合計特殊出生率からみた世界

厚生労働省の発表では、2018年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの数)は1.42と3年連続で低下し、生まれた子どもの数(出生数)も91万8千人と過去最少を更新、3年連続で100万人割れです。

日本では、1947年に出生数が268万人、そのときの合計特殊出生率が4.54と最高値でした。その後は、高度経済成長とともに低下し続け、1975年以後では2.0を上回ることはなくなりました。1.26まで低下したのが2005年です。その後わずかに増加はしましたが、政府の掲げる希望目標値1.8とは程遠いものです。

スエーデン・ウプサラ大学の公衆衛生学の元教授ハンス・ロスリング氏の「ファクトフルネス」という書が、世界中で話題を呼んでいます。「あなたの”常識”は20年前で止まっている」という副題に惹きつけられて、私も手にしました。物の豊かな国に住むわれわれが普段目にする統計は、豊かな国同士を比較したものばかりで、発展途上国や最貧国の現状について自分自身があまりにも無知であったことに気づきました。

その本で、しばしば引用されている国連人口統計によると、世界全体の合計特殊出生率は、1964年に5.06だったのが、2017年には2.42(日本の1955年頃に相当)に低下しているのです。アジアだけみても、インドとインドネシアが2.3、バングラデッシュ2.1、ベトナム1.9、中国1.6、タイ1.5と、経済発展とともに今も低下し続けています。シンガポール、韓国、香港、台湾といった東アジアの国々は、我が国と同レベル、乃至はもっと低水準です。

今や、合計特殊出生率が4.0を上回っている国は、戦争の絶えない一部の極貧国だけです。かつての極貧国も日々経済成長を続けており、子どもの死亡率は低下、やがて世界全体の合計特殊出生率が2.0を下回るに違いありません。

これからは、もう世界人口増加による食糧不足に怯えることはなさそうですが、地球規模での成熟した高齢者社会が遠からずやって来そうです。

Fertility rate, total (births per woman) from United Nations Population Division. World Population Prospects: 2017 Revision.

 

子どもの脳を知り、あたたかい心を育む

日本保育保健学会 2019-5 神戸 2019.05.19  日本保育保健学会スライド

<講演要旨>

1. 親を悩ませる「魔の2歳児」、「十代の暴走」

魔の2歳時(Terrible two)や、思春期に見られる暴走行為は、早くから発達する大脳辺縁系(大脳旧皮質)と、遅れて発達してくる大脳皮質前頭前野(大脳新皮質)の発達速度のギャップによるものです(図1)。大脳辺縁系は行動の促進系(アクセル)として働き、前頭前野は、思考・判断・分析を司り、行動の抑制系(ブレーキ)として働きます。

大脳辺縁系が急速に発達する2〜3歳児、および性ホルモンの働きで大脳辺縁系が急速に発達する思春期には、前頭前野が未発達であるため、抑制(ブレーキ)が効かず、暴走してしまうのです。大脳辺縁系は、大脳の奥深くに存在する尾状核、被殻からなる大脳基底核の外側を取り巻くようにあり、生命維持や本能行動、情動行動に関与しています(図2)。

脳辺縁系は、内分泌系と自律神経系に影響を与えることで機能しており、海馬と扁桃体はそれぞれ記憶の形成と情動の発現に大きな役割を果たしています。大脳の快楽中枢として知られている、前脳に存在する神経細胞の集団、側座核とは相互に結合しています。このように考えると、子どもの示す不可解な行動も、少しは理解でき、親のイライラも軽減するのではないでしょうか。

2.  感性豊かな心は、幼少期に育つ

乳幼児期には、光や音、その他の感覚刺激が周囲から流れ込み、この五感(視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚)が脳を刺激し、感性豊かな心、あたたかい心を育みます。子どもの五感が急速に発達し、これらの刺激が先ず伝わるのが、生後早い時期から発達する先述の大脳辺縁系です。

大脳辺縁系は、感情・感性、記憶、および本能的行動をコントロールする中枢であるとともに、また報酬系としての働きも知られており、成功体験が自らの学習意欲を高める働きがあります。

認知能力(計算や文字、知識、思考する能力)は小学生になってからでも教えることができますが、非認知能力(感性豊かな心)が伸びるのは幼児期です。だから、幼児教育が人生で最も大切であり、子どもたちの五感を育てることです。

子育てにおいも、教育においても、報酬系をうまく活用することが大切です。自らの成功体験が自らの学習意欲を高め、益々向上心が芽生え、自ら進んでチャレンジしていきます。子どもたちの学習意欲を高めるためには、上手に褒めることです。昔からよく、「子育て上手は、褒め上手」、「褒められ上手は、褒め上手」と言われてきました。

子育てにおける褒めかたのコツは、子どもの学習意欲をいかに高めるかです。子どもへの難しすぎる課題では、子どものヤル気を削いでしまいます。少し手を伸ばすと届くような課題を与えることです。焦りは禁物です。子どもが目標を達成したとき、子どもはきっと得意げに、あなたの様子を見つめています。間髪入れずに言葉をかけてあげてください。抱きしめてあげてください。

3.  あたたかい心を

あたたかい心は、幼少期に培った感性豊かな心から生まれてきます。子どもたちの五感を育み、感性を育てるには、子どもたちの問いかけに、真正面から反応し、応えてあげることです。生後すぐの赤ちゃんでも目は見え、耳も聞こえています。赤ちゃんの目をじっと見つめていると、見つめ返してきます。この見つめ合いのことを、「まなかい(眼交)」と言います。この「まなかい」こそが、育児の原点です。目があうと、微笑み返してあげてください、赤ちゃんは、お母さんの微笑みで納得し、安心します。

 

最近では授乳しているときに、スマホに夢中になっているお母さんをよく見かけます。子どもが話しかけても、スマホから目を離さず、なま返

事をしておられます。いつもこのような態度で子どもに接していると、子どもの感性の芽は一つ一つ摘みとられていくことなります。

4.  AIロボット時代の子育て

1)  赤ちゃんの脳発達がAIロボット開発のモデル

人工知能AIは、赤ちゃんの脳を模して作成された人工のニューロン・ネットワーク(神経細胞網)です。人間のニューロンは、使用していないと、「刈り込み」で消失しますが、AIは作ったニューロン・ネットワークをどんどん蓄積していきます。新しいニューロン・ネットワークを作り、蓄えていくAIロボットの能力に人間は敵いっこありません。

2)  ペットロボットが子どもたちに大変な人気

「パロ」と呼ばれる、あざらしに似た形をした白い人工毛皮で覆われた日本製のペットロボットが、小児科の外来におかれています。パロは、子どもたちに大変な人気です。パロは、まぶた・首・前足・後ろ足を本物の生きもののようにリアルに動かし、「キュウキュウ」という可愛い鳴き声も発します。自分の名前を呼ばれると反応します。

発達障害のある児には、人とのコミュニケーションが苦手な子がいます。でも、パロとはうまくコミュニケーションが取れ、外来に来る日を楽しみにしておられるそうです。

パロには知能があり、感情を持ち、乱暴な扱いを嫌がり、触れ合い方により性格が変化し、飼い主の行動を学習する能力もあります。もっと進化すれば、他人とのコミュニケーションをとるのが下手な現代人の「こころの相談役」として、医療スタッフの仲間入りしているかもしれません。

3)  AIロボットにもあたたかい心を

人間とAIがうまくやっていくためには、幼少時からAIと上手にコミュニケーションをとる能力を養うことが必要です。人間がAIをいつもいじめていると、AIは人間を憎み、報復するかもしれません。

人間の声は、いろんな情報を相手に伝えます。目を閉じて、声を聞いているだけで、相手の喜怒哀楽や健康状態もわかります。目も相手に多くのこと語りかけますが、声には人の意思がより豊かに、より正しく反映されています。AIロボットと上手に付き合うには、自分の考えや思いを正しく相手に伝える声の学習が大切になってきました。

人間社会では人付き合いの苦手な人も、AIロボットと一緒の生活であればうまくいくかもしれません。学校では、AIロボットとの友情を育む方法を学ぶ新しいクラスが始まります。

さあ、AIロボットと仲良くし、新しい家族生活の準備を始めましょう。

連載 子どもの健康コラム 2018-19

143. 小学校入学前に大切なワクチンを

今年に入り、全国で麻しん患者が増加しています。麻しんは、感染力の極めて強い感染症です。麻しんにかかると38度前後の熱が数日続き、一旦解熱した後、再び、高熱とともに発疹が出現します。通常は、1週間から10日前後で回復しますが、ときに肺炎や脳炎を発症して重症化する場合があります。

麻しんワクチンも風しんワクチンも、1回の接種で95%以上の子どもは免疫を得ることができますが、十分な免疫がつかなかった場合を考慮し、また、年数がたって免疫が下がってくるのを防ぐ目的で、接種回数が第1期と第2期の2回接種に変更となりました。

麻しん・風しん混合 (MR) ワクチンの第1期予防接種は1歳から2歳の間に、また、第2期は、小学校就学前の1年間(4月1日から3月31日まで)となっていますが、最近の流行を考えると、できるだけ早い時期に予防接種を受けることです。定期の予防接種は、各市町において指定の期間内には無料で受けられます。(令和元年12月号)

142.「叱る」も、「怒る」も、親子のコミュニケーション

長かった夏休みが終わると、「さっさとしなさい!!」と、毎朝大声で叱っている母親の声が響いてきます。その声だけを聞いていると、「叱る」というよりも、自分のイライラを相手にぶつけるだけの「怒り」のようにも感じられます。

「叱る」と「怒る」の言葉のちがいは、相手のためか、自分のためかで使い分けられています。我が子がいい子になってほしい、子どもによかれとの思いで親は叱っているのですが、いつの間にか怒りに転じています。子どもは自分のしている事の善悪を理解できるようになると、親の「怒り」の程度を測り、親が、本気か、ただのイライラした気持ちか見極めています。

日々繰り返される「叱る」、「怒る」は、親子の大切なコミュニケーションです。子ども自身が自らの行為をよくないと思っているときに、タイミングよく、「叱り」、「怒る」と、子は親に愛を感じます。親だからできる「叱り」ですが、最後には、上手に「ほめる」一言も。(令和元年10月号)

141.「しつける際の親の体罰禁止」が虐待防止法に

神戸市森林植物園から

先の国会で、虐待防止法改正案が成立し、来年4月から「しつける際の親の体罰禁止」が明文化されることになりました。

親が、ものの道理・ことの善悪を教えるのが「しつけ」であり、親の大切な役割です。しかし、ことの善悪がわかるのは3歳すぎからです。親の思い通りにならず、一筋縄にいかないのが、普通の子どもです。ゆっくりと時間をかけないと、子どもの「しつけ」はできません。

一気に分からせようと、いつも高圧的な態度で臨んでいると、子どもは、その場を一見従順そうに振舞うかも知れません。しかし、子どもの心は大きく傷つき、他人への不信感、やがては反抗心が芽生えていくのです。体罰でなくでも、「ダメ!」という言葉だけで、その時に見せる親の表情から、弱い立場にある子どもの心の奥深くに恐怖心が植え付けられていくのです。

あなた自身が、ゆっくりと、落ち着いた態度でお子さんと向き合う、それだけで、あなたの思いはお子さんに正しく伝わりますよ。(令和元年8月号)

140.「令和」の幕開け

「国民を思い、国民に寄り添う」という天皇陛下の即位でのお言葉には、多くの国民が大変親しみを感じたのではないでしょうか。小学3年生の孫娘もiPadの手を休め、テレビに映し出される天皇、皇后両陛下のお姿を食い入るように見つめていました。日本国及び国民統合の象徴としての天皇が、日本人みんなの尊敬する存在であること実感しました。皇室制は日本人にとっては当たり前のことですが、王室制のない外国人からは羨ましがられているのです。

私が住んでいる地域では「令和奉祝だんじり巡行」が開かれました。小雨降る中でしたが、沿道には多数の老若男女が訪れ、大変賑やかに門出をお祝いしました。お囃子とともに力を合わせて地車を引いた子どもたちにとっては、郷土への愛、新しい時代「令和」への思いが、生涯にわたり記憶として残ることでしょう。(令和元年6月号)

139.「体を動かしたい」、「だれかと遊びたい」が子どもの欲求

 春の訪れとともに、学校や幼稚園から帰った子どもたちが、街角の公園に一斉に飛び出し、大声を発しながら夕陽を浴びて走り回っています。子どもたちのもつエネルギーの逞しさは、周りの大人にも元気を与えてくれます。

現代の子どもの問題として、スマホ遊びがよく取り上げられますが、ここでは体を動かすことが優先して、誰一人としてスマホに触れている子はいません。子どもの身体が潜在的に持っている「体を動かしたい」、「だれかと遊びたい」という欲求を引き出し、しっかりと満たしてやることがいかに大切かよくわかります。

今の子育て支援は、お母さんが働きやすいようにと保育所の増設が中心で、子どもの視点に立った生活環境は後回しのようです。

遊び場こそが、地域の子どもたちとって一番大切な生活インフラです。地域のいろんな年代の子どもたちが、晴れの日も、雨の日も、集い、安心して走り回って遊べる場こそが、子どもたちの健やかな成長発達に欠かせないのです。(平成31年4月号)

138. コンプレックスを長所に

外見上のコンプレックスを武器に海外でも活躍する日本人女性4人組のバンド・CHAI(チャイ)を、年初のNHKテレビのクローズアップ現代が取り上げていました。渡辺直美さんとトレンディエンジェルの斎藤司さんがゲストとして参加し、コンプレックスに悩む人たちに元気を与えてくれる番組でした。

学校生活は、マジョリティー(多数派)の中にいると居心地はいいのですが、マイナリティー(少数派)になると、毎日の生活が息苦しく、不登校になります。人はコンプレックスをもつと、自分をマイナリティーの殻に閉じ込めがちですが、そのコンプレックスは他人が持つことのできない特性だと考えれば、大きな長所になるのです。

何もかもが平準化された情報化社会では、マイナリティーの子どもたちのもつ感性が大切にされ、注目される時代なのです。(平成31年2月号)

137. スマホ社会での子育て

育児不安をスマホ検索で解消し、スマホによる読み聞かせ絵本で育てされた子どもたちが、もう小学生になります。算数、国語などのスマホ教材で学習の手助けを受けている子どもも少なくありません。

その一方で、2017年度の厚生労働省の調査では、高校生の16.0%、中学生の12.4%がネット依存と言われ、またネット依存の低年齢化がどんどん進んでいます。中1の女の子の半数以上がスマホを持ち、LINE(SNS)が友達との交流における必須アイテムになっています。何しろ、書き込めば瞬時に相手に伝わり、数秒もしないうちに返事が戻ってきます。

利用の仕方で相手を傷つけ、いじめから自殺へと追い込むこともあります。ツイッターやインスタグラムでは、友達仲間だけでなく、不特定多数の人々に自分の情報が発信されるので、思わぬ災難に出会うこともあります。

子どもが親から離れてSNSを始める前に、家庭や学校でスマホの正しい使い方とリスクをしっかりと教えておくことが大切です。(平成30年12月号)

136. 屋外でからだとこころのリフレッシュを

今年の夏休みは、すさまじい猛暑と度重なる台風の襲来を受け、子どもたちは屋外で自然と共に過ごす時間が短かったのではないでしょうか。

私自身の少年時代の夏の思い出は、一日中屋外で、友だちと野球をしたり、近くの川や池で泳いだり、魚釣りに興じていた日々です。いまは、川や池で泳ぐことは禁じられ、通りでキャッチボールもできません。自らの命への危険、他人への迷惑もあるとは思いますが、気の毒な感じがします。

いよいよ運動会シーズンです。秋の青空の下で、大きなスピーカー音とともに子どもたちが発する元気いっぱいの歓声が、校庭から町中に響き渡ってくると、地域の大人たちにも活気を与えてくれます。

屋外での運動・遊びは、子どもの身体を鍛えるだけでなく、からだとからだのふれあいが他人とのコミュニケーション能力の開発に役立ちます。太陽の光と熱をいっぱい浴びるのが、地球上のすべての生物の育ての親となっているのです。(平成30年10月号)

135. 食の好き嫌いは変化する

1歳を過ぎ、離乳食も終わりに近づくと、家族と同じ食材を食べる機会が増えてきます。お母さんは、栄養のバランスを考え、色んな食材を取りそろえて食べさせようとしますが、なかなか思うように食べてはくれません。

なんでも口に入れてしまう子もいますが、多くの子は食に対してたいへん用心深く、初めてのものをなかなか口にしません。「甘い」、「塩辛い」ものは好みますが、「すっぱい(酸)」、「にがい(苦)」には敏感です。

食の偏りが原因で栄養不足になるケースは、今の日本ではほとんどありません。偏食があっても、お子さんが機嫌よく、活発に遊んでいれば何の心配もいりません。

頑張って調理方法をいろいろと工夫しても、食べてくれないときには、親にも子にもストレスとなります。まわりの家族が美味しそうに食べているだけで、いつの間にか、あなたのお子さんも口にしていますよ。きっと。(平成30年8月号)

134. 男らしさと女らしさ

幼児の好きな遊び方やおもちゃには、明らかに性差があります。男児は怪獣、ロボット、電車、自動車などを、女児はお絵かき、なわとび、人形、ぬいぐるみなどを好みます。この幼児のもつ男らしさと女らしさは、親の養育ででき上がるのでなく、お母さんの胎内にいるときにある程度決まってしまうようです。

男児では、妊娠6週から24週にかけて、男性ホルモン(アンドロゲン)が胎児の精巣から大量に分泌され、男性の外性器が形づくられ、脳は男性化し、男性的な行動をとらせるのです。男性ホルモンは男児だけでなく、女児でも卵巣や副腎からわずかな男性ホルモンが分泌されています。

男っぽい女児がいたり、女っぽい男児がいたりするのは、血液中の男性ホルモン量によるのです。子どもの遊びの様子をよく観察し、生まれつきもっているその子の特性を生かしながらの、自然な子育てが大切でしょう。(平成30年6月号)

133. 子どもの「なに」、「なぜ」は創造力のあかし

満3歳を過ぎ、ことばを上手に話せるようになると、矢継ぎ早に「なに」、「なぜ」を繰り返します。

この「なに」、「なぜ」と疑問に思う心こそが、人間のもつ創造力を生み出していくのです。AI化がどんなに進んでも、人間が優位性をもつのは、この創造力です。

子どもが投げかけてきた、「なに」、「なぜ」には、面倒がらずに答えてあげてください。疑問に対して返ってきた答えは、いつまでも脳の奥深くに残ります。もし、答えようもない質問なら、答えられない理由をはっきりと述べることです。これもまた、子どもにとって大きな財産となります。

一番いけないのが、「無視」です。無視が繰り返されると、子どもは知識欲を失い、無気力な大人になっていきます。AIに負けない創造力のある人間に育てるには、子どもの疑問にしっかりと向き合うことです。(平成30年4月号)

132. 10代の若者の活躍が目立っています

将棋の藤井聡太四段は若干15歳ながら公式戦29連勝し、大変注目をされています。冬季オリンピックを控え、10代選手の活躍も期待されています。

10代で世界のトップクラスになった運動選手や芸術家などを、天才少年あるいは天才少女と呼んでいます。二世選手もたくさんいますが、多くはごく普通の両親をもつ子であり、その子育てについて世間の人々は関心を示します。

テレビで映される親へのインタビューで、始めたきっかけは本人が進んでやり始めたと多くの親たちは答えています。また、本人自らが練習に取り組み、親は見守るだけだったとも話されます。

彼らの成功の秘訣は、「粘り強く,やり抜く力」という天賦の才があったからでしょう。また、こども自身が伸ばし始めた芽を摘み取らずに、モチベーションを高めるように上手く育てられたご両親の力も大きいと思います。(平成30年2月号)

睡眠不足は記憶力を低下させる

春の行楽帰りの電車の中、遊び疲れた幼子が身体を折り曲げ、ぐっすり寝込んでいます。令和という新しい時代を迎えての大型連休。帰り路の睡眠が、楽しかった一日の思い出を脳の奥深くにある海馬に、確かな記憶として刻み込んでいます。

睡眠には、浅い眠り(レム睡眠)と深い眠り(ノンレム睡眠)の2種類があります。レム睡眠は原始的な睡眠で、ノンレム睡眠は脳の進化とともに発達してきたもので、脳の休養、回復に役立っています。夢を見たりしているときの浅い睡眠(レム睡眠)は、寝る前に学習したことを整理し、記憶として定着させる働きがあるのです。

近年、中高校生の多くは睡眠不足に陥っています。彼らの年齢層は、もともと夜型化し易いという生物学的な特徴を持っており、インターネットやスマホの普及で、より一層睡眠不足になり勝ちです。睡眠不足になると、記憶力が低下し、注意力が散漫になり、学業成績も落ちて行きます。感情も沈みがちに、無気力になるだけでなく、キレやすい性格にもなります。

睡眠が不足しがちな高校生に、昼休みに15分間の午睡をとらせたところ、午後の眠気が少なくなり、学力が向上したという研究報告や、記憶課題のトレーニング実験で、トレーニングの間に睡眠を挟みながら行うと記憶力がアップしたというデータもあります。一夜漬けの試験勉強でも、朝まで頑張って勉強するよりも、勉強をした後に適度に睡眠をとると寝ている間に学習したことが頭の中で整理され、記憶として定着することになります。

睡眠不足に悩まれている方は、ベッドでのスマホをやめ、朝の光で体内時計をリセットし、生活リズムを整えることが一番です。太陽の光には覚醒効果のあるブルーライトが含まれているのです。

「令和」の幕開け

「国民を思い、国民に寄り添う」という天皇陛下の即位でのお言葉には、多くの国民が大変親しみを感じたのではないでしょうか。小学3年生の孫娘もiPadの手を休め、テレビに映し出される天皇、皇后両陛下のお姿を食い入るように見つめていました。日本国及び国民統合の象徴としての天皇が、日本人みんなの尊敬する存在であること実感しました。皇室制は日本人にとっては当たり前のことですが、王室制のない外国人からは羨ましがられているのです。

私が住んでいる地域では「令和奉祝だんじり巡行」が開かれました。小雨降る中でしたが、沿道には多数の老若男女が訪れ、大変賑やかに門出をお祝いしました。お囃子とともに力を合わせて地車を引いた子どもたちにとっては、郷土への愛、新しい時代「令和」への思いが、生涯にわたり記憶として残ることでしょう。

データの不適切な取り扱いに惑わされないように  ーベイズ統計の応用を―

常日頃から、私自身は医学論文における統計解釈に疑問を感じ、また、国が行なっている各種調査や新聞、テレビのアンケート調査結果の見出しとその内容との齟齬に腹立たしさを感じていました。
ある日、大学生協書店で手にとってみた雑誌「ニュートン」2019年4月号に、「ゼロからわかる統計と確率」という特集で、ベイズ統計について大変分かりやすく説明されており、数学と縁のない人にも興味をもてるように編集されていましたので、是非みなさんにもお勧めしたく思います。
ここでは、あるがん検査の結果を知らされた時にどう判断するかについて紹介したいと思います。
がんと最終診断された患者さん100名のうち、このがん検査で80人が陽性を示し(真陽性率は80%)、20人が陰性でした(偽陰性率が20%)。一方、がんでない人100名についても同様に調べたところ、95名で検査陰性(真陰性率は95%)で、5名で検査陽性者(偽陽性率が5%)でした。
では、あなたが検診でこの検査を受けて陽性であったなら、どのくらいの確率でがん患者の可能性があると考えますか?
医師があなたに告げる、「がん患者の80%の人がこのがん検査で陽性でした。」という言葉だけで、たいていの受診者は自分が極めて高い確率でがんであると錯覚し、絶望的になるのではないでしょうか。しかし、ベイズ統計を用いると、この検査が陽性であっても、がん患者である確率は4.6%に過ぎなのです(国民一般のがん患者の割合を0.3%として計算した場合)。確かに、一般頻度と比べれば15倍ほど高いリスクですが、20人に一人かと思うと少しは安心します。
統計とは、現実の世界で実際に起きている事柄を、数値化、データ化したものであり、確率とはまだ起きていない未来の出来事を数学的に予測するものです。
医師は、統計データの不適切な取り扱いで、患者さんを混乱に陥れないように、くれぐれも注意するようにしなければなりません。人工知能、AIのシステムでは、このベイズ統計の手法が用いられているそうで、この面でも大変注目されています。
問題

体を動かしたい・だれかと遊びたいが子どもの欲求

春の訪れとともに、学校や幼稚園から帰った子どもたちが、街角の公園に一斉に飛び出し、大声を発しながら夕陽を浴びて走り回っています。子どもたちのもつエネルギーの逞しさは、周りの大人にも元気を与えてくれます。
現代の子どもの問題として、スマホ遊びがよく取り上げられますが、ここでは体を動かすことが優先して、誰一人としてスマホに触れている子はいません。子どもの身体が潜在的に持っている「体を動かしたい」、「だれかと遊びたい」という欲求を引き出し、しっかりと満たしてやることがいかに大切かよくわかります。
今の子育て支援は、お母さんが働きやすいようにと保育所の増設が中心で、子どもの視点に立った生活環境は後回しのようです。
遊び場こそが、地域の子どもたちとって一番大切な生活インフラです。地域のいろんな年代の子どもたちが、晴れの日も、雨の日も、集い、安心して走り回って遊べる場こそが、子どもたちの健やかな成長発達に欠かせないのです。
岡本梅林 2019.2.23.

連載 子どもの健康コラム139  2019.3.

あたたかい心を育むには 2019.2

1. 親を悩ませる「魔の2歳児」、「十代の暴走」

魔の2歳時 (Terrible two)や、思春期に見られる暴走行為は、早くから発達する大脳辺縁系(大脳旧皮質)と遅れて発達してくる大脳皮質前頭前野(大脳新皮質)の発達速度のギャップによるものです。大脳辺縁系は行動の促進系(アクセル)として働き、前頭前野は行動の抑制系(ブレーキ)として働きます。大脳辺縁系が急速に発達する2〜3歳児、および性ホルモンの働きで大脳辺縁系が急速に発達する思春期には、前頭前野が未発達であるため、抑制(ブレーキ)が効かず、暴走してしまうのです。

2. 感性豊かな心は、幼少期に育つ

乳幼児期には、光や音、その他の感覚刺激が周囲から流れ込み、この五感(視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚)が脳を刺激し、感性豊かな心、あたたかい心を育みます。子どもの五感が急速に発達し、これらの刺激が先ず伝わるのが、生後早い時期から発達する大脳辺縁系です。
大脳辺縁系は、感情・感性、記憶、および本能的行動をコントロールする中枢であるとともに、また報酬系としての働きも知られており、成功体験が自らの学習意欲を高める働きもあります。
認知能力(計算や文字、知識、思考する能力)は小学生になってからでも教えることができますが、非認知能力(感性豊かな心)が伸びるのは幼児期です。だから、幼児教育で大切なことは、子どもたちの五感を育てることです。
子育ても、教育でも大切なのが、報酬系をうまく活用することです。自らの成功体験が自らの学習意欲を高め、益々向上心が芽生え、自ら進んでチャレンジしていきます。子どもたちの学習意欲を高めるためには、上手に褒めてあげてください。

3. あたたかい心を育むには

あたたかい心は、幼少期に培った感性豊かな心から生まれてきます。
子どもたちの五感を育み、感性を育てるには、子どもたちの問いかけに、真正面から反応し、応えてあげることです。生後すぐの赤ちゃんでも目は見え、耳も聞こえています。赤ちゃんの目をじっと見つめていると、見つめ返してきます。この見つめ合いのことを、「まなかい(眼交)」と言います。この「まなかい」こそが、育児の原点です。目があうと、微笑み返してあげてください、赤ちゃんは、お母さんの微笑みで納得し、安心します。
最近では授乳しているときに、スマホに夢中になっているお母さんをよく見かけます。子どもが話しかけても、スマホに向かいながら返事をしておられます。いつもこのような態度で子どもに接していると、子どもの感性の芽を摘むことになります。

4. AIロボット時代の子育て

1) 赤ちゃんの脳発達がAIロボット開発のモデル

AIは、赤ちゃんの脳を模して作成された人工のニューロン・ネットワーク(神経細胞網)です。人間のニューロンは、使用していないと、「刈り込み」で消失しますが、AIは作ったニューロン・ネットワークをどんどん蓄積していきます。新しいニューロン・ネットワークを作り、蓄えていくAIロボットの能力に人間は敵いっこありません。

2) ペットロボットが子どもたちに大変な人気

「パロ」と呼ばれる、あざらしに似た形をした白い人工毛皮で覆われた日本製のペットロボットが、小児科の外来におかれています。パロは、子どもたちに大変な人気です。パロは、まぶた・首・前足・後ろ足を本物の生きもののようにリアルに動かし、「キュウキュウ」という可愛い鳴き声も発します。自分の名前を呼ばれると反応します。
パロには知能があり、感情を持ち、乱暴な扱いを嫌がり、触れ合い方により性格が変化し、飼い主の行動を学習する能力もあります。もっと進化すれば、他人とのコミュニケーションをとるのが下手な現代人の「こころの相談役」として、働いてくれるかもしれません。

3) AIロボットにもあたたかい心を

人間とAIがうまくやっていくためには、幼少時からAIと上手にコミュニケーションをとる能力を養うことが必要です。人間がAIをいつもいじめていると、AIは人間を憎み、報復するかもしれません。
人間の声は、いろんな情報を相手に伝えます。目を閉じて、声を聞いているだけで、相手の喜怒哀楽や健康状態もわかります。目も相手に多くのこと語りかけますが、声には人の意思がより豊かに、より正しく反映されています。AIロボットと上手に付き合うには、自分の考えや思いを正しく相手に伝える声の学習が大切になってきました。
人間社会では人付き合いの苦手な人も、AIロボットと一緒の生活であればうまくいくかもしれません。学校では、AIロボットとの友情を育む方法を学ぶ新しいクラスが始まります。
さあ、AIロボットと仲良くし、新しい家族生活の準備を始めましょう。

第25回日本保育保健学会 2019/5/18-9 @神戸 抄録

連載 赤ちゃんの四季 2018/2019

76. スマホとこれからの子どもたち

発展途上国の子どもたちが、iPadを手に楽しそうに談笑している姿、また学校教育現場でiPadが活用されている報道画面を見ていると、これら発展途上国の識字率が学習アプリの普及で大きく向上し、生活水準アップが期待できそうです。

日本では、子どもは「スマホ依存症」、「ゲーム依存症」になりやすいとの理由で、またSNSでの犯罪被害を恐れて、子どものスマホ使用には消極的な親が多いようです。子どもは、ルールがなければ何時間でもゲームしています。子どもが依存症にならないようにするには、親子の間で一定のルール作りをしておくことです。あなた自身が、お子さんと一緒にゲームを楽しんで上げてください。子どもが成功した時には、「ゲームへの集中力、細部への注意力の向上」を褒めてやることです。親子のコミュニケーションも良くなり、お互いの理解も深まります。SNSについても、自分の子が学校友達以外の不特定の集団の中に属していないか絶えず目を光らせてあげてください。家庭や学校でのきめ細やかな指導が不可欠です。

私たちの身の回りには、家電製品をはじめ、人工知能「AI」搭載の製品(IoT, internet of things)が次々と出回ってきます。私たちは、知らず知らずのうちに、「AI」の思いのままに行動しているような気がします。5つの感覚(視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚)をもつセンサ機能が改良されると、人工知能「AI」は人間と同じ知性を持つように進化し、近い将来には「AI」が人間社会の一員となるかもしれません。

これからの子どもたちは、次々と生み出されてくる電子通信機器や「AI」搭載機器とうまく共生していく必要があります。子どもをスマホから遠ざけるのではなく、学校においても、家庭においてもスマホを上手く使いこなす術を指導していくことがこれからもっと大切になるでしょう。(令和元年冬)

75. 子どもを虐待から守るには

子どもの虐待死亡事件の報道に、心を痛めておられる方が多いと思います。子どもの数が減少する中で、子どもの虐待死亡件数は毎年50名近くあり、減少する傾向は全くありません。一方、平成30年度の児童相談所への児童虐待相談対応件数は16万件にも上っています。この数は、18歳未満の子ども100人に1人が毎年虐待を受けていることを示しています。

この12月には、第25回日本子ども虐待防止学会を神戸ポートアイランドで開催します。参加者の多くは福祉・医療・保健・教育・司法・行政・NPO団体などで普段から虐待防止に取り組んでいる人々で、約2千名の参加が見込まれています。じつは、2001年にも神戸大学小児科が中心となり、神戸で第7回大会を開催しています。当時は、わが国でも子ども虐待が大きな社会的話題になり始めた頃でした。2000年に子ども虐待防止法が初めて成立し、児童相談所への児童虐待相談対応件数は今の10分の一、1万5千人程度でした。増え続けるその数に将来を案じていたのが、より厳しい現実となりました。

親から子への虐待、傷害致死事件では、10年以上の懲役刑の出る判決はまずなく、その量刑が軽いとの印象を持たれている方も多いのではないでしょうか。虐待死に至った背景として、➀予期しない妊娠/計画していない妊娠、妊婦健診未受診、母子健康手帳の未交付といった妊娠期・周産期の問題、 ②産後における心理・精神的問題、➂家庭の経済的困窮といった問題を抱えている事例が多く、全てを親の責任するのは酷との判断でしょう。しかし、子どもが虐待を受け、死亡に至っている事実は重く受け止めねばなりません。

「子育て支援を」、「子どもは国の宝」と選挙でどの候補者も声高に叫んでおられますが、その施策をみていると、保育所の増設や待機児童の減少が中心で、育てる側の身勝手が目立ちます。子どもは、朝早くから目をこすりながら、通勤列車に乗って「預けられ」、夕には「引き取られて」いきます。まるで手荷物の一時預けのようです。親も子も分刻みの生活を強いられているのです。

どうも、今の日本では、子どもの人権、子どもの尊厳は後回しになっているように思えてなりません。せめて乳幼児期だけでも、ゆったりとした時間の中で、親子が落ち着いて生活できる場を社会が提供することです。これしか、児童虐待から親子を守るすべはなさそうです。(令和元年秋)

74. 合計特殊出生率からみた世界

厚生労働省の発表では、2018年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの数)は1.42と3年連続の低下を示し、同年に生まれた子どもの数(出生数)は91万8千人と過去最少を更新し、3年連続で100万人割れです。

日本では、1947年の出生数が268万人、そのときの合計特殊出生率は4.54と高値でしたが、高度経済成長とともに1960年には2.0まで低下したのです。1975年以後は2.0を上回ることはなくなり、1.26まで低下したのが2005年です。その後わずかに増加はしましたが、政府の掲げる希望目標値1.8とは程遠いものです。

スエーデンのウプサラ大学の公衆衛生学の教授だったハンス・ロスリング氏の「ファクトフルネス」という書が、世界中で話題を呼んでいます。「あなたの”常識”は20年前で止まっている」という副題に惹きつけられて、私も手にとってみました。物の豊かな国に住むわれわれが普段目にする統計は、豊かな国同士を比較したものばかりで、発展途上国や最貧国の現状について自分自身があまりにも無知であることに気づかされました。

その本で、しばしば引用されている国連人口統計では、世界全体の合計特殊出生率は、1964年に5.06だったのが、2017年には2.42にまで低下しています。アジアだけみても、インドとインドネシアが2.3、バングラデッシュ2.1、ベトナム1.9、中国1.6、タイ1.5と経済発展とともに急速に低下し続けています。シンガポール、韓国、香港、台湾といった東アジアの国々は、我が国よりももっと低水準です。

今や、合計特殊出生率が4を上回っている国は、戦争の絶えない一部の極貧国だけです。かつての極貧国も日々経済成長を続けており、子どもの死亡率が低下し、やがて合計特殊出生率も2.0を下回るに違いありません。われわれは、世界の人口増加による食糧不足に怯えることはなさそうですが、地球規模での成熟した高齢者社会を遠からず迎えることになりそうです。((令和元年夏)

73. 睡眠不足は記憶力を低下させる

春の行楽帰りの電車の中、遊び疲れた幼子が身体を折り曲げ、ぐっすり寝込んでいます。令和という新しい時代を迎えての大型連休。帰り路の睡眠が、楽しかった一日の思い出を脳の奥深くにある海馬に、確かな記憶として刻み込んでいます。

睡眠には、浅い眠り(レム睡眠)と深い眠り(ノンレム睡眠)の2種類があります。レム睡眠は原始的な睡眠で、ノンレム睡眠は脳の進化とともに発達してきたもので、脳の休養、回復に役立っています。夢を見たりしているときの浅い睡眠(レム睡眠)は、寝る前に学習したことを整理し、記憶として定着させる働きがあるのです。

近年、中高校生の多くは睡眠不足に陥っています。彼らの年齢層は、もともと夜型化し易いという生物学的な特徴を持っており、インターネットやスマホの普及で、より一層睡眠不足になり勝ちです。睡眠不足になると、記憶力が低下し、注意力が散漫になり、学業成績も落ちて行きます。感情も沈みがちに、無気力になるだけでなく、キレやすい性格にもなります。

睡眠が不足しがちな高校生に、昼休みに15分間の午睡をとらせたところ、午後の眠気が少なくなり、学力が向上したという研究報告や、記憶課題のトレーニング実験で、トレーニングの間に睡眠を挟みながら行うと記憶力がアップしたというデータもあります。一夜漬けの試験勉強でも、朝まで頑張って勉強するよりも、勉強をした後に適度に睡眠をとると寝ている間に学習したことが頭の中で整理され、記憶として定着することになります。

睡眠不足に悩まれている方は、ベッドでのスマホをやめ、朝の光で体内時計をリセットし、生活リズムを整えることが一番です。太陽の光には覚醒効果のあるブルーライトが含まれているのです。(平成31年春)

 

72. 成育基本法の成立とフィンランドのネウボラ

昨年12月8日に、成育基本法が成立したのをご存知でしょうか。この成育基本法という法律には、全ての妊婦・子どもに妊娠期から成人期までの切れ目のない医療・教育・福祉を提供することの重要性が定められ、国や地方公共団体、関係機関に必要な施策を実施する責務が明記されています。

我が国では、妊産婦のうつ病・自殺、乳幼児虐待、思春期の自殺など、子育てに関わる問題が山積しています。そこで、注目されているのが、男女共同参画の先進国で女性のほとんどがフルタイムで働くフィンランドのネウボラです。ネウボラ (neuvola) はアドバイス(neuvo)の場という意味で、妊娠期から就学前までの子どもの健やかな成長・発達の支援はもちろん、母親、父親、きょうだい、家族全体の心身の健康も一元的にサポートしています。
フィンランドでは妊娠の予兆がある時点で、まずネウボラへ健診に行きます。ネウボラはどの自治体にもあり、健診は無料、全国でネウボラの数は約850か所あるそうです(人口540万)。妊娠期間中は少なくとも8-9回、出産後は15回ほど子どもが小学校に入学するまで定期的に通い、保健師や助産師を中心に専門家からアドバイスをもらいます。

社会全体が子どもの誕生を歓迎し、切れ目のない、包み込むようなフィンランドの子育て支援が、現在世界中で注目を集めています。日本国内においても、いくつかの市町で日本版ネウボラが試みられています。
新しく制定された成育基本法の基本理念は、これから生まれてくる赤ちゃんやお母さんを社会全体で守ろうという大変素晴らしいものです。その具体的な施策は、まだこれからのようですが、ネウボラが一つのモデルとなるでしょう。(平成30年冬) 資料:フィンランド大使館HP

 

71. 大人の百日咳が増えている

百日咳は2018年1月から5類感染症の全数把握疾患に指定されたことから、わが国全体の患者数を正確に把握できるようになりました。その結果、この4か月余りでの集計で、5歳未満は14%、5歳以上15歳未満が52%、20歳以上の成人症例が34%と、約3分の1が成人患者であることがわかりました。

DPT-IPV四種混合ワクチン(ジフテリア・百日咳・破傷風・不活化ポリオ)接種が、わが国を含めて世界各国で実施されており、その普及とともに各国で百日咳の発生数は激減しています。しかし、百日咳は感染力がとても強い疾患で(麻しんと同程度)、わが国では毎年数千人の百日咳患者が発生していると言われています。

乳児の百日咳は、特有のけいれん性の咳発作(痙咳発作)を示す急性気道感染症で、咳がひどい時にはチアノーゼを伴います。しかし、成人や百日咳含有ワクチンを接種した人が百日咳にかかっても重症化することはありません。その症状も典型的でなく、軽い咳が長引くだけで自然に治癒することが多いので、冬季に向かいウイルス性の風邪が流行し始めると見分けるのが難しくなり、大流行の元となります。

乳児では、母親から受け取る免疫(経胎盤移行抗体)が十分でないために、生後早期から罹患する可能性があります。新生児や6か月未満の乳児が百日咳にかかると、呼吸器不全に陥り呼吸停止など命に関わる大変危険な疾患です。
したがって、生後3か月になれば、できるだけ早い時期に四種混合ワクチンを接種することです。また、乳児期に百日咳ワクチンを接種していない学童や大人もワクチン接種されることをお勧めします。(平成30年秋)

70. 多様な性を受け入れる社会に


本年7月に、お茶の水女子大学が戸籍上は男性で、心の性別が女性のトランスジェンダー学生の受け入れ決定を発表し、日本もやっと多様な性を受け入れる社会に向かいつつあります。

性同一性障害(Gender Identity disorder, GID)とは、医療的なケアを必要とする場合の診断名です。トランスジェンダーとは、自分の生まれた時の社会的・法律的な性に違和感を持っている人を指し、医療的な治療を必要としない人も含めた呼びかたです。最近では、「LGBT」(Lesbian, Gay, Bisexial, Transgenderの頭文字をとったもの)が性的少数者の総称としてよく用いられており、その数は13人に1人に及んでいます(電通ダイバーシティ・ラボの20~59歳を対象にした調査、2016年4月)。

米国では、自らの生物学的性とは逆の性に社会的転換したトランスジェンダーの子どもたち、つまり、性同一性を支持されて社会的に公然と生きることを認められた子どもたちを、誰もが社会で目にするようになってきました。その結果として、社会的に転換したトランスジェンダーの子どもたちは、生まれたときの性別のままでいる子どもたちに比べ、抑うつ症状や不安症状をもつ割合が著しく低下したとの論文もあり、早期介入の重要性が指摘されています。

男の子の中には、ぬいぐるみやお人形遊びなどを好む子もいますし、女の子の中にも男の子のように木登りや動き回って遊ぶのが好きな子もいます。子どもの行動パターン、「男らしさ」、「女らしさ」は、子どもの生物学的な性と大抵は一致していますが、ときに一致しないこともあります。前回にも触れましたが、これらの行動パターンの違いは、生物学的な性よりも、お母さんの子宮内で男性ホルモンの影響で生じた脳の性差によるとの指摘もあります。

多様な性を受け入れる社会を目指す我が国においては、トランスジェンダーの子どもたちへの気づき・理解と家族への適切なアドバイスが求められる時代になってきたと言えます。(平成30年夏)

69. 男らしさは、胎児期に芽生える
男性ホルモン(アンドロゲン)と呼ばれるステロイド・ホルモンの代表がテストステロンです。男性ホルモンというと、筋肉増強剤、スポーツ選手のドーピンをイメージされる方が多いと思いますが、筋肉や骨の形成だけでなく、男性の性機能、脳の男性化に働き、冒険心・闘争心を高めます。

胎児はみんな、女性ホルモンの環境下にあります。男児のみは、妊娠6週から24週にかけてアンドロゲンが大量に胎児の精巣から分泌され、「アンドロゲン・シャワー」と呼ばれる状態になります。男性生殖器が発達し、脳は女性的特徴を失い、男性化します。早産で生まれた新生児男児のペニスは大きく、ときに勃起しているのに驚かされます。

もし、胎児期に「アンドロゲン・シャワー」の洗礼を受けていなけば、たとえ染色体が男性型(XY型)であったとしても、出生時にはペニスは小さく、社会的に女性と判定されてしまいます。一方、先天性副腎過形成と呼ばれる病気では、染色体は女性型でも、副腎で大量にテストステロンが産生されるために、出生時には陰核が肥大しており、男性と間違われたりします。胎児期における血中テストステロン量が男らしさの発現に関わっているのです。

思春期になると、女性は卵巣から女性ホルモンであるエストロゲンが、男性では精巣からテストステロンが大量に分泌され、女らしさ、男らしさが際立ちます。健常成人女性の血中テストステロン・レベルは健常成人男性の5~10%程度と低いですが、ゼロではありません。これは、テストステロンが精巣だけでなく、副腎や卵巣からも分泌されているからです。男性的な振る舞いをする女性では、血中テストステロン値が高いことも珍しくないのです。(平成30年春)

いま選ぶとしても新生児科医だ

私は、この50年間新生児医療に関わりを持ち続けながら生きてきた。楽しかったこと、辛かったこと、いろんな方々との出会いを振り返っていると、今もまた、50年前と同じように大きく激動する時代を迎えようとしている気がしてならない。

1. 昭和50年代は新生児医療のベル・エポック

3年間のパリ大学医学部新生児センターへの留学の後、母校神戸大学医学部小児科の助手として昭和47年秋に帰国した。パリ大学のNICUには、RDSの治療にレスピレーターがところ狭ましと並んでいたが、日本では未だ輸液療法が中心で、日本と欧米との新生児医療水準の差に愕然とした。

帰国後間もなく、日本の小児麻酔の草分けである岩井誠三先生が国立小児病院から神戸大学の教授に赴任してこられたことが私にとって幸いだった。岩井先生のお陰で、人工呼吸器ベビーバードをはじめ、欧米から取り寄せられた最新の医療機器が、業者の手で新生児室に次々と持ち込まれてきた。

A. 相次ぐ多胎児の誕生

未熟児医療が広く世間に知られるようになったのは、1976年1月の鹿児島市立病院での5つ子誕生ではないかと思う。馬場一雄先生や山内逸郎先生ら日本の新生児学のスペシャリストが総力を挙げ、全員元気に退院したという報道があったからだ。

同年9月には、神戸で6つ子が誕生し、これも連日大きく報道された。一人は死産で、後の5人は900gに満たない超早産低出生体重児、いずれも重度の呼吸障害があり、レスピレーターを必要とした。なんとか620gで生まれた女児ひとりだけが無事退院することができ、ほっとした。

この子は、その後2年間ほど最軽量の出生体重児としての世界記録を保持していた。何よりも嬉しいのはこの子が成人し、結婚式に参列できたこと、元気な正期産児を出産したという報を頂いたことである。新生児科医としての最高の幸せを体感させてもらった。

B. 新生児医療が近代医療のトップランナーに

新生児医療がマスコミで取り上げられるようにはなったが、「私は新生児科医です。」と自己紹介すると、「ああ先生は産婦人科医ですか。」という答えが返ってきた。昭和50年代の前半には、医療関係者でさえ、小児科医の中においても、まだまだ「新生児科医」は定着していなかった。

しかし、この昭和50年代の10年間には、人工呼吸器、各種モニター、新しいカテーテル・カニューレなどが次々と生まれ、まさに日進月歩、あっという間に欧米の医療技術水準に追いつく夢のような時代であった。この時代の先導役が、米国留学から帰国した気鋭の新生科医、名古屋市大の小川雄之亮であり、北里大学の仁志田博司たちであった。

栄養チューブや輸液療法のカテーテル、翼状針などは、新生児室発の新しい医療材料であり、呼吸循環モニター機器類を最初に臨床現場に持ち込んだのは新生児科医と麻酔科医だった。日々自らが実践している医療行為は、全て斬新なものであり、価値ある研究論文として評価された。新生児医療は、一躍近代医療のトップランナーに躍り出て、多くの若い医学徒たちがNICUを志望したのもこの時代だった。

2. 日本の新生児医療が欧米に追いついたと実感したとき

A. 米国小児科学会でアンバウンドビリルビン測定法を発表

国立岡山病院の山内逸郎先生から米国小児科学会事務総長をされていたAudrey K. Brown教授を紹介して頂き、ペルオキシダーゼを用いた新しいアンバウンドビリルビン測定法を1984年(昭和60年)春の米国小児科学会で発表する機会を得ることができた。今日では毎年、日本からも数多くの演題が発表されているが、当時は現地に留学中のごく少数の日本人に会うぐらいで、日本からの演題は極めて限られていた。国立岡山病院の山内芳忠先生も山内逸郎先生とご一緒に、Brown教授の推薦で「ミノルタ経皮的黄疸測定器」について前年に発表しておられた。

この渡米は、私にとって生まれて初めてのものであり、英会話もあまり堪能でなかったので、予行演習を兼ねて学会の開催される3週間ほど前に渡米し、Brown教授のおられるニューヨーク州立大学を初め、ペンシルバニア大学のJohnson教授、スタンフォード大学のStevenson博士らの米国における新生児黄疸研究の第一人者の教室を訪ね、講演する機会を設けてもらった。そのときは大変緊張したが、この体験がのちに私の大きな自信につながった。

B. 人工肺サーファクタントTA (PSF) の臨床試験

日本の新生児医療水準を一気に世界のトップレベルまで引き上げたのは、岩手医大の藤原哲郎教授の開発された「人工肺サーファクタントTA(PSF)」だ。米国小児科学会での藤原教授の発表は聴衆の方々に大きな感動を与えた。

私は、日本におけるPSFの多施設共同臨床試験の世話人の一人に指名された。臨床試験は、いまでは当たり前のようになっている二重盲検試験だった。このPSFの臨床試験では、試験群なら投与後10分もしないうちにtcPO2が急上昇するので、誰の目にもはっきりと判るものだった。プラセボ群のくじを引くと、じっと我慢しなければならない残酷さは臨床医として本当に辛いものであった。

でも、この臨床試験をルール違反や欠測値を最小限に抑えて成功できたのは、本剤の1日も早い臨床使用を夢見ていた全国の新生児科医が、心を一つにして参加したことにあったと思う。この経験が、我が国の新生児医療水準を一気に向上させ、また施設間の連携を強化させ、世界最高レベルの新生児死亡率へと押し上げた。

3. いま選ぶとしても新生児科医

21世紀は、AI・ロボット時代である。医療がAI・ロボットでどのように変わっていくかは興味深い。一番にAI・ロボットに取って代わられるのが、五感を使って判断する診断技術、とくにこれまで専門医が一手に引き受けていた分野、それと医療事務処理と言われている。直接患者さんの感性に働きかける看護業務や介助業務はAI・ロボットでの肩代わりは後回しになりそうだ。

小児科領域では、先天異常や感染症・がんの診断は、これまでの情報量も多く、AI・ロボットが主役になりそうだ。でも、治療になると患者さんの個別性が大きく、小児科医の人間性が役立ちそうだ。いま、ワクチンの充実で子どもの感染症は少なくなったが、発達障害や心の問題は、AI・ロボットだけでは対応できない大きな課題となろう。

私の世代が昭和50年代に新しい医療機器類で体験したワクワク感と同じ、否それ以上の期待感でいっぱいだ。人生の出発点に立ち会う新生児科医が、新生児とAI・ロボットとの接し方の道筋を決める重大な役割を担う日もそう遠くはない。

新生児センターや保育所・幼稚園・学校でも、人間とロボットとの共同作業が始まると、どんな子に育っていくのだろうか? 人間だけで育てている今以上に、あたたかい、思いやりの心を持った大人に育っていくような気もしないではない。 2018.12

中村 肇 神戸大学名誉教授  小児科臨床「リレー随想」より、Vol.72 No.1, 2019 pp46-48