私が、神戸大学を退官して早20年余りになります。先般、久しぶりに大学病院を訪れ、あまりの変わりように驚かされました。DX化が進み、何だか別世界に来た感じです。スタッフの皆さんも顔見知りの方はほんの数名、世の移り変わりを感じます。
昨年の国内の出生数は過去最少の72万988人、この1年間で5.0%も減少し、9年連続で最少を更新しています。この値には日本で生まれた外国人などが含まれており、6月に発表される日本人のみの出生数は、70万人を割り込む公算が大きいようです。これは、私の現役時代の3分の一です。ふと自分の周りを見回すと、高齢者ばかり。65歳以上が総人口の30%を占めているのです。
一方、厚労省発表による小児科医師数は、この10年間で1万4,156 人から1万7,997人へと20%余り増えており、小児医療のクオリティーの変化の大きさを物語っています。
トランプ大統領が就任演説で語った「常識の革命」
国内では、災害対策と高齢化社会が話題の中心でしたが、このところ、アメリカ、否世界中の国々がトランプ大統領に振り回されています。トランプ大統領は、アメリカ第一主義、「国力増強」主義を旗印にし、自らの政策を、「常識の革命(the revolution of common sense)」と呼んでいます。
「常識の革命」の筆頭となる政策は、徹底した不法移民と犯罪組織の取り締まり。次いで、脱炭素政策に終止符を打ち、化石燃料を最大限に活用しながらアメリカを「製造国」に戻し、さらにはアメリカの労働者の生活改善のために、高関税政策で貿易不均衡の是正を目指すというものです。
強い軍隊を持つこと、神への信仰を持つこと、そしてアメリカを特別な国と信じる「例外主義」を信奉する彼の考えが、いまの米国民に支持されているようです。
DEI(ディー・イー・アイ)」の看板を下さないで
DEIとは、「Diversity(多様性)」・「Equity(公平性)」・「Inclusion(包括性)」の頭文字からなる略称です。これは、近年の企業理念として国際的に掲げられてきたものです。私が、DEIという言葉をはじめて耳にしたのは20年前に、神戸に本社のある外資企業 P&G Japan の女性会社役員の方からです。医療・福祉に携わる私は、何の違和感もなく受け入れました。その後、日本政府・企業も、DEI推進を掲げてきたのです。
ところが、最近のマスコミ報道によりますと、米国の企業がDEIの看板を下ろし始めているそうです。マクドナルドやメタに続いて、小売り最大手のウォルマートも方針転換を。特定のマイノリティーへの過度な優遇は、他の従業員への差別にあたるとの批判があり、働き手の意欲を低下させるというがその理由のようです。
私が案ずる今後の医療・教育政策
トランプ大統領の主張する「常識の革命」は、社会文化面にも及び、性別を男性と女性の二つに限定すること、ワクチン忌避を認めることを明言しています。世界中の科学者たちが、長年に渡る国際的な話し合いの中で積み上げきたコンセンサスを、一瞬にして反故にされかねない状況です。
最近の報道では、トランプ米政権の意向に沿った「改革要求」を拒絶したハーバード大学が、22億ドル(約3,130億円)以上の複数年にわたる補助金を凍結されました。大学は「学問の自由」にかけて抵抗を続けていますが、財政上の危機を持ちこたえることができるか大きな話題となっています。
日本の国立大学が独立行政法人化した20年前の混乱を思い出します。それまで、大学人は、「学問の府」、「学問の自由」といった言葉を口にしていましたが、法人化とともに、大学運営資金をいかに確保するかが大学内での話題の中心になったのです。
我が国の医療では、国民皆保険制度が大きな曲がり角に来ています。小児医療についても、小児科医が医療制度のあり方に積極的な発言をしなければ、DEIの精神とは程遠い制度になりそうな予感がします。小児科医の役割は甚大です。
神戸大学小児科同門会誌への寄稿文より 2025.4.19.