Krammer F. Review: SARS-CoV-2 vaccines in development. Nature. 2020 Oct; 586(7830): 516-527. PMID: 32967006. の抄訳です。
SARS-CoV-2に対するワクチンの開発は、ウイルスの遺伝子配列が2020年1月初旬に利用可能になったときに開始され、前例のない速度で進んでいます。2020年3月に第I相試験が開始され、現在、180を超えるワクチンが開発途上のさまざまな段階にあります。
著者は、効果的で安全なワクチンが、数年単位ではなく数ヶ月以内に入手可能になる可能性があること述べています。
ここでは、第III相臨床試験まで開発が進んでいるワクチンのいくつかについてのみ邦訳しましたので、参考にしてください。
開発中のワクチンの種類
ワクチン開発のプラットフォームとしては、
- 従来からのアプローチ(不活化ワクチンまたは生ウイルスワクチン)、
- 最近認可されたワクチン(組換えタンパク質ワクチンおよびベクターワクチン)のプラットフォーム、
- 認可されたワクチンがまだないプラットフォーム(RNAおよび DNAワクチン)
の3つに大別されます。
1。不活化ワクチンの開発状況
不活化ワクチンは、細胞培養、通常はベロ細胞でSARS-CoV-2を増殖させた後、ウイルスを化学的に不活化することによって、比較的簡単に製造できます。ただし、それらの収量は、細胞培養におけるウイルスの生産性とバイオセーフティーレベル3の生産施設の要件によって、制限される可能性があります。
不活化ワクチン候補には、中国のSinovac Biotechによって開発中のもの以外に、CoronaVac(当初はPiCoVaccとして知られていた)、および他のいくつかの候補も中国で開発中です。インドのBharat Biotech、やカザフスタンの生物学的安全性問題研究所のもあります。
これらのワクチンは通常筋肉内に投与され、ミョウバン(水酸化アルミニウム)または他のアジュバントを含んでいます。ウイルス全体が免疫系に提示されるため、免疫応答は、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質だけでなく、マトリックス、エンベロープ、および核タンパク質も標的になっている可能性があります。
いくつかの不活化ワクチンの臨床試験が進められており、中国から3件が第III相試験に、インドから1件、カザフスタンから1件、中国から2件が第I相または第II相臨床試験に参加しています。
2。非複製型ウイルスベクターワクチンの開発状況
非複製型ウイルスベクターワクチンは、最も大規模に開発が進められているワクチンです。 この種のワクチンは通常、スパイクタンパク質を発現するように設計されており、そのゲノムの一部が削除されているためにin vivoでは複製できないようになっています。
大部分は、アデノウイルス(AdV)ベクターに基づいていますが、改変ワクシニアアンカラ(MVA)、ヒトパラインフルエンザウイルスベクター、インフルエンザウイルス、アデノ随伴ウイルス、センダイウイルスも使用されています。
これらのベクターの大部分は筋肉内投与されます。ワクチン接種を受けた個体の細胞に入ったベクターは、次にスパイクタンパク質を発現し、これに宿主の免疫系が応答する仕組みです。
これらのアプローチには多くの利点があります。 ワクチン生産中に、生きたSARS-CoV-2を処理する必要がないこと。これらのベクターのいくつかを大量に生産した豊富な経験があることです(エボラウイルスに対するワクチンが最近欧州連合で認可されています)。また、これらのベクターは、B細胞およびT細胞応答の両方に良好な刺激を示します。
不利な点は、これらのベクターのいくつかが、すでに体内で生じているベクターに対する免疫によって影響を受け、部分的に中和されることです。この反応は、ヒトでは稀なウイルスか、動物に由来するウイルスか、あるいはあまり免疫を誘導しないウイルス(例えば、アデノ随伴ウイルス)を使用することによって回避できます。
さらに、prime–boost regimensを使用する場合、ベクター免疫が問題になる可能性がありますが、これは、あるベクターでプライミングし、別のベクターでブーストすることで回避できます。 SARS-CoV-2に対するいくつかの非複製型ウイルスベクターワクチン候補は、臨床開発において一番進歩しています。
the University of Oxford—AstraZeneca のワクチン、ChAdOx1nCoV-19(チンパンジーAdVに基づく)については、NHP試験およびヒトでの臨床試験の結果がすでに報告されています。 Janssen(AdV26ベースのベクターを使用)およびCanSino(AdV5); さらに、ガマレヤ研究所(Ad5 / Ad26)のワクチンは第III相臨床試験中であり、ReiThera(gorilla AdV)は第I相試験中です。
3。RNAワクチンの開発状況 2020-11-9に追加
RNAワクチン(図3l)は比較的最近の開発されたものです。DNAワクチンと同様に、抗原自体の代わりにRNAを介して抗原の遺伝子情報が配信され、ワクチン接種を受けた個体の細胞内で抗原が発現します。
mRNA(修飾あり)または自己複製RNAのいずれかを使用します。mRNAを用いる場合には、それ自体を増幅する自己複製RNAよりも高用量が必要であり、RNAは通常脂質ナノ粒子(LNP)を介して伝達されます。RNAワクチンは近年大きな期待を担っており、ジカウイルスやサイトメガロウイルスのためのワクチンが開発中です。
SARS-CoV-2に対するワクチンとして、数多くのRNAワクチン候補の研究が進められており、前臨床試験で有望な結果が報告されています。ファイザーとモデルナは現在第III相試験を、CureVacとArcturusはフェーズI / II、インペリアルカレッジロンドンと中国解放軍からのワクチン候補はフェーズI試験中です。これらの技術の利点は、ワクチンを完全にin vitroで製造できることです。しかし、その技術は新しく、冷凍保存が必要なため、大規模生産や長期保存の安定性に関してどのような問題が発生するかは不明です。さらに、これらのワクチンは注射によって投与されるため、強い粘膜免疫を誘発する可能性は低いようです。
ファイザーのBNT162b1およびBNT162b2
ファイザーは、ドイツの企業BioNTechと共同で、18〜55歳の健康な成人45人を対象としたBNT162b1の進行中の第I / II相ランダム化プラセボ対照オブザーバーブラインド用量漸増試験のデータを最近発表しています(NCT04368728)。
BNT162b1は、脂質ナノ粒子(LNP)で伝達されるmRNAベースのワクチン候補で(図3l)、受容体結合部位(receptor-binding domain, RBD)の三量体を発現させたものです。
10μg、30μg、100μgのRNAの3つの用量を、3週間間隔で接種しました(プライムブーストワクチン接種レジメン)。RBDに対するELISA結合とSARS-CoV-2レポーターウイルス(IC80)の中和反応をテストしました。
1回目投与の3週間後の中和力価は一般的に低かった(ワクチン候補mRNA-1273のものと同様に)。 2回目投与の7日後においては、2つの異なる用量で1:168および1:267の幾何平均抗体価(geometric mean titer:G.M.T)が検出され、安全性プロファイルが好ましくなかったため、100μg群には追加免疫投与を行いませんでした。
ブースト後14日で、力価はそれぞれ1:180と1:437にまで達しており、回復期の血清でも1:94の力価に達していました。しかし、これらの結果が代表的なものであったかどうかは不明です。
初回投与後の全身性有害事象は用量依存的であり、発熱が含まれており、特に100μg群では50%の被検者に見られ、また倦怠感、頭痛、悪寒も見られました。 mRNA-1273と同様に、追加免疫投与後の副作用はより一般的であり、30μgグループでは被検者の70%以上が発熱を認めました。 30μgグループの被検者1名でグレード3の発熱が、100μgグループの1名で睡眠障害がみられ、重篤な有害事象として報告されました。100μgグループの参加者は、プライム後の100μg用量とブースター用量試験を受けていません。
追加の研究で、ファイザーは最近、BNT162b1とBNT162b2の直接比較を報告しています(NCT04368728)。BNT162b2はBNT162b1に似ていますが、2つの安定化プロリン残基を持つ完全長のスパイクタンパク質をコードしています。 2つの候補間の抗体価は同等でしたが、BNT162b2はより好ましい安全性プロファイルを示しました。 この試験には、高齢者(65〜85歳)のグループも含まれています。両方のワクチンの反応原性は、高齢者グループの方が若い人に比べて低かったようです。しかし、抗体価も低く、GMTは若い人の約40%でした(表2)。 BNT126b2は、現在、健康な成人および高齢者グループを対象とした第III相試験中です(NCT04368728)。
NHP (nonhuman prime study) のまとめ
2020-11-3に追加
参考メモ:ワクチンで懸念される副反応
新型コロナウイルスワクチンでもっとも懸念される副反応は、ワクチンによって逆に感染が悪化してしまう病態、すなわち、抗体依存性感染増強現象 (Antibody-dependent enhancement: ADE) とワクチン関連増強呼吸器疾患 (Vaccine-associated enhanced respiratory disease: VAERD)です。
ADEは、ワクチンによって産生された抗体が、ウイルス感染を防ぐのではなく、逆にFc受容体を介してウイルスが人間の細胞に侵入するのを助長し、ウイルス感染を悪化させてしまう現象です。これは、ウイルスに対する中和作用の低い抗体が多く産生される場合に生ずる現象です。
VAERDも、また同じくワクチンによって中和作用の低い抗体が多く産生される場合に生ずる現象です。この中和作用の低い抗体は、ウイルスと免疫複合体を形成し、補体活性化を惹起して、気道の炎症を引き起こします。
ADEやVAERDといった副反応を防ぐには、高い中和作用を持つ抗体を産生させ、かつTh1細胞優位の免疫反応を惹起するワクチンの開発でなくてはなりません。
1日も早いワクチン供給が待たれますが、安全供給のための臨床試験、ワクチンの供給体制の整備、認可後の予防接種有害事象のモニタリング体制の整備が重要なようです。