川端康成の囲碁観戦記、「名人」

先の「大囲碁史展」では、昭和の歴史として、本因坊秀策の引退碁が展示されていました。対局相手は木谷七段、この囲碁は、新聞社主催の囲碁として、空前絶後の大がかりなものだったそうです。

この囲碁の観戦記を書いたのが、何とノーベル文学賞作家川端康成で、のちに、「名人」という小説として新潮文庫から出版されています。

当時、囲碁の報道は新聞社にとって大きな仕事であり、有名な小説家に観戦記を依頼し、購読者を増やしていたそうです。私自身も、学生時代から、朝一番に目を通すのが新聞の囲碁欄でした。

この名人の引退碁は、空前絶後に大がかりなもので、昭和十三年六月二十六日に芝公園の紅葉館で打ち始め、伊東の暖香園で打ち終わったのが十二月四日、一局の囲碁にほぼ半年を費したとのことです。その間、名人の重い病のために、三ヶ月間は全く打たれなかった時期もありました。その間十四回もうち継がれており、一日に一手しか打たれなかった日もあったそうです。川端康成は、新聞にその観戦記を六十四回にわたって連載しています。

勝敗は、激闘の末、木谷七段の勝利となり、名人は、その後1年余りで他界されました。その壮絶な最期が、細やかに描写されています。

今日では、持ち時間が短くなっており、タイトル戦では2日間に及ぶものもありますが、一局2時間程度の早碁が主流となっています。その背景には、新聞報道よりも、テレビ報道が多くなったからでしょう。

一局の囲碁に半年もかけるなんで想像を絶します。

2025/12/10