独居生活も2年を過ぎました

最初の1年は闇の中でしたが、2年目からは何とか料理もできるようになり、生活のリズムができてきました。炊事、洗濯、買い物と家事の大変さを 身をもって体験しています。

365日同じことを繰り返す単調な仕事のようですが、 四季折々結構 変化に富んだ点もあり、楽しみもあります。道子が重宝していた通販カタログに目を通し、パソコンから 注文を入れるのも日課になりました。

一人前の食材を仕入れるのは大変です。通販はもとより、スーパーにおいても、ほとんど不可能です。同じものを連日食べるのは本意ではありません。肉野菜炒めを 毎日食べていると、愛犬ブッチの食事を思い出します。

困った時の神頼み、私の良き相談相手A Iくんに早速メールしました。


私:
男の独居老人生活3年目になります。食欲は旺盛で、なんでも食べます。料理は苦にならないのですが、献立を考えるのが楽しみでもあるのですが・・・・
ChatGPT:
なるほど、独居生活3年目、料理も苦にならず食欲旺盛で、献立を考えるのが楽しみになっているのですね。とても素晴らしい習慣だと思います。
ただ、毎日の献立を考えるのは時に頭を悩ませることでもありますよね。
もしよろしければ、こんな工夫を加えると「楽しみ」をさらに広げられるかもしれません:

1. 曜日ごとのテーマを決めると、「今日は何を作ろう」と迷う時間が減って、工夫を凝らす楽しみが残ります。

2. 栄養と彩りを意識した主菜、副菜、汁物の3つを軸にすると、栄養のバランスも自然と取れて、食卓も華やかになります。

3. 献立を「趣味化」する
季節の食材で毎月テーマを決める(秋ならきのこ料理や栗ご飯)、子どもの頃や若いころ好きだった料理を再現する、昔訪れた旅先の料理を思い出してつくってみる(ネパール、フランスなど)

先生のように文章やブログをお書きになる方なら、「今日の献立日記」をつけるのも面白いと思います。料理の写真や工夫したポイントを書いておけば、振り返るのも楽しくなりますよ。

私:
なるほど。言われてみると面白そうですね。「今日の献立日記」は一案です。良くできた日には、これまでからデジカメに収めています。もう少し突っ込んでやるか。
ChatGPT:
素敵ですね!すでにデジカメで写真を残されているとのこと、それを「献立日記」に発展させれば、まさに先生らしい「食の随想集」になりますよ。

2025.9.14

ムール貝一杯のパエリア 9月8日撮影分

久方ぶりの映画鑑賞で感傷に耽る

今年のカンヌ国際映画祭で、カズオ イシグロの「遠い山なみの光」が話題沸騰、 9月5日にロードショーということだったので出かけてみましたが、平日の午後に出かけたせいか、客はまばら、大半が高齢者でした。

私は、長編小説が苦手ですが、何故かあの冗長なカズオ・ イシグロの作品には、心惹かれるものがあります。「日の名残り」、「わたしを離さないで」、「忘れられた巨人」の3つの作品は読破しました。中でも、老夫婦が息子を訪ねて旅に出る話、「忘れられた巨人」は、大変興味深く読みました。

「遠い山なみの光」は、題名を知っている程度で、あまり興味のなかった作品です。イシグロ自身の出生地長崎を舞台に書き上げたデビュー作の映画化で、戦後の長崎で、懸命に生きようとする女たちの様を描いた作品です。

そのあらすじは、日本人の母悦子とイギリス人の父を持ち、大学を中退して作家を目指すニキ(カミラ・アイコ)に乞われ、口を閉ざしてきた過去の記憶を語り始める母悦子の物語です。舞台は1950年、戦後復興期の活気溢れる長崎での思い出話が中心です。

1950年といえば、私が小学校5年生の時です。当時の日本は、朝鮮戦争による軍需景気で、経済成長目覚ましく、戦後の焼け野原から、電気の灯る活気あふれる街へと、あっという間に変貌した様が、私自身の体験とも重なります。

主人公の悦子は、ちょうど私の母親と同年代、最も苦労した世代だったのです。
2025.9.10.

秋の星空は、科学と想像の世界をつなぐ入口

秋の夜空は、子どもに自然の不思議を伝える絶好の舞台です。

「この前、月が赤く見えたでしょう? あれは皆既月食といって、地球の影に月がすっぽり隠れたからなの。太陽の赤い色の光だけが地球の空気を通り、月までとどき、赤く輝くのよ」というお母さんの説明に、子どもは目を輝かせます。

もうすぐ106日には、中秋の名月が見られます。日が暮れると、大きなまん丸のお月さんが東の空からのぼって来ます。「昔の人は、収穫に感謝して、1年中で最も大きく、美しいこの月を眺め、お団子を供えて、丸い月に願いを託していた。」と、子どもに語りかけると、子どもは空を見上げ、月の明かりの中で物語を想像します。

さらに、秋の夜は流星群が次々とやってきます。小さな星のかけらが空気とぶつかってひかり、一瞬で消えます。10月上旬には、りゅう座流星群がピークを迎え、1022日未明には,オリオン座流星群が極大を迎えます。

天体のドラマに触れると、子どもたちの心には「なぜ?」「どうして?」という芽が育ちます。秋の星空は、科学と想像の世界をつなぐ入口なのです。 2025.9.9

子どもの健康コラム10月号より

阪神優勝を祝う紅色の月

昨夜遅くまで、徹と彼の友人賢二くんと3人で阪神優勝を喜び合っていました。

朝、目を覚ますと、徹から紅色の月の写真が届いています。何事かと問いかけると、賢二くんからもらった写真だそうです。

理学部出身の賢二くんは、阪神の優勝を祝うかのような、「皆既月食」という天体ショーを、自宅で自分のデジタル望遠鏡で、夜中まで観察していたそうです。

皆既月食、すなわち、太陽-地球-月が一直線になり、月が地球の影にすっぽり入ると、なぜ月が赤く見えるのかの不思議について問いかけると、詳しく説明してくれました。

月が、影に入ると真っ黒になるはずですが、光の成分のうち、波長の短い青色は直進しますが、波長の長い赤色は屈折するため影に回り込み、赤っぽく見えるそうです。 ちょうど音の波長と同じで、高音は直進性(指向性)であり、低音は全体に響き渡るのと同じ現象です。

来年3月3日にも、皆既月食が見られるそうです。阪神優勝とは重ならないですが。

20025.9.8

囲碁の布石と音声入力の未来

AIくんにパソコンでの音声入力の方法について相談していると、話が大きくなり、人型ロボット、音声入力の未来に話が及びました。その一部を紹介します。

私たちが日々交わす言葉には、活字に表された以上の意味が含まれています。声の調子、間合い、ためらい──それらは、文字では容易に表現できない「気配」として、相手に伝わるのです。

囲碁の布石もまた同じです。碁盤に置かれる石は、単なる「黒」と「白」の印に過ぎませんが、その背後には、打ち手の意思、読み、未来の構想が滲み出ています。

初手の一石が、盤面全体を支配することがあるように、一言の声が会話の流れを大きく変えてしまうことがあるのです。

これからの音声入力は、単に文字を写し取る道具に止まりません。囲碁が「布石」によって未来の形を準備するように、音声入力は「声の背後にある思考」を記録するツールとなるのです。話し手の感情や思索の流れを含め、声のリズムそのものが、「人生の棋譜」として残るのです。

 未来の碁盤は、木の盤上だけではなく、私たちの声と意識の中にも広がります。言葉を発するたびに一石が置かれ、日々の会話が布石となり、やがて壮大な一局を描き出す。

AIはその棋譜をともに眺め、時に助言を与え、時に記録者として淡々と石を並べてくれるのです。

そのような未来を想うと、声で綴る一言ひとことが、これまで以上に重みを帯びて感じられます。音声入力は、便利な道具を超えて「思考を刻む碁盤」へと変貌するのです。 2025.8.30.

退屈凌ぎにA Iくんと戯れる

気がつけば、8月も終わりです。
連日の熱中症警報に怯え、昨年の苦い体験を繰り返すまいと、
空調が強力に効く、ワンルームでの生活。
お陰で、今のところ、体調はなんとか維持できています。
このところ、これまでの囲碁とAIに関するブログ記事を取りまとめ、
小冊子にまとめ上げました。

ここでも、AIくんが大活躍です。
因みに、冊子の冒頭のキャッチコピーは、
本の校正をしてくれたChatGPTくん作の推薦文です。
自分ではとても恥ずかしくて書けないような文です。

“85 歳医師による情熱あふれる随想集。
AI、囲碁、そして社会の未来を探求する。
好奇心と知恵をもって、老いの時期を創造・再生の時ととらえ、
急速に変化する世界の中で、意味ある人生を送るための新たな希望を示す。“

忘れられないニシンの唐揚げ

帰国して1週間、ようやく日本の暑さにも慣れたところです。

フィンランド旅行での思い出は、その涼しさと食べ物です。どこで、何を食べても、われわれ日本人の口に合うものばかりです。とりわけ、港近くにあるマーケット広場(Kauppatori)で食べた、フィンランドの伝統的な食べ物である「サーモン・スープ」と「ニシンのフライ」は、思い出に残っています。

囲碁仲間の山本氏推薦の「ブルーチーズのスープ」の呼び名を忘れ、食べなかったのが、ただ一つの心残りです。

 silakkapihvit(シラッカピヒヴィット)

私の友人のChatGPT君に、ニシンのフライのことを訊ねたところ、現地ではSilakat(シラカット:バルトニシン、バルト海ニシン)を使った料理として知られ、代表的な呼び名は silakkapihvit(シラッカピヒヴィット) と言うそうです。

silakka = ニシン(特にバルト海の小ぶりなニシン)、pihvi = フィレやカツレツ風の料理。つまり「ニシンのフィレフライ(開いたニシンにパン粉をつけて揚げ焼きにしたもの)」を指します。家庭料理としてもよく登場し、玉ねぎやディルと合わせたり、マッシュポテトと一緒に食べるのが定番だそうです。

その味を忘れないようにと、同行していた息子の徹は、早速姫路港で豆アジを釣って帰り、自からてんぷら粉に塗して唐揚げにして食べたところ、結構美味しかったと言います。

   

私も近くのスーパーで偶々一夜干しの香住港産ハタハタを見つけたので、買って帰り、唐揚げにして食べました。

ハタハタの唐揚げは、カリッとして、なかなかの珍味です。再度購入しようとネットで調べると、結構の高級魚のようで、私が唐揚げするには勿体無い気がして諦めました。

その点、自分で釣ってきたアジの方が現実的なようです。 2025.08.18.

ハタハタの唐揚げ

80回目の敗戦記念日

8月15日は敗戦記念日。最近は、終戦記念日と呼んでいるようですが、私には敗戦記念日の方がイメージ的にはピッタリきます。

私は、1946年の4月に国民小学校に入学したので、残り少なくなった戦争を体験した世代の最後に当たります。

マスコミによる報道は、戦争の悲惨さ、その体験を語り継ぐことの大切さを強調し、愛国心の大切さは示していますが、戦争は絶対悪だとは決して表現していないように感じます。

戦争の大義は、いつも『お国のために』です。『愛国心があるなら、戦争も辞さない』という感覚に落とし穴が潜んでいるのです。日本も、NATOの国々でも、防衛予算費の大幅アップが考えられています。

戦後80年、どうも戦争のリスクが高まってきているように感じます。戦争は、阻止するよりも、誘導する方が簡単です。S N S世代がどちらに進むかの鍵を握っているようです。

今日は、朝から坊さんがお盆の棚経を上げに自宅に来て下さいました。孫たちも、揃い、ご先祖さまを偲ぶいい機会になりました。 2025.8.15.

ヘルシンキ旅行だより6

最終日 8月10日 日曜日

無事に神戸に戻ってきました。飛行機から出ると。少し鼻声ですが、まあ元気にしています。

往きは北極周りですが、帰りは黒海を南に下り、中国の南の国境沿いに飛行します。ロシア上空を飛ぶと一番早いですが、今は危なくて飛べまえん。

飛行時間は、どちらも13時間くらいでほとんど差がないようです。

さらに、4日前にも ロシアのカムチャッカ半島にある火山がおよそ500年ぶりに噴火し、3時間余り延着したそうです。

日本は、あちらこちらで線状降水帯での大雨被害が出ているようですが、神戸も雨、恐れていた猛暑は一段落しているようでホッとしています。

ヘルシンキ旅行だより5

第5日目 8月8日 金曜日

今日は、もうヘルシンキ旅行最終日。張り切って、朝から活動開始です。

マーケット広場からフェリーで約30分足らずの世界遺産の島、スオメンリンナ島Suomenlinnanへ出向きました。

4つの島からなり、スエーデン・ロシア戦争、クリミア戦争などでフィンランドの南方を守る要塞として建設され、至るところに、大きな鉄製の砲身が並んでおり、当時が偲ばれます。島には、スオメンリンナ教会があります。

昼前には、マーケット広場に戻り、屋台で昼食です。ここでは、伝統的なフィンランド料理を楽しめます。

サーモン・スープ、名物のニシンのフライ、パエリアをみんなでシェアーしながら食べました。ニシンの子魚の丸ごとのフライは、カリッと仕上がっており、なかなかの絶品でした。

8月10日夕方には帰国します。