「襤褸(ぼろ)を着てても心は錦」

私の同級生の岡田さんからメールで、最近の世界情勢を見ていると、積み重ねてきた科学技術が生み出した絶超偽人間がregular人間を支配して、いずれは滅ぼしていく、これもまたよし、とするか? こんな愚痴を言えてるのも幸せのひとつ。というかなりシビアな内容でした。

振り返れば、第二次世界大戦で米軍機による空襲を実体験した残り少ない世代となりました。私は、阪神淡路大震災も体験しましたが、新聞の片隅の載っているボスニア戦争の記事を見ながら、「戦争よりは、まだましか」と慰め合っていた記憶が蘇ってきます。
彼女の愚痴を見ながら、「今の時代、何だか狂っているよね」は、年長者のつね。とは知りながら、今回は、年寄り臭い話をひとつ・ふたつ。

昨夜のNHKニュースの見出しは「イラン情勢」。情勢を英訳するとsituation、「イラン攻撃」ではなく何だか日和見すぎる。戦争の早期解決を望むのは、石油価格の高騰で、「平和」ではないのです。
東日本大震災による福島原発事故であれだけの恐怖を体験したのに、経済発展のために原発推進へと方向転換。
高市首相は成長経済を声高に叫んでいますが、何のため? 誰のため? 経済発展至上主義に眩んでしまった目をそろそろ覚まさねば。

「襤褸(ぼろ)を着てても心は錦」

思い出すのは、水前寺清子「いっぽんどっこの唄」の歌い出しの歌詞、「ぼろは着てても こころの錦」 。1966年11月1日発売のシングル版レコードです。

当時の日本は、朝鮮戦争・ベトナム戦争による軍需景気で高度経済成長を遂げ、テレビが一般家庭に普及し始めた頃です。経済的に豊かになると格差が生じ、前途が不安に思えてきたときです。

パリ五月革命

フランスでは、1968年5月にパリの大学生が政府の教育政策に不満を爆発させて暴動を起こしたのをきっかけに、広範な労働者・市民の反対運動が勃発、強権的なド=ゴール体制を終わらせました(五月革命)。

この学生運動の波は、ベトナム反戦運動の盛り上がりとともに、世界中に広がり、我が国でも全国各地で大学紛争が起こったのです。その後、世界中が経済発展至上主義の社会へと進み、その極限に到達した感があります。

今の世に欠けていること

今再び、大きな曲がり角に立たされています。人間らしく生きるには、物質的な豊かさよりも、「こころ」の豊かさです。今の世の中で最も欠けているのは、長期的なモノの見方です。2026.3.10.