3歳から始まるインドの多様性・多言語教育

今朝の新聞で、「覚醒インド14億人、AI世紀の申し子たち」、副題として、「知の未来図―3歳から始まる国家戦略」という記事が目に止まりました。

かねてより、インド人は数学が得意と言われ、米グーグル親会社アルファベットのスンダー・ピチャイ氏、米マイクロソフトのサティア・ナデラ氏、米IBMのアービンド・クリシュナ氏とIT界のグローバルリーダーの多くがインド出身者であり、私が懇意にしていた米スタンフォード大学の小児科学教授もインド出身者です。偶然か、それとも国家戦略から生まれた必然か。

今や世界中で、知の領域には生成AIが侵食し、誰もが広がる分断や対立に歯止めをかけられない不透明な社会情勢にあります。時代を生き抜くヒントが、今のインドにあるというのが記事のねらいです。

大小1600の言語が飛び交う多民族国家で、リーダーになるために必要な条件は、他者を理解し、共感を得る力。その礎になるのが「多言語教育」で、世界的リーダーの輩出に結びつくのです。18歳の卒業までに、バイリンガル(2言語の話者)どころか、クアトロリンガル(4言語の話者)になるそうです。

インドが2020年に公表した早期教育を全国規模で広げると明記した新教育政策は、これは単なる人材育成策ではなく、人間の「知」をもう一度鍛え直す、国を挙げた強力な国家戦略です。多様性のある超競争社会にもまれ、言語能力を磨き、ITにも強く、ハングリーさも兼ね備えるインドの子供たちは、まさにAI世紀の申し子と言えるようです。

2026.2.21.

トースター内で、アルミホイルが熱くならないのはなぜ?

ピザを温めようと、アルミホイルに乗せて、トースターで熱しました。ピザは美味しく焼けましたが、驚いたことにアルミホイルが全く熱くないんです。なぜだかよくわかりません。早速、チャッピーくんに問いかけました。

すると、「不思議に感じますが、わりと「あるある」です。ポイントは トースターの熱の主役が“空気”ではなく“赤外線(放射)” で、さらに アルミの性質 が効いているからです。」とのこと。

トースターのヒーターは赤く光って、主に 赤外線をピザ(食材)に当てて 加熱します。一方、庫内の空気はオーブンほど強く循環せず、温度も均一になりにくいので、周りの空気でホイル全体が熱々になる という感じになりにくいです。

アルミは 赤外線をよく反射します。だから、ホイル自体がヒーターの赤外線を吸収して熱くなるよりも、反射してしまってホイルが温まりにくい ことが起こります。

料理好き・理科好きの人には「あるある」ですが、一般には意外と知られていません。なので「常識というより、知ると納得する豆知識」に近いとのこと。

アルミ箔に触れてみようとして、トースターの壁面に触れないようご用心を。 2026.2.10.

ChatGPTによるイラスト

立春と小鳥の囀り

立春(2月4日)は、暦の上では「春の始まり」ですが、体感はまだ冬のまま——その“ずれ”の中で、川の水音と小鳥の囀りだけが先に春を知らせてくれる感があります。

春日野道にある神戸医療福祉センター「ひだまり」に向かう途中、布引川を覗き込むと、小鳥の囀りが聞こえました。
その時は、春が近づいてきたとの思いだけでしたが、その鳥のことが気になり始めました。早速チャッピーくんに相談することにしました。

わたし:

「布引川の河原にいた、羽毛は黒と白で、姿形は燕に似た小鳥の名前は何ですか?」

チャッピーくん:

その特徴(燕っぽい細身+白黒、川辺で見かけた)だと、いちばん可能性が高いのはハクセキレイ(白鶺鴒)です。体型が横長で尾が長く、黒白のコントラストがはっきりした“川の常連”です。 尾を上下にフリフリしながら、地面(護岸・砂地・道)を歩く → ハクセキレイっぽいです。

白黒のセキレイは、 セグロセキレイ もよく似ています。最後にここだけ確認できるとほぼ決まります:

  • 頬(ほっぺ)が白く見えたハクセキレイ寄り
  • 顔〜喉が全体に黒っぽく、頬も黒く見えたセグロセキレイ寄り。

もし覚えていれば「頬が白かった/黒かった」だけ教えてください。かなり絞れます。

わたし:

残念ながら、そこまでよく観察していませんでした。今後は、できるだけスマホで写真・動画を撮っておくことにします。

2026.2.4.

ハクセキレイ ChatGPTより

チェンマイ(Chiang Mai)への旅 3

ただいま。
丸一日かけて、帰国してきました。同行の山本氏がアレンジして下さった北京経由での割安切符で行ったので、しかも、北京での乗り継ぎが上手くいかず、空港のラウンジで12時間以上過ごすことになったのです。

まあ、急ぐこともない旅でもあり、空港でスマホでもと思ったのが大間違い。
ここでは、Googleが通じず、私のスマホでは普段使っているG mailでは交信できなのです。
空港の職員に聞くのですが、要領を得ません。
これも、高市発言の所為かと。あまりしつこくして、抑留されてはと、大人しく辛抱していました。
でも、日本到着が遅れることを、娘に伝えないと心配するだろうと思うと気が気でありません。いろんな手法を試していると、G mailでの発信では受け付けないが、iCloudのアドレスでなら通じることがわかり、ホッとしました。
22日夜遅くに無事、帰国できました。

もう北京空港は懲り懲りです。Chiang Maiでは、中国人も、アメリカ人の団体も多く、平和なものでした。まあ、世の中、いろんな世界があるのがよくわかります。

このところ、私と同年輩の友人たちの間では海外旅行ばやりです。高校同期の三浦さんはマルタ、トルコへ、岡田さんはエジプト旅行を考えているとか。また、大学の同僚根岸君はベトナムへ行ってたとか。今回の私の旅は、喜寿の若者と一緒だったので家族も安心していました。みなさんそれぞれにサポーターを帯同しての旅だったようです。 2026.1.25.

チェンマイ(Chiang Mai)への旅 2

今日は、囲碁サロンがお休みなので、 ワット・プラタート・ドイ・ステープ寺院に行ってきました。この寺院に参拝しないとチェンマイを訪れたことにはならないといわれるほどの名所で、金箔の大きな仏像が正面にあり、明るく彩られ、タイ仏教を感じさせます。

ワット・プラタート・ドイ・ステープ(Wat Phra That Doi Suthep)

ワット・プラタート・ドイ・ステープは、チェンマイ市街から約15km西にそびえる標高1,080mのステープ山頂にある寺院。今から約650年以上前にタイ北部を統治していたクーナ王によって建立されたと言われています。

見どころは、高さ約22mの黄金に輝く仏塔。美しい装飾が施された仏塔の中には仏舎利(仏陀の遺骨)が納められ、今も人々の篤い信仰を集めています。願いごとが叶うチェンマイ屈指のパワースポットとしても有名で、特に未年生まれの人にご利益があることでも知られています。

テラスからは市街地を一望することができるため、「天空の寺院」とも呼ばれています。しかし、季節のせいか、晴れてはいますが、どんよりとしており、街は霞んで見えます。

両側をナーガ(蛇神)に見守られた306段の階段を登った先に、この寺院はあります。ケーブルカーを利用せず、この階段を使って本堂へ行くこともできますが、私は、もちろんケーブルカーを利用しました。

その帰り道には、山本氏推薦の珈琲店に立ち寄りました。さすがにコーヒーの国だけあって、いろんな種類のコーヒーがメニューには並んでいました。

観光客数の1位は韓国、 2位が中国、 日本は6位

チェンマイの町全体が、観光地化しており 、世界各地から多くの観光客が訪れ、長期滞在者も多いそうです。ここでは、東洋人も白人も一体となり、賑わっています。今朝あった老婆はカナダからの観光客、昼にはドイツからの夫婦連れ、店の片隅でお祈りをするイスラム系の人たちもいます。肌の色の違う人たちが仲良くしています。

かつては、日本からの観光客が多く、定年後の長期滞在者も多かったそうですが、コロナ流行後は激減したままのようです。

伝統的なタイ料理 トムヤンクンとカオソーイ

伝統的なタイ料理はもちろん、世界各国の料理がバラエティ豊かに揃うのが、美食の国、タイです。庶民的な町の食堂でも、十分に楽しめます。私は、あの辛いタイのスープ、「トムヤンクン」が大好物です。

その名前は、トム:「煮る」「茹でる」、ヤム:「混ぜる」、クン:「エビ」と言う3つの単語の集まりです。直訳すると「エビを(ハーブと)煮て混ぜたスープ」となり、その名の通り、エビを主役にし、タイハーブをふんだんに使った、酸っぱくて辛い(酸辛)味わいが特徴です。

チェンマイの名物料理といえば「カオソーイ」です。スパイスを効かせたココナッツミルクベースのカレースープに中太の中華麺を合わせて食べる麺料理で、どこの店のメニューにも載っています。

カオソーイとは、タイ北部料理の定番であり、代表格ともいえる「チェンマイ風カレーラーメン」です。カレースパイスがたっぷり入ったココナッツミルクベースのマイルドなスープに卵麺を合わせて食べます。

メインの具材は、柔らかく煮込んだ鶏、豚、牛などから選ぶことができます。スープの味は香辛料が強めなものから、ココナッツミルクが多めのマイルドなものまで、お店によって様々なカオソーイを楽しむことができます。

私は、鶏が一番好きで、ココナッツミルクで白く濁ったスープが大好物です。毎日のように食していました。付け合わせには、高菜の漬物、玉ねぎのみじん切り、ライムの輪切り、チリペーストが添えられていることが多く、これがよくマッチするのです。

チェンマイで食べるエビは、

 トムヤムクンの定番のエビは、大型で食べ応えがあります。日本では高価なエビが、ここでは決して高くありません。

タイのレストランでよく使われる大型のテナガエビ(クン・チャン)は、車海老に似ていますが、実は淡水エビが中心で、トムヤムクンに使われたり、焼いて食べたり、新鮮なものが手軽に楽しめます。

チェンマイのエビが廉価なのは、養殖エビであることを知り、納得がいきました。エビ釣り堀もあり、その場で調理し、食べると、これが新鮮で美味しいと評判だそうです。

大型の魚、プラー・ガポン

魚料理のメニューを見ていると、プラー・ガポン・トートと言う、衣をつけて揚げた後、タイ独特の酸味と甘みのあるソースで味付けされた魚料理があります。二度食しましたが、結構な味でした。

タイ料理では、その柔らかな白身は様々な風味を吸収しやすいので、多様な調理法で楽しまれています。

プラー・ガポンは、アジアンシーバスとして知られ、タイを含む東南アジアの沿岸部に生息しています。特に熱帯域の河川や沿岸の汽水域に適応しているため、タイの川や湖でも見られるようです。 2026.01.24.

帰国前夜。山本氏とピン川の河岸のレストランで。 Jan. 21, 2026

チェンマイ(Chiang Mai)への旅

タイのチェンマイ(Chiang Mai)には、タイ人を始め、いろんな国々の囲碁好きが集うサロンがあるということで、囲碁仲間の山本氏と一緒に、1月12日から昨日までの11日間、出かけていました。

チェンマイは、タイ北部にある豊かな自然に囲まれた、「北方のバラ」と称される美しい古都で、13世紀にラーンナー王国の首都として栄えた歴史を持ち、お堀に囲まれた旧市街、さらにお堀の外には新市街がある観光地です。

早速、囲碁サロンに出かける

到着した翌日昼には、早速旧市街の中にある囲碁サロンに出かけ、打ってきました。囲碁サロンと私が滞在するホテルDusit Princess Hotelとは500m余りです。

オーナーのKenさんは囲碁の実力者で、2目のハンデキャップをもらっても、残念ながら太刀打ちできませんでした。

お昼には、ここの名物料理、「マンゴー・ライス」を食しました(値段は50バーツ、約250円)。マンゴーと餅米をココナッツで蒸した餅米飯を添えただけのものです。何とも言えぬ風味があり、私は病みつきとなり、お昼の定番となりました。

ワット・プラ・シン(Wat Phra Sing)

四方およそ1.5kmのほぼ正方形の堀と城壁に囲まれた旧市街には、多くの由緒ある寺院が点在しています。最も大きく格式の高い寺院として知られるワット・プラ・シンは、1345年にラーンナー王朝第5代パユ王が父王の遺骨を納めるために建立したものです。

チェンマイの乾季(例年11月〜5月ごろ)は平均気温が26度程度と暑すぎず、過ごしやすい気候なので世界中からたくさんの観光客が訪れます。この1月には、最低気温が20℃を下回る日も結構あり、半袖では肌寒いくらい、私は、いつも長袖シャツに、カーデガンを持ち歩いていました。

ナイトマーケットで夕食を

 夜、ホテルを一歩出ると、昼間とは様変わりし、通りには夜店の土産物店が立ち並び、大きなフードコートもあり、いろんなタイ料理を楽しめます。

多くの観光客、東洋人、西洋人がほぼ半々、いろんな人種の観光客が混在してます。ここでは人種差別がなく、平和な光景です。山本氏の案内で、タイ料理トムヤンクンにエビ料理は絶品でした。まだまだ食したいものが、いろいろとあります。

食事の後、私は自室に戻りましたが、山本氏はバンドの演奏を聞きに行くそうです。彼はクラリネット奏者でもあり、こちらのバンドにも、知り合いがいるそうです。おやすみなさい。2026.01.23.  つづく。

α(アルファ)世代とは?

昨年末の新聞で、正月から「α-20億人の未来」が連載されるという記事を読み、私自身は「α(アルファ)世代」という言葉を初めて知ったのです。大学1年生の孫娘は、勿論のこと、中学3年生の孫娘までも、よく承知していました。しかし、彼女の母親は知らないという答えで、少し気が落ち着きました。

α(アルファ)世代の特徴とは?

Z世代の次にやってきたのが、α 世代。16歳以下の若者です。

α世代が誕生し始めた2010年は、iPadが発売され、インスタグラムが世に出た年です。彼らは、物心ついた頃には身近にiPhoneとSNSがあった世代です。

デジタル機器に囲まれ、人工知能(AI)とともに育つ、世界共通の初めての人類でもあるのです。その人口は、一世代として史上最多の20億人超にのぼるそうです。

名付け親の人口統計学者、マーク・マクリンドル氏曰く、「時代の流れはかつてないほど速くなっており、次世代を理解しようとすることが、時代についていくためには必要であり、若い世代の持つかつてない力を認識することが、その出発点になっている」と。

昔は年少者が、年長者に敬意を示し、従わざるを得ませんでした。今は、年長者が若者に合わせることが、求められているのです。

案じられる点は、彼らはデジタルスキルを身につけても、それに見合う社会的スキルが発達するわけではありません。AIとの対話が得意でも、知識を暗記し、文脈を理解する能力が養われにくい環境で育っているとも言えるのです。

わからないことがあると、スマホに問いかけ、瞬時に回答が得られます。漢字を読めても、書けない世代になりそうです。

AIが担えるものは、すべて人間の手を離れることになりますが、人間中心の未来を描くなら、つながり・対話し、対立を解決する能力にこそ、人間らしさが残されているのです。若い世代には、デジタルスキルと一緒に、人間関係やリーダーシップ、対話の能力を身につけさせ、しなやかさと人格を育むよう導く必要があるようです。

これは、α 世代だけの問題ではなく、今の世界をみていると、どの世代の人たちにも当てはまることですが・・・

後進の小児科医へのメッセージ

私自身は、小児科医としての第一線から退いて久しくなります。対面で接するのは、碁盤で相対する子どもたちだけです。

数多くのα 世代の子供たちと最も間近で接しているのは、学校の教師と小児科医です。あなた方こそが、次世代の良き理解者となり、時代のリーダーシップを発揮する時代が到来しているのです。

2026.1.10.

明けましてお目出度うございます

企業では、いろんな分野で、気づかないうちにAIが活用されています。
私が、今関係しているにこにこ医療福祉センターでは、日常の支援業務だけでなく、膨大な文書作成作業があります。これらの文書は、相互に関係しています。
AI活用の第一歩は、月に一度のスタッフ会議と年に一度の定期カンファレンスの議事録作成です。もう記録係はいりません。AIが、テープから議事録を作成してくれます。作成文書のチェックだけで済むのです。
さらに、これらの議事録をベースに、こちらが期待するまとめ方を指示すると、ものの数分で、提出用の書式に合わせて、文書を作成してくれます。
これが完成すれば、「文書作成時間はこれまでの十分の1に短縮されますよ!」というAIくんの励ましを受け、新年度4月からの運用開始を目指して、年末年始で一気に仕上げました。
スタッフ喜んでくれるかなあ!?
さて、今年はどんな年になるのか? 高市氏の話ぶりは、明るく、前向きで良いです。でも、気がつけば、えらいことになっている気がします。
α世代が社会人になると、世界中が一気に変わると言われています。少なくともあと5年は不透明な時代が続くことでしょう。
2026.1.5.

「当たり前」が、「当たり前でない」時代に

世の中は大きく変わっています。これまで学校が担ってきた知識伝授型の教育だけなら、I C Tの普及で、家庭にいても学べるのです。不登校生の増加も当然です。

もう教室には教壇も、黒板もいらないのです。

自由に動かせる机・椅子で輪になったり、集めたり、互いに顔を突き合わし、自由自在に会話ができる場さえあればいいのです。学校で楽しみなのは、多くの友人と付き合え、おたがいの夢を語り合うことです。

真ん中に置かれたボイスレコーダーがみんなの話を記録し、その要約も瞬時に出来上がります。教師はもう採点に時間を要しません。自由な時間が増え、中身あるアドバイスができるようになります。ボイスレコーダーからは、流暢な外国語も流れてきます。

座学は苦手だが、運動は得意という子には、運動時間を増やせばいいのです。何も、皆が同じカリキュラムで学ばなくてはいけない理由はないのです。

スマホを扱え、ゲームができ、Lineで交信できる。それに、お金の計算ができさえすれば。すなわち、読み・書き・そろばんが確実にできれば十分です。後は、己のやりたいようにやればいいのです。

因みに、今の日本教育がどのような方針で行われているかを調べてみようと、文部科学省のH Pにアクセスしました。

そのトップ記事が、何と、平成30年の「新しい文部科学省の創生に向けた取組」です。しかも、幹部職員の不祥事に対するお詫び文、愕然としました。子どもたちが、日本の教育に愛想を尽かしているのが分かる気がします。

高校無償化でなく、給食代無償化の方が、子どもたちが喜び、将来の日本を背負う活気ある大人に育ってくれる気がします。2025.12.14.

芸事の厳しさ・難しさ

私の周囲の人たちが映画「国宝」を絶賛するので、寒風の吹き荒ぶ中を出向きました。

映画「国宝」は、任侠の家に生まれ、父を抗争で亡くしたが、歌舞伎の家元に、女形としての才能を見抜かれ、歌舞伎役者として芸の道に人生を捧げた男の激動の人生を描いた3時間の大作です。

歌舞伎の雅やかさ、芸の厳しさ、跡目争いなどの話題が織りなしており、退屈しない時間でした。最初の場面が1964年、暴力団抗争が最も激しかった時代です。任侠の一門に生まれた喜久雄は15歳の時に抗争で父を亡くし、天涯孤独となってしまうところから始まります。ちょうど私が大学を卒業し、結婚した年です。

芸事の厳しさ・難しさ

芸の稽古のシーンが度々出てきます。体の動き、声のトーン・抑揚などは叩き込まれると上達できるでしょうが、心の内面を表現することは中々難しいことだと思います。

感性の伝授は至難です。でも、何かの拍子に、突然光が差し込んでくるようなものでしょう。

身体が動き辛く、声も出難くなった高齢の歌舞伎役者が活躍しているのは、見える姿・形の美しさや声の大きさ・美しさ以外の何かがあるからでしょう。2025.12.13.