でするようになった。私が毛並みを良くしようと、毎朝牛乳と生玉子を与え、夜は挽肉の野菜炒めを与えていると、ドッグ・フードを全く受け付けなくなった。

3日間飲まず食わずに

3か月ほど経ったお正月に、家族で2泊3日の香港旅行に出かけることになっていた。やむを得ず、空港近くのペットホテルに預けることにした。帰国するや否や、ペットホテルに引き取りに行くと、尻尾を精一杯振り、近づいてきた。

店員の話では、3日間飲まず食わず、排尿・排便も一度もしていないと言うことである。空港近くの草むらに連れ出すと、1分間以上途切れることなく尿を出した。

他人には振り向かない

買い物に連れて行き、店頭の柱に繋いでおくと、当時でもチャウチャウは珍しく、何となく愛嬌のある姿に、思わず声をかける人がいる。でも、彼は、ペットショップにいた時と同じく、いくら声をかけられても微動だにせず、私が店から出てくる姿をひたすら待ち続けている。一つ例外がある。赤いドレスを装った妙齢の女性をみると心が動くようである。

阪神大震災で性格が変わる

チャウチャウは、あまり人懐っこくない。冬に布団中に抱き込んでも、すぐに抜け出していく。ところが、阪神大震災で性格が一変した。しばらくの間は、いつも誰かの傍に寄り添っている。子どもたちに抱かれてもじっと我慢できるようになった。犬においてもPTSDはあるようだ。

多くのことを学べた

チャウチャウも、高齢化により全身に腫瘍ができるようである。最後の1年間は、道子が毎日右脚の腫瘤のガーゼ交換を行っていた。また、すぐに息切れをするようになっていたので、肺にも腫瘍ができていたと思う。色々と学ぶことが多かった13年間である。 2024.11.3.

新しいマックを買いました

これまで使っていたMacBook Airは2017年に購入したもので、最近考え込んだり、唸り声をあげ、また時には熱を持ちます。もういつ壊れてもおかしくない年代物です。

Macの寿命もですが、私の寿命も限りあり、様子をみていたのですが、ついに決断して、今朝から梅田のヨドバシカメラまで買いに行ってきました。保証期間はもちろん1年間で十分です。今一通りのセットアップが終わり、使い始めたところです。

一気に丸ごと移し替える方法もありますが、折角の機会ですから、終活よろしく、ある程度は選別することにしました。本や衣類、家具の廃棄とは異なり、根気はいりますが、体力を必要としないのが電子媒体のよいところです。

いま、私はこうしてHjime’s Blogにまとめていますが、このマックが存命のうちに、これをデータベースにし、「生成AIによる私の新しい未来予測」作成を夢みています。 2024.10.15.

暫時不在 如同死人

私の大切なメル友である高校時代のクラスメイト岡田さんから、難しい質問が届きました。

彼女が教えている中学生が、英語以外の格言を調べるレポートで、“Va où tu peux, meurs où tu dois.”を取り上げ、その意を問われたそうです。

英語に堪能な彼女は、その英語、“Go to where you can, Die where you must.”が思い浮かび、「行けるところまで行き、死ななければならないところで死ね。」の意と答えたそうですが、私の意見を求めてきました。

私にとって、このフランス語の格言は、はじめて目にするもので、直訳すると上記のようになるように思えますが、自信はありません。

ふと、長年私のデスクの横に貼り付けている白隠禅師の「暫時不在如同死人」の8文字を思い出しました。大学を定年退官した頃に、信州松本の土産物店で手に入れた本に載っていたものです。

「暫時不在如同死人」の意は、少しでも油断があり、正念相続が途切れたならば、それは死人も同じという意。油断を戒め、普段の正念の大切さを説くと書かれています。

“Go to where you can, Die where you must.”にも同じ意が含まれているか否か私にはわかりません。  2024.10.5.

ヒマラヤの山々

私の寝室には、大学退官直後の2003年に、留学生、Dr. Pokharelさんからの招きで道子とネパールに行った時に買い求めたヒマヤラ連峰の写真を、壁に貼り付けています。
これまで、この写真の存在にすら気付かない日々を過ごしていましたが、最近は就寝前には必ず見るようになっています。この雄大な山並みが私を包み込んでくれる気がしはじめたからです。

連日の猛暑が続く中で、私の最大の関心事は来夏をいかに乗り切るかです。万年雪を抱くヒマラヤ連峰を眺めながら、カトマンズにいるDr. Pokharelさんのことを思い出し、久方ぶりにメールしました。

Pokharelさんからのメール

彼は、1980年代に神戸にやってきたネパールからの留学生で、カトマンズ大学の小児外科の教授になっています。すぐに、お悔やみのメールが届きました。その中には、
“・・・・・, and life is going on some early and some late, one day everybody should leave this world, but where? We don’t even know we have to leave the world one day.”
と書かれており、敬虔なヒンズー教徒である彼のこの表現に大変興味を感じました。

ネパールへの誘い

数日後もう一通のメールが届きました。
今度は、現在米国のJohn Hopkins Medical collegeに留学中の長男Dr. Shashwatさんがこの12月に結婚式を挙げるので、カトマンズに来ないかという誘いのメールです。

前回の旅でみたヒマヤラの山々、お釈迦さんが生まれたルンビニの町を思い出しながら、自分があの山の向こうから生まれ、また戻っていくような気がいつもしています。生身の眼で、もう一度確かめたい思いが高まってきます。早速、祝福の文と娘の同行が叶えば是非行きたい旨の返事をしました。  2024.9.16.

追記:

Sanatana:あるヒンズー教徒の死生観について

彼が書きよこした死生観について、次のような記載がありました。この思想は、6000年前からあったヒンズー教のSanatana: ( Sanatana = since ancient unknown peroids)という古典的な考えによるもので、その後現れた新興宗教である仏教・キリスト教・イスラム教もヒンズー教にならい、同じ考え方になったと言うのです。反論したい気もするのですが、何分にも私の無知なるが故に鵜呑みにせざるを得ず、悔しい思いです。

 

昔懐かしい1冊の本から

本棚の整理をしていると、昔懐かしい1冊の本、「医学教育の原理と進め方」を見つけました。

たいへん型苦しいタイトルの本で、店頭に横積みされていても、今ならまず手に取ることのなさそうな本です。

文部省の富士研修所で

昭和64年1月に就任した新米教授の私は、文部省の富士研修所での医学教育セミナーに参加する命を受けました。丸一週間、朝から晩まで缶詰めです。夜抜け出そうにも、富士山麓の一面闇の世界です。

全国の医学部から教育担当者40名ほどが受講し、小児科教授は私だけ、顔見知りの方は一人もいません。当初は、学生の合コンのように、互いの親睦を深める意図で他愛ないゲームをさせられます。画用紙に似顔絵を描かされました。昨日まで大学で偉そうな顔をしていた連中がまるで子ども扱いです。日常生活とは大きなギャップです。

大学に戻れば、山ほど仕事があります。受講者からはブーイングです。でも、チューター連中は慣れたものです。我々が、次第に慣れてくると、グループ分けされ、毎日いろんな課題を与えられます。

ここで、「医学教育の原理」が現れます。問題解決型の思考法です。

一般目標(GIO)と行動目標(SBO)

当時の私にとっては全く耳新しいことばです。

一般目標(General Institutional Objective, GIO)とは、学習者が何をできるようになるかを総括的に記述したもので、教員と学生の両者への一般的なオリエンテーションとなるものです。例えば、「尿路感染症患者の診断と治療ができるようになるために、この疾患の微生物学的特性を理解する。」

行動目標(Specific Behavioral Objectives, SBOs)とは、個々の一般目標を達成するには、どのようなことができるようなればよいかを、具体的な行動の言葉で書き表したものです。

今日では、大学教育の中で問題解決型の思考法、GIO、SBOは当たり前になっていると思いますが、それまでの医学教育では個々の教授が思い思いに一方的に講義していました。

セミナーでは、連日新しい、大きな課題が与えられ、数班に分かれて意見を出し合い、GIO、SBOを適切に立案するのが目的でした。いつの間にかチューターの思い通りに動いていました。

何にでも役立つPDCAサイクル

この問題解決型の思考法の基本になっているのがPDCAサイクルです。何ごとも評価があって次のステップへ、新しい目標設定が始まるのです。

この考え方は、ビジネス分野から始まったようですが、教育分野、研究分野においても大いに役立ちます。

囲碁においても同じです。いくら優れたプランを立てて盤に向かっても、相手の応対でその妥当性を評価しながら、ACTION(改善)を起こさないと勝利に結びつきません。

私の脳にこのときに叩き込まれたPDCAの思考回路は、何ごとをするのにも絶えず役立っています。

CHECK(評価)が欠けると悲劇を招く

最近のビジネスでは、時代の流れが早すぎて、いちいちCHECK(評価)して次のステップに進んでいると時代遅れになると、あまりPDCAを守らなくなっているようです。

トヨタ自動車のカイゼン・プログラムは世界的に有名で、米国の経営者が名古屋を訪れ、学んでいました。でも、あのトヨタが品質管理面での不正を行う時代になったのです。私にとって大きなショックです。

これは、トヨタだけの問題ではなく、名のある大企業や私にとって身近な医学分野にも、当人たちが意識していなところで及んでいるのではないかと内心危惧しています。

あまり目先のことばかり考えて、足元をしっかりと見つめてないととんでもない悲劇を招きそうです。  2024.9.7.

来年の熱中症対策への妙案

朝起き、六甲山を見上げると、澄み切った青空に山頂の展望台がくっきりと近づいて見えます。
このところ、私の頭の中はあるのは、来年の熱中症対策をいかにするかです。同世代の友人に電話し、お互いに情報交換し、慰めあったり、励ましあったりしています。その中で上がってきたアイデアを整理してみると、

来年の熱中症対策をいかにするか

基本的には、暑さの最も厳しい7月下旬から8月中旬のお盆過ぎまでの1ヶ月間をいかに乗り切るかです。

第1案。北海道の遠軽町にあるリゾートホテル「マウレ山荘」

旅行好きの情報通の友人山崎君が教えてくれたのが北海道・遠軽町の丸瀬布の森の中に佇むリゾートホテル。アクセスは札幌からJR石北本線で3時間。アルカリ性単純泉の温泉が湧き出ています。

「心地よい風と木漏れ日の中で、ゆったりとくつろぐ贅沢なひとときを 過ごしてみませんか。」がキャッチコピー。でも、ここで1ヶ月間独りで過ごすのは、かなり無理がある気がします。

第2案。札幌中心街のホテル

1ヶ月間退屈せずに過ごすには、近隣に囲碁クラブがある場所なら問題ないことに気づきました。それなら、大都会の方が良かろうと、札幌市内の囲碁クラブをチェックしたところ、すすきの駅近くにあることがわかりました。
すすきの駅界隈なら、手頃なホテルが数多くあり、食事に困りません。有力な候補地です。

第3案 ワルシャワ

1ヶ月ぶりに、囲碁クラブ「方円」で関西棋院プロの村岡茂行九段の指導碁を受けてきました。

村岡茂行プロは大変な国際派で、今夏は2週間余り、フランス南部の町、トゥールーズで行われた「ヨーロッパ碁コングレス」に、奥さんの美香プロとがアマチュアの日本人の囲碁ファンを引率して、出席されました。

ヨーロッパ各地から多数の囲碁ファンが集まり、出席者は数百名に及び、2週間にわたって賑やかに対局されたそうです。

ワルシャワでの囲碁国際大会への出席

その大会が、来年はポーランドのワルシャワで開催されるそうです。開催時期も7月末から8月中旬まで、ちょうど私が探し求めていた避暑地として最適です。
ワルシャワの8月の最高気温は22〜23℃くらい、日本の春の気温です。
ここでなら、2週間退屈せずに過ごせそうです。来年への大きな目標ができました。
フィンランド航空では、2025年度のスケヂュールでは関空からヘルシンキまでの直行便が週5便就航するようです。久しぶりの海外旅行、体力づくりに励まなくては。
娘には、しっかり保険をかけていくようにと強く言われています。
もうひとつの難題は、ロシアとウクライナの和平です。これも解決していそうです。

2024.9.5.

永い御無沙汰で、ご心配をかけました。

1ヶ月間の長い夏休みを貰っていました。

実は、私はどうも暑さに弱い体質のようで、毎年夏になると、体調を崩し、入院する羽目になります。今夏も折からの猛暑で、突然目をまわし、手足のしびれ、まさに熱中症のサインです。

今回はまだ意識明瞭だったので、透子に電話し、急遽救急外来に連れて行ってもらい、無理を言って入院させて頂きました。翌日には、立ちくらみはなくなりましたが、元々あった貧血が進んでいたことがわかり、1週間余り居させてもらいました。

その後も、猛暑が続いていたので、自宅での独居生活に不安を覚え、昨年道子と一緒にお世話になっていた老人ホームを思い出し、そこのショートステイでさらに1週間過ごし、お盆も過ぎ、暑さも峠を越えたようなので、先週末に自宅に戻ってきました。

齢がいくと、体温感覚が麻痺する

一日中クーラーが効いた部屋にいると、身体が冷えすぎるのです。我が家では、各部屋には温度計を設置しているので視覚的には適正に室温を26〜27℃に設定しているのですが、部屋でじっと動かない生活をしていると同じ温度設定でも暑く感じたり、寒く感じたりします。身体をよく動かしていると、気づかないことです。

今は知恵がつき、セーターを1枚絶えず横に置いて、部屋の温度を低く感じても、その脱着での調節が一番合理的なことに気づきました。

それにしても、この猛暑、何とかならないものか困ったものです。大統領選でも、総裁選でも、一言ぐらい触れてもいいのでは。     2024.8.30.

 

こんな神戸に住みたい

もうすぐパリ五輪が始まります。テレビの画面に映し出されるパリの街は私が訪れた1970年当時と全く変わりません。その美しさの理由の一つが建物の高さが揃っており、街中には高層ビルが一切ないことです。そびえ立つのはエッフェル塔だけです。

フランス留学から3年ぶりに残暑厳しい8月に帰国した時です。緑に包まれた六甲の山並みを見上げ、思わず「神戸は、世界一素晴らしい街」と叫んでしまいました。今日まで70年近く、一度も神戸を離れることなく住み続けていることに幸せを感じます。

若者が描く未来の神戸

最近届いた神戸市広報紙の表紙に、「あつまれ!あなたが描く未来の神戸」という大判のカラー写真とともに、神戸大学の学生たちの声として「SF映画みたいなまちになっている!?」、「若者も楽しめるまちに」、「まちなかにも自然がいっぱい」などと書き込まれていました。

自然・六甲の緑と溶け合う街づくり

先日、久方ぶりに大阪に出かけました。大阪駅界隈の高層ビル群に圧倒されます。そのビルには人間が住んでいる住居があると知り、驚きです。高価なので子育て世代はあまり住んでいないと思いますが、子育てには苦労するだろうなと思わざるを得ません。

私が描く未来の神戸は、自然、六甲の緑と溶け合う街づくりです。どこからでもすぐに六甲山頂が見えるように、ビルの高さ制限をして下さい。限られた土地面積に多くの人が集中すると、必然的に自然破壊が起こります。

新しいスマートな街づくりを

神戸市では、2035年に向けて総合基本計画を策定中とのことで、三宮ウオーターフロントの再整備・駅前リノベーション・神戸空港の再整備などを挙げ、広く意見を求めているとのことです。

多くの都市は、産業振興のために「ものづくり」から観光・インバウンドに向かっています。世の中は、さらに本格的なITC中心の社会へと変化しています。

明治以来、神戸の街は、港を中心にして栄えてきました。お陰で、今でも世界中のいろんな情報が居ながらにして入ってきます。神戸市はこれまでの国際的な知名度を生かして、世界中からICT関連の多様な人材が集まるスマートな街づくりを期待します。2024.7.25.

人類はあと何年間生き続けるか

国内においては官庁や一流企業の過去の不正、災害を、国外では紛争、格差問題を連日マスコミは報道しています。かつては、10年計画、長期計画がしばしば話題になっていましたが、最近は一寸先は闇と、政治家もマスコミも将来展望を語りません。

ChatGPTに問いかける

自らの余命は片手で十分ですが、十代の若者にとってはまだ人生の大半が残されています。機会があれば、彼らに将来への夢を問いかけるのですが全く相手にされません。

ならばと、生成AIであるChatGPTに問いかけてみました。その答えは、人類がどれくらい生き続けるかは非常に複雑な問題であり、さまざまな要因に依存します。以下に、人類の将来に関するいくつかの重要な視点を紹介します。ということで、1)科学技術の進歩、2)環境問題、3)社会的・政治的安定、4)宇宙移住といった4つの要因を挙げてくれました。

私が思いつかなかった宇宙移住には、「一部の科学者や専門家は、火星やその他の惑星への移住が人類の長期的な存続に寄与すると考えています。宇宙技術の進歩により、人類が地球外で生活できるようになる可能性があります。」と述べられていました。

とは言え、私の問いである「人類はあと何年間生き続けますか?」に対しては、「一部の専門家は、現在のトレンドが続く場合、人類は少なく・・・」で言葉に詰まり、通信が停止しました。

人間の未来はエイリアン?

映画「エイリアン」(原題: Alien)は、リドリー・スコット監督、ダン・オバノン脚本の1979年のSFホラー映画。商業用宇宙タグ「ノストロモ号」の乗組員が、船内に解き放たれた攻撃的で致命的な地球外生命体である「エイリアン」に遭遇する様子を描いています。

SF映画での人間の姿かたちは現代人と同じですが、さらに一段と人類が進化し、宇宙に飛び出す人間は、いまの生物体とは似ても似つかぬ姿かたちになっている気が私にはします。
いらぬ妄想に取り憑かれているよりも、自分の行く末である来世を考えている方がより現実的と言われそうです。 2024.7.19.

 

高齢者とがん治療の選択

80歳代も半ばになると、同級生や歳下の友人からの訃報が次々と舞い込んできます。つい最近まで、元気に電話口で話していた友人たちです。人の世の無常を実感します。多いのが、道子と同じ、大腸がん原発の肝臓や肺への転移です。
がんによる年齢階級別死亡数の統計をみると、男では45歳から89歳まで、女では35歳から84歳まで第1位です。その数のピークは、男で75〜79歳、女では80〜84歳です。

迷う治療法の選択

同じがんでも、その進行速度は年齢とともに緩徐になるようです。80歳代では、進行がんで余命3か月と宣告されても、1年以上生存された方が結構おられます。

私たち夫婦は、普段から、がんは天命、効くか効かぬか分からない化学療法での延命は望んでいませんでした。がん専門の主治医は、いろんな治療の選択肢の存在・副作用について、事細かに患者に説明してくれます。娘たちは化学療法で少しでも延命できるよう望んでいたようですが、私たち夫婦は普段から化学療法ではなく、緩和ケアを求めて段取りを進めていました。

肺がんを患い余命3か月と宣告された友人の相談も、化学療法をすべきか否かです。要するに、化学療法に期待して1日でも長く生き続けるか、運命と思い、病院通いをせずに、笑顔で過ごせる日をもつかです。主治医が、がん治療法の選択肢を説明するときに、年齢階層別データをもっと提示して頂きたいものです。  2024.7.9.