多様な性を受け入れる社会へ
お茶の水女子大学が本年7月に、戸籍上は男性で心の性別が女性のトランスジェンダー学生の受け入れ決定を発表し、日本も本格的に多様な性を受け入れる社会になったようです。2004年に施行された性同一性障害特例法により、20歳以上・未婚・生殖機能がない・他の性別に係る身体の性器に近似する外観などの条件を満たせば家裁に性別変更を申し立てられるようになり、2014年末現在で家裁が性別変更を認めた数は5,166人になっています。諸外国の統計等から推測すると、性同一性障害(GID)を有する者は、凡そ男性3万人に一人、女性10万人に一人の割合で存在すると言われています。
我が国では、GIDは思春期以後の問題ということで、小児科領域で取り上げられるのは外性器異常やホルモン異常症をもつ児などに限られ、自分の性別に違和感を持つだけのTransgender(トランスジェンダー、性別越境者)への取り組みはほとんどなされてきませんでした。しかし、乳幼児期から我が子の心の性、Genderへの違和感をもつ親も少なくありません。
性の決定には、出生前因子が強く関与
子どもの行動パターン、「男らしさ」、「女らしさ」は、子どもの生物学的な性と大抵は一致していますが、ときに一致しないことがあります。これらの行動パターンは、生物学的な性よりも、男性ホルモンの影響を受けた脳の性差によると考えられています。
性の決定には、出生前因子が強く関与しています。男の胎児では、妊娠6週から24週にかけて精巣からのアンドロジェンの分泌が増加する”アンドロジェン・シャワー”と呼ばれる時期があります。アンドロジェンの作用により、男性器が発達し、また脳の男性化が起こると言われています。近年の研究から、胎児テストステロン量の差により、脳梁のサイズ・非対称性とともに、脳の発達、認知・行動における性的二型性が形成されるようです。また、脳機能の画像解析により、男性の脳は知覚と協調動作とが容易に結びつくように構成され、女性の脳は分析モードと直感的な処理モードが連携し易いように設計されていることも分かってきました。
トランスジェンダーの子どもたちにメンタルヘルスを
Olson KRら(Pediatrics, 2016)の論文によると、米国では、自らの生物学的性とは逆の性へと社会的に転換したトランスジェンダーの子どもたち、つまり、性同一性を支持されて社会的に公然と生きることを認められた子どもたちを、誰もが社会で目にするようになったそうです。その結果として、以前にはGIDの子どもたちに、不安とうつ病が非常に高い割合で見られていたのが、社会的認知が進んだことから、トランスジェンダーの若者(3〜12歳の思春期前期)の抑うつ症状は軽減したそうです。
トランスジェンダーへの社会的認知と理解が進む我が国においても、これらトランスジェンダーの子どもたちや家族への適切なアドバイスが求められる時代になってきたと言えます。
小児科医は新しい時代への対応を
ホルモンの働きに左右される心の性、Genderは、単純に「男」と「女」に二分化するのは不可能で、いろんな程度の「男らしさ」と「女らしさ」が存在します。履歴書から性別欄がなくなる日もそう遠くはなさそうですし、いま盛んに言われている男女平等や男女共同参画と言った言葉もやがて死語となる日が来ることでしょう。
Shumer DEら(Adv Pediatr. 2016)によると、米国においては、医師の診察を受けている性的不快感を有する小児および青年が年々増加しており、これまで1万〜3万人に1人と言われていたのが、最近の調査ではじつに200人に1人に達したそうです。日本の私たち小児科医にとっても、トランスジェンダーの子どもたちと家族のメンタルヘルスサポートが、新しい日常診療に加わってくること必至です。
若葉 2019 「名誉教授からの一言」 平成30年12月記