唐招提寺御影堂障壁画展をみて

神戸市立博物館では、東山魁夷の唐招提寺御影堂障壁画展が4月末から6月6日まで開催されています。宣言解除を待っていたのですが、制限緩和もあり、家内の誕生祝いをかねて、昨日午後に鑑賞に出かけました。

鑑真和上千二百年忌を記念して、国宝鑑真和上坐像安置のための御影堂が1964年に現在地に移築し、当初の姿に復元されました。東山魁夷は和上の強い精神力への讃仰の心から制作を引き受け、1970年から10年以上の歳月を費やして、唐招提寺御影堂障壁画を完成したのです。

障壁画「山雲」、「濤声」から伝わる精神的力強さは、コロナ禍の現代人を勇気付けてくれます。東山魁夷は、神戸で少年時代を過ごしており、六甲の山・海が影響しているのかもしれません。


唐招提寺御影堂障壁画山雲(部分)1975


唐招提寺御影堂障壁画桂林月宵(部分)1980

2021.6.3.

反日デモの渦中での桂林旅行の思い出

お月さまには、いろんな顔が

スーパームーン皆既月食 2021.5.26

5月26日には、日本中で「スーパームーン皆既月食」が見られるとのこと楽しみにしていましたが、神戸ではあいにくの曇り空、お月さまを見ることができませんでした。
沖縄では、よく晴れており、午後8時から40分間追跡したビデオフイルムを、「宇宙の神秘 赤銅色に輝く満月」として琉球新報が公開しています。ビデオを見ているだけで、神秘的な思いがこみ上げてきます。

月は地球から遥か離れたところにある
地球から38万kmも離れたところにあり、月の光(正確には太陽の光を反射した光)が、地球に届くまでに約1.3秒もかかるそうです。
夜空に見える月は、太陽と同じくらいに大きく見えるのに、実際の大きさは直径約3,470kmで地球の4分の1、太陽の400分の1しかありません。

人類初の月面着陸に成功したアポロ11号

1969年7月20日、人類初の月面着陸に成功したアポロ11号は、102時間かけて月に辿り着いたそうです。翌年1970年の大阪万博では、アポロ宇宙船が月から持ち帰った石が展示され、大きな話題となったのが思い出されます。月面着陸から半世紀、月周回旅行が計画される時代となりました。

月はいつまでも神秘に満ちた星であり続けてほしい
満月の日には、産卵の為に上陸するウミガメの数が増えるそうです。満月の日は大潮になる為、干潮と満潮の差が大きくなり、時間がかかるウミガメの産卵には適しているからと言われています。
かつては、町全体が今日のように明るくなく、満月の明るさは格別でした。月を愛でながら、語り合うのが私たち世代の青春でした。月がいつまでも、遠い世界の神秘に満ちた星であり続けてほしい気がします。

渋沢栄一と「論語と算盤」

2021-5-10

渋沢栄一は、「論語」に象徴される道徳や公益性を追求しながら、「算盤」に象徴される実業やビジネスに遭遇する人生に全うしました(1840-1931)。渋沢自身は、経済発展が必要と考え、実業をもってそれを支えました。

『論語』で一生を貫くとは

宋王朝の名臣・趙普が、「「論語」の半分を使って自分が仕えている皇帝を助け、残り半分を使って自分の身を修める」を引用しながら、

「私は『論語』で一生を貫いてみせる。金銭を取り扱うことがなぜ賤しいのだ。君のように金銭を賎んでいては、国家は立ち行かない。民間より官の方が貴いとか、爵位が高いといったことは、実はそんなに尊いことではない。人間が勤めるべき尊い仕事はいたるところにある。官だけが尊いわけではない。」と渋沢は述べています。

商業道徳と信用

経済ですから、競争も当然発生しますが、そこに騙す、邪魔をする、貶めるといった悪意の競争は一切排除し、正当な競争のみに励むことが、商業道徳であるとも言っています。

欧米人から見れば、「当時の日本人は約束を守らない」と映っていたようです。その理由は、日本人は、組織の意向に忠実で、自分個人の発言を悪びれずに撤回する習性があったようです。渋沢栄一は、経済を回すには、信用を得る大切さを強調しています。

渋沢栄一曰く、

  • 方針を決める際には、まず道理にかなうかを考える。
  • 次に、その道理に従えば国や社会の利益になるかを考える。
  • そして最後に、自分のことを考える。この順番を徹底していたようです。

現代における経済至上主義と地球環境の破壊

私自身、小児科医の道を歩み始めた時には、「医は仁術なり」の時代であり、学問の自由・大学の自治は不可侵の領域でした。高度経済成長、また経済のグローバル化とともに、経済至上主義へとシフトしました。「医は算術」となり、医学研究の評価も経済的効果、費用対効果が基本尺度となりました。

私たち世代がおかしてきた重大な間違いは、自らの行動評価判定を現代にのみ向けており、未来への配慮に欠けていた点です。そのつけが地球環境の破壊です。

岡本ばら園 2021-5-3

 

子ども庁とは、一体なあ〜に?

菅義偉首相は4月5日の参院決算委員会で、「児童虐待の防止には警察庁や文部科学省、法務省や総務省など多くの省庁が関係しており、子どもの命のために何が必要か、縦割りを打破し、組織の在り方を抜本から考える必要がある」と、「子ども庁」の設立を検討するように指示したとの報道があリました。

「子ども庁」という名称から、政府として「子どもは国の宝」という夢を実現するための施策と考えましたが、文面からは、近年増加の一途をたどる児童虐待被害児童への対策として政府組織の改革が狙いのようです。

「認定こども園」なる教育・保育を一体的に行う制度もできました。でも、保育園は厚生労働省、幼稚園は文部科学省と所管が異なっています。子どもの健康管理も、就学までは厚生労働省、就学後は文部科学省の管轄です。

最近よく話題となっている「ヤングケアラー」や「ひとり親家庭」など、子どもの貧困の問題が、「児童虐待」とともに大きな社会問題です。
「子ども庁」が、子どもの抱える問題を一元的に取り上げ、解決に向けた施策を打ち出してくれることを期待します。

警察庁「令和2年における少年非行、児童虐待及び子供の性被害の状況」

2030年:全てが「加速」する世界に備える

「2030年:全てが「加速」する世界に備えよ」という非常にセンセーショナルなタイトルの本が、2020年末にニュースピックス社から出版されました。

著者のP.デイアマンデスは

XプライスCEOであり、シンギュラリティ大学の創始者です。1961年生まれ。宇宙開発企業スペースXの創設者であり、電気自動車企業テスラの共同創設者であるイーロン・マスクの盟友とも言われています。

本書の内容は、量子コンピューター、人工知能(AI)、ロボティクス、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、材料科学、ネットワーク、センサー、3Dプリンティング、拡張現実(AR)、仮想現実(VR)、ブロックチェーンなどの最新の開発状況を紹介しながら、10年後の世界を予測しています。

すでに日本の街中でも、試験的に自動運転の電気自動車が走行する時代となっています。2030年には、空飛ぶ車やイーロンマスクが考える「ハーパーループ」。磁気浮上技術を用いて筒状の真空チューブ内で、乗客を乗せた「車両」が最大時速1,200キロで走行する高速交通ネットワークがカリフォルニアで計画されています。惑星への移住も夢の話ではなくなってきたようです。

Expotential Technology and Convergence

テクノロジーの進歩は、これまでからエクスポテンシャル(指数関数的)な成長を遂げきたのを我々は目にしてきました。いま世界では、すでに開発されたテクノロジーのコンバージェンス(統合)が進んでおり、これまでSFの世界と考えられていたことが現実となりそうです。

エクスポテンシャルなテクノロジーは、製品・サービス・市場を破壊するだけでなく、コンバージェンスが起こると、まさに「破壊的イノベーション」となり、これまでとは全く違った社会となります。医療や教育も大きく変化しています。

馬が荷車をひいてた時代から自動運転車の時代に

戦後、私が小学生の時代には、馬が荷車をひいており、道には大きな馬糞を撒き散らしていました。あと10年なんとか生き延びて、このワクワクするような夢の世界が現実の世界となっているのを見届けたいものです。自動運転車が普及し、高齢者が気兼ねなく自由に車を乗り回せる日常生活が待ち遠しものです。

The future is faster than you think:How converging technologies are transforming business, industries, and our lives. By Peter H. Diamandis & Steven Kotler2021-3-31フルーツフラワーパークにて


参考資料:

シンギュラリティ(Singularity)とは、

英語で「特異点」の意味で、人工知能(AI)が人類の知能を超える転換点を言い、未来予測の概念です。人工知能研究の世界的権威であるレイ・カーツワイルは、2045年に人間の脳とAIの能力が逆転するシンギュラリティに到達すると予測しています。

AR (Augmented Reality) とVR (Virtual Reality)

ARは、一般的に「拡張現実」と訳されおり、実在する風景にバーチャルの視覚情報を重ねて表示する技法で、スマホ用ゲーム「ポケモンGO」がその例です。未来にはARコンタクトレンズもできるそうです。VRは、クローズドな視界の中に、あたかも現実かのようなリアリティを高めた視覚映像を投影する「仮想現実」です。

ライドシェアとカーシェアリングとの違い

カーシェアリングが車の貸出を目的に「ドライバー」と「車」をマッチングさせるのに対して、ライドシェアではアプリ上で「ドライバー」と「同じ目的地に移動したい人」をつなぎ、相乗りでのドライブを支援するシステムです。

ドライバーと同乗者をマッチングさせるプラットフォーム企業としては、デリバリーでおなじみのUberが世界で800以上の都市に進出するなど躍進し、中国の滴滴出行(ディディ チューシン)などのライバル企業と各地でしのぎを削っています。こうした普及の背景には、スマホによる正確な需給マッチング、運転者と同乗者が相互評価するシステムへの安心感、乗車前にアプリで行き先や所要時間・料金を共有できる利便性の高さなどがあると考えられます。

日本では、一般人が自家用車を用いて有償で他人を運送することは、いわゆる「白タク」行為にあたり、海外のようにドライバーが運賃を受け取れるタイプのライドシェアは法律で禁止されているため、一部の地域を除いて認められていないのが現状です。

お彼岸に百人一首

1年半ぶりに、春のお彼岸の中日である春分の日に、家族揃ってお墓まいりに行ってきました。浄土宗では、春分・秋分の日とその前後3日間を「お彼岸」を意義付け、浄土にいるご先祖のみ霊(たま)を供養する期間とされています。

もともと「彼岸」とは、私たちのいる生死が繰り返され苦しみの多い “この岸 (此岸=しがん)” から、仏の世界である “かの岸 (彼岸=ひがん)” の極楽浄土に到ることをいいます。

孫たちと一緒に、こうして墓前で、ご先祖さまに手を合わせていると、昨年の大病を思い出し、私自身が仏として孫たちに手を合わせてもらっていたかと思うと何だか複雑な思いがします。

新型コロナの非常事態宣言で、孫たちが我が家に集まる機会が久しくなかったのですが、ようやく宣言も解除され、お墓詣りの帰りに、我が家に立ち寄ってくれました。

小学4年生の孫は、4歳上の中学生の双子姉妹に百人一首で挑戦する正月以来の念願が実現しました。私は、読み手となり、上の句を読み始めるや否や、激しくカルタを跳ねる音が響く、レベルの高い戦いです。私が一枚一枚の札への思いに耽っていると、急かされる始末です。本当に久しぶりに楽しい時間を過ごすことができました。

2021−3−21

 

次世代宇宙船「スターシップ」とイーロン・マスク

アメリカのスペースXの次世代宇宙船「スターシップ」の実験機が3月3日、テキサス州で打ち上げられました。 スターシップは打ち上げ後、4分ほどで高度10キロに到達。そして、エンジンを噴射しながら垂直の姿勢に移行し、見事、着陸に成功しました。 しかし、着陸後10分も経たないうちに。 機体は火を噴いて跳ね上がり、炎上しました。

スターシップは2023年に月周回旅行で使用される計画となっているそうです。 2021-3-4

イーロン・リーヴ・マスク(Elon Reeve Musk)

この宇宙開発企業スペースXの創設者およびCEOが、イーロン・リーヴ・マスク(Elon Reeve Musk)氏です(1971年生まれ)。南アフリカ共和国出身のアメリカの実業家、エンジニア、投資家である彼は、電気自動車企業テスラの共同創設者であり、2019年にフォーブスが発表した「アメリカで最も革新的なリーダー」ランキングでアマゾンCEOのジェフ・ベゾスと並び第1位の評価を受けています。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

ひなまつり、おめでとう

三月三日は、女の子のすこやかな成長を祈る節句(せっく)の年中行事のひとつです。全国に広まり、ひな人形が飾られるようになったのは、江戸時代になってからで、ひな人形に桜や橘(たちばな)、桃(もも)の花など木々の飾り、ひなあられやひしもちなどをそなえ、白酒やちらしずしなどの飲食を楽しむ節句祭りとなったようです。

なぜ、桃の節句の呼ぶようになった?

もともとは、節句は旧暦の3月3日であり、桃の花が咲き誇る現在の4月頃に当たります。古く中国では、桃は、単なる果物ではなく病魔(びょうま)や災厄(さいやく)をよせつけない力があり、長寿をもたらす「不老長寿の実」と言われていました。

西遊記(さいゆうき)のなかに出てくる孫悟空(そんごくう)が、中国の古代の女仙人、西王母(せいおうぼ)のお誕生日会で食べたのが不老不死の桃です。ちなみに、この西王母のお誕生日が3月3日で、日本でも桃の節句となったそうです。

不老長寿の桃の話

中国原産の蟠桃(ばんとう)(桃の一種)は、病気や害虫に弱く栽培が難しいため、生産量はひじょうに少なく「幻の桃」ともいわれていますが、いまも福島県で栽培されているようです。

桃が中国から伝わってきたのは奈良時代初期ですが、桃と三月三日が結びついたのは平安時代になってからです。

小倉百人一首の撰者である花山(かざん)天皇は、中国の伝説にある、三千年に一度実をつける不老長寿の桃の話をふまえて、つぎのような歌をよんでいます。

みちよへて なりける物を などてかは もゝとしもはた 名づけそめけむ (後拾遺和歌集)

三千代(みちよ=三千年)たって 実がなるものというのに どういうわけで 桃(もも=百)などと 名づけるようになったのだろう、という意味だそうです。

桃の花と梅の花のちがいは?

いま、各地から梅だよりが聞かれます。梅は2月下旬から咲き始めますが、桃は梅よりも遅く3月中旬に、桜は4月初旬に咲きます。

桃の花と梅の花は、ひじょうによくにており、区別がつきにくいです。それもそのはず、梅、桃・桜はともに、バラ目・バラ科・サクラ属の植物です。

梅は、花柄(かへい)がないので、枝にくっつくように花が咲きます。花芽が1節につき1個なので、スカスカした感じにみえます。花びらの先が丸いです。

桃は、花柄がとても短いので、枝に沿うように花が咲きます。節の中央に葉芽があり、その両側に花芽が1個(1節につき2個)なので、梅よりも華やかに見えます。花びらの先が尖っています。

岡本梅林公園にて 2021.2.27

私がみた奇妙な夢の話

この夢は、コロナ禍でずっと家に籠りきりでいる私が、以前に勤めていた神戸大学病院に朝出かけて行くという話です。

ゆったりとしたらせん階段を、登って行くところから始まります。その建物は、明治時代に建てられたもので、4階に小児科医局があった当時とよく似ています。私が小児科教授に就任した1990年頃の光景のようでもあります。

4階に辿り着くと、そこにはなぜか大きなホールがあり、百人近い子どもと大人が集い、賑々しく話す声が響き渡っています。そこへ看護師と思しき私服の女性たちが足早にその輪の中に入って行きます。何かこれから朝のラジオ体操が始まるような雰囲気です。

その人込みの端をすり抜けて行くと、数人の医師たちが不安そうな面持ちで佇んでいます。私の姿を見つけるや、「先生、僕たちはこれからどうなるのでしょうか?」と詰め寄ってくるのです。どのように応えようかと思案していると、ハッと目が覚め、夢だったのかと現実に戻り、安堵しました。

「Chinatech中国デジタル革命の衝撃」

恐らく、前の晩に読んでいた本のせいであろうと思います。それは、今月出版されたばかりの「Chinatech中国デジタル革命の衝撃」(趙瑋琳著、東洋経済新報社)という本です。

中国では、新型コロナウイルス対策にAI技術が活用されていることはマスコミの報道を通じてある程度は知っていましたが、この本によると、今日の中国のデジタル技術の進歩、現実生活へのデジタルのとり込みのスゴさには、ただ唖然とするばかりです。

ほんの10年余り前には、私自身が上海の大学に招かれて、新生児医療の講演に行っていたのです。教室には数多くの中国人留学生を迎え入れ、小児科の研究室には中国語が飛び交っていたのです。

この本では、米国のGAFAと並び称される「アリババ」や「テンセント」といった電子商取引、ECサイト面での進化の様子が主に述べられていますが、5G分野での世界のトップランナーである「ファーウエイ」についても、自動運転やスマートシティーなどとともに、遠隔医療面でのイノベーションについて紹介されています。

遠隔医療面でのイノベーション

その1例として、昨年2月には、新型コロナの震源地である武漢の臨時専門病院に5Gネットワークが設置され、遠隔医療により、武漢にいながらでも、北京や上海のような大都市の病院にいる専門医の診療や手術を受けられるようになっていたそうです。

また、テンセントは5Gスマートフォンを用いて、日々の健康状態をモニタリングするスマート・ヘルスケアのサービスを個人向けに提供し始めています。何しろ5Gは、これまでに比べて100倍のスピードで大量のデータを一度に送信できるとのこと、日本の5年先を見ているようです。

話は再び夢に戻ります。

若いドクターたちの不安に対して、当時の私は、ただ一人一人に地域医療の担い手として社会に貢献してくれるようにとお願いしていたと思います。

今回の新型コロナウイルスの流行を機に、国民の医療ニーズの変化が浮き彫りになったように思います。新型コロナウイルス対策における感染症医学専門家と称される人たちが、しかめっ面をして、素人と変わらぬ話を毎回テレビでするのを目の当たりにしていると、近い将来、同じ光景が日常診療の場においても起こり得るように思えてなりません。

医療のデジタル化が進むと、過去の経験がデジタル化され、人工知能AIにより処理され、公になります。医師も素人も同じ情報量を手にすることになり、経験だけでは説得力がなくなります。とりわけ今日の専門分化されている分野ほどデジタル化が容易でしょう。

小児科医にとって幸いなことは、

小児科医にとって幸いなことは、今後増加するであろう精神的な異常や発達の異常、時々刻々変化する子どもの身体とこころは、多様性が尊重され、最もデジタル化が難しい領域です。AIといえども、当分の間は限界があります。

人智とAIは、いたちごっこをしながら進化していくことでしょう。これからの医師は、デジタルとノンデジタルの狭間を、AIに負けないように生き抜かねばなりません。

夢でよく分からなかったのは、なぜ病棟のホールと思しき処に、多数の大人と子どもがいたのかです。いろんな悩みを持つ親や子どもたちの集団合宿による療育がトレンドとなるのでしょうか。

2021-2-18

世界の人々がもつ幸福へのことば

新型コロナ禍で幸福を追求することが、かつてなく困難となっています。他人と会えず、孤独で暗い日々の中で、どのように幸せを見つけ出そうとしているかについて、8カ国の人たちの暮らしぶりが取り上げられていました(2月16日発行のNEWSWEEK 日本版)。

ここでは、その中から、メラキ、ケイフ、ワビサビという3つの国のことばを紹介したいと思います。

メラキ、ギリシャ

メラキは、ギリシャ語でμεράκι、英語ではmerakiと綴られています。その意味は、「魂、創造性、愛をもって何かをすること、自分の何かを周りの人に注ぎ込むこと」だそうです。

食卓につく人の心を喜びで満たすのが、ギリシャ料理。その中に含まれているすべての隠し味を、一心不乱に味わおうとする姿勢、これがメラキです。差し詰め、いま日本で流行りの「集中」です。

メラキを実践すれば、本人も周囲の人たちも幸せになれます。マルチタスクはやめたほうがよさそうです。

ケイフ、トルコ

このケイフ、keifという言葉を日本語で正確に説明することは難しそうです。あえて言えば、「何もしないことを喜ぶ気質」です。

イスタンブールの街中で、路上にただ立ってるだけで何もしていない人たちの行為をケイフと呼んでいます。

何もせずにいることが、至福の行為であるならば、どこの国でも手軽に幸せを味わえるかもしれない。

インドネシアを車で走っていると、沿道の庭先で日がな一日、じっと座り込んでいる男たちが思い出されます。

ワビサビ(侘び寂び)

日本人の特性も紹介されています。仏教の影響を強く受けて形作られたのが日本の文化です。生命が無常のものであることを認め、物事を出来るだけ自然な状態で受け入れることにより、日本人は人生への充足感を得ているようです。

日本人には、ワビサビという考え方が根底にあり、儚さや不完全さを尊ぶ思考の持ち主であると西洋人には映っているようです。

こう言われてみると、政府がロックダウンを宣言しなくても、率先して外出自粛を実践している国民性には、このような文化的な背景があるのかもしれません。

いずれも、固有の長い歴史を持つ国々の言葉です。遠い昔に思いを馳せていると、新型コロナ騒ぎを忘れさせてくれます。

2021-2-15