オードリー・タンさんと自立共生社会

台湾では、デジタル担当閣僚オードリー・タンの卓越した能力により、新型コロナ流行当初にデジタルを活用し、マスク在庫状況をはじめ感染状況の可視化で、流行を最小限に抑えたとの報道に驚かされた方は多いと思います。

彼女が中学生の時に女性へのトランスジェンダーであること以外、あまりよく知りませんでした。最近、偶々テレビを観ていたら、オードリー・タン女史が落合陽一氏との対談番組(10月3日放映NHK)に出演しておられ、彼女のひとつひとつの言動が、新型コロナの流行と自らの病で落ち込んでいた私を、大いに勇気付けてくれました。

ポストコロナ社会についてはいろんな人が語っていますが、テレワークとデジタル化というだけで、一体どんな社会が待ち受けているのか、よくイメージできずにいました。ところが、19歳で渡米して、アップル社においてSiri開発の立役者であった彼女には、この2020年を境にどのような社会が待ち受けているのか明確にイメージできているようです。

そのキーワードは、Diversity & inclusion(多様性を取り込んだ社会)とConviviality(自立共生社会)のようです。これらは決して新しい考えではありませんが、彼女にはデジタル空間の無限の可能性により、これらの実現への道筋がイメージできているようです。

彼女はミレニアル世代のトップランナーです。

ミレニアル世代とは、1980年から1995年の間に生まれた世代と定義されています。2020年に25歳から40歳を迎える世代です。この世代がこうして括られるのは、その成長がデジタルの台頭とともにあったためです。この生まれながらにして、デジタル化という激動の中で育った彼女だからこそ、新しい時代を先導するエネルギーがあるようように思えてなりません。

Conviviality(自立共生社会)とは

タン女史が語るConviviality(自立共生社会)とは、今日のような産業社会における人間性の喪失について述べているイヴァン・イリッチ著の「Convivialityのための道具」という1973年に出版された本に由来するもののようです。行き過ぎた産業主義社会が、人々を単なるサービスの消費者にしてしまったことが問題であると指摘し、自立共生な社会のあり方が述べられています。

本書が刊行されたのは1973年です。我が国においても、戦後の高度経済成長により貧富の格差が拡大した時期であり、インターン闘争・大学医局ボイコットに始まり、全国的に広がった大学紛争の時代です。まさに産業中心主義に世の中が大きくシフトしていく時代でした。この書をいまミレニアル世代が手にして読んでいるという巡りあわせが私には驚きです。

個々人の尊厳をベースにした真の自立共生社会は、ユートピアの世界であると、私の世代は大学紛争後ずっと思い続けていましたが、彼女が言うようにデジタル社会の到来でそれも決して実現不可能な課題ではなさそうな気もしてきます。

彼女曰く、デジタルは無限の資源だそうです。 

彼女が目指している「自立共生社会」は、一地域、一国だけでなく、地球全体での共生社会です。彼女がすでに取り組んで、実現しているのが台湾での選挙制度です。より民主的な選挙を行うためには、有権者一人1票ではなく、99枚のカードが与えられ、1票につき1枚、2票には4枚、3票には9枚と票の倍数のカードを必要とするそうです(Quadratic Voting、倍数投票)。また、4年に一度の選挙ではなく、デジタルを活用すれば毎日でも国民投票が可能だと言います。

いま、米国で行われている大統領選挙の報道を見ていると、何だか滑稽です!

民主主義国家と言いながら、所得格差が拡大しているのは、選挙が終われば、一部の特権階級に有利なように政府が動いているからでしょう。多くの国が採用している間接選挙制度の根底からの見直しが必要な時代になっているようです。

真の民意が、政府の施策に反映されるような社会になるのが楽しみです。選挙制度改革は自立共生社会実現への第一歩でしょう。

2020-10-14

参考論文

イヴァン イリイチ( Ivan Illich)著, 渡辺 京二, 渡辺 梨佐 訳:コンヴィヴィアリティのための道具 (ちくま学芸文庫) (日本語) 文庫 – 2015/10/7

安田智博:産業社会におけるコンヴィヴィアリティのための道具の条件とは何か。Core Ethics Vol. 15: 175-184, 2019

Radical Democracy ― 革命的な民主主義を実現するためのQuadratic Votingについて https://alis.to/AB2/articles/aoNXAZLjkY0q 参照。Quadratic Votingがなぜ民主主義をアップデートできるのか。現状の民主主義の問題を理解するために、少し歴史を振り返りながらQVの有用性について説明されている。

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