「当たり前」が、「当たり前でない」時代に

世の中は大きく変わっています。これまで学校が担ってきた知識伝授型の教育だけなら、I C Tの普及で、家庭にいても学べるのです。不登校生の増加も当然です。

もう教室には教壇も、黒板もいらないのです。

自由に動かせる机・椅子で輪になったり、集めたり、互いに顔を突き合わし、自由自在に会話ができる場さえあればいいのです。学校で楽しみなのは、多くの友人と付き合え、おたがいの夢を語り合うことです。

真ん中に置かれたボイスレコーダーがみんなの話を記録し、その要約も瞬時に出来上がります。教師はもう採点に時間を要しません。自由な時間が増え、中身あるアドバイスができるようになります。ボイスレコーダーからは、流暢な外国語も流れてきます。

座学は苦手だが、運動は得意という子には、運動時間を増やせばいいのです。何も、皆が同じカリキュラムで学ばなくてはいけない理由はないのです。

スマホを扱え、ゲームができ、Lineで交信できる。それに、お金の計算ができさえすれば。すなわち、読み・書き・そろばんが確実にできれば十分です。後は、己のやりたいようにやればいいのです。

因みに、今の日本教育がどのような方針で行われているかを調べてみようと、文部科学省のH Pにアクセスしました。

そのトップ記事が、何と、平成30年の「新しい文部科学省の創生に向けた取組」です。しかも、幹部職員の不祥事に対するお詫び文、愕然としました。子どもたちが、日本の教育に愛想を尽かしているのが分かる気がします。

高校無償化でなく、給食代無償化の方が、子どもたちが喜び、将来の日本を背負う活気ある大人に育ってくれる気がします。2025.12.14.