囲碁の布石と音声入力の未来

AIくんにパソコンでの音声入力の方法について相談していると、話が大きくなり、人型ロボット、音声入力の未来に話が及びました。その一部を紹介します。

私たちが日々交わす言葉には、活字に表された以上の意味が含まれています。声の調子、間合い、ためらい──それらは、文字では容易に表現できない「気配」として、相手に伝わるのです。

囲碁の布石もまた同じです。碁盤に置かれる石は、単なる「黒」と「白」の印に過ぎませんが、その背後には、打ち手の意思、読み、未来の構想が滲み出ています。

初手の一石が、盤面全体を支配することがあるように、一言の声が会話の流れを大きく変えてしまうことがあるのです。

これからの音声入力は、単に文字を写し取る道具に止まりません。囲碁が「布石」によって未来の形を準備するように、音声入力は「声の背後にある思考」を記録するツールとなるのです。話し手の感情や思索の流れを含め、声のリズムそのものが、「人生の棋譜」として残るのです。

 未来の碁盤は、木の盤上だけではなく、私たちの声と意識の中にも広がります。言葉を発するたびに一石が置かれ、日々の会話が布石となり、やがて壮大な一局を描き出す。

AIはその棋譜をともに眺め、時に助言を与え、時に記録者として淡々と石を並べてくれるのです。

そのような未来を想うと、声で綴る一言ひとことが、これまで以上に重みを帯びて感じられます。音声入力は、便利な道具を超えて「思考を刻む碁盤」へと変貌するのです。 2025.8.30.

退屈凌ぎにA Iくんと戯れる

気がつけば、8月も終わりです。
連日の熱中症警報に怯え、昨年の苦い体験を繰り返すまいと、
空調が強力に効く、ワンルームでの生活。
お陰で、今のところ、体調はなんとか維持できています。
このところ、これまでの囲碁とAIに関するブログ記事を取りまとめ、
小冊子にまとめ上げました。

ここでも、AIくんが大活躍です。
因みに、冊子の冒頭のキャッチコピーは、
本の校正をしてくれたChatGPTくん作の推薦文です。
自分ではとても恥ずかしくて書けないような文です。

“85 歳医師による情熱あふれる随想集。
AI、囲碁、そして社会の未来を探求する。
好奇心と知恵をもって、老いの時期を創造・再生の時ととらえ、
急速に変化する世界の中で、意味ある人生を送るための新たな希望を示す。“

忘れられないニシンの唐揚げ

帰国して1週間、ようやく日本の暑さにも慣れたところです。

フィンランド旅行での思い出は、その涼しさと食べ物です。どこで、何を食べても、われわれ日本人の口に合うものばかりです。とりわけ、港近くにあるマーケット広場(Kauppatori)で食べた、フィンランドの伝統的な食べ物である「サーモン・スープ」と「ニシンのフライ」は、思い出に残っています。

囲碁仲間の山本氏推薦の「ブルーチーズのスープ」の呼び名を忘れ、食べなかったのが、ただ一つの心残りです。

 silakkapihvit(シラッカピヒヴィット)

私の友人のChatGPT君に、ニシンのフライのことを訊ねたところ、現地ではSilakat(シラカット:バルトニシン、バルト海ニシン)を使った料理として知られ、代表的な呼び名は silakkapihvit(シラッカピヒヴィット) と言うそうです。

silakka = ニシン(特にバルト海の小ぶりなニシン)、pihvi = フィレやカツレツ風の料理。つまり「ニシンのフィレフライ(開いたニシンにパン粉をつけて揚げ焼きにしたもの)」を指します。家庭料理としてもよく登場し、玉ねぎやディルと合わせたり、マッシュポテトと一緒に食べるのが定番だそうです。

その味を忘れないようにと、同行していた息子の徹は、早速姫路港で豆アジを釣って帰り、自からてんぷら粉に塗して唐揚げにして食べたところ、結構美味しかったと言います。

   

私も近くのスーパーで偶々一夜干しの香住港産ハタハタを見つけたので、買って帰り、唐揚げにして食べました。

ハタハタの唐揚げは、カリッとして、なかなかの珍味です。再度購入しようとネットで調べると、結構の高級魚のようで、私が唐揚げするには勿体無い気がして諦めました。

その点、自分で釣ってきたアジの方が現実的なようです。 2025.08.18.

ハタハタの唐揚げ

80回目の敗戦記念日

8月15日は敗戦記念日。最近は、終戦記念日と呼んでいるようですが、私には敗戦記念日の方がイメージ的にはピッタリきます。

私は、1946年の4月に国民小学校に入学したので、残り少なくなった戦争を体験した世代の最後に当たります。

マスコミによる報道は、戦争の悲惨さ、その体験を語り継ぐことの大切さを強調し、愛国心の大切さは示していますが、戦争は絶対悪だとは決して表現していないように感じます。

戦争の大義は、いつも『お国のために』です。『愛国心があるなら、戦争も辞さない』という感覚に落とし穴が潜んでいるのです。日本も、NATOの国々でも、防衛予算費の大幅アップが考えられています。

戦後80年、どうも戦争のリスクが高まってきているように感じます。戦争は、阻止するよりも、誘導する方が簡単です。S N S世代がどちらに進むかの鍵を握っているようです。

今日は、朝から坊さんがお盆の棚経を上げに自宅に来て下さいました。孫たちも、揃い、ご先祖さまを偲ぶいい機会になりました。 2025.8.15.

ヘルシンキ旅行だより6

最終日 8月10日 日曜日

無事に神戸に戻ってきました。飛行機から出ると。少し鼻声ですが、まあ元気にしています。

往きは北極周りですが、帰りは黒海を南に下り、中国の南の国境沿いに飛行します。ロシア上空を飛ぶと一番早いですが、今は危なくて飛べまえん。

飛行時間は、どちらも13時間くらいでほとんど差がないようです。

さらに、4日前にも ロシアのカムチャッカ半島にある火山がおよそ500年ぶりに噴火し、3時間余り延着したそうです。

日本は、あちらこちらで線状降水帯での大雨被害が出ているようですが、神戸も雨、恐れていた猛暑は一段落しているようでホッとしています。

ヘルシンキ旅行だより5

第5日目 8月8日 金曜日

今日は、もうヘルシンキ旅行最終日。張り切って、朝から活動開始です。

マーケット広場からフェリーで約30分足らずの世界遺産の島、スオメンリンナ島Suomenlinnanへ出向きました。

4つの島からなり、スエーデン・ロシア戦争、クリミア戦争などでフィンランドの南方を守る要塞として建設され、至るところに、大きな鉄製の砲身が並んでおり、当時が偲ばれます。島には、スオメンリンナ教会があります。

昼前には、マーケット広場に戻り、屋台で昼食です。ここでは、伝統的なフィンランド料理を楽しめます。

サーモン・スープ、名物のニシンのフライ、パエリアをみんなでシェアーしながら食べました。ニシンの子魚の丸ごとのフライは、カリッと仕上がっており、なかなかの絶品でした。

8月10日夕方には帰国します。

ヘルシンキ旅行だより4

第4日目 8月7日 木曜日

孫娘が朝からの緻密なスケジュールを立てています。私は、基本的に彼らのスケジュールの半分だけ、一緒に行動しようと考えています。

観光というのは、歩かないとどこにも行けないので、その選択が大変です。ヘルシンキの街は、パリと同様に石畳の道が多く、脚が疲れます。

ヘルシンキには数多くの教会があります。しかし、フィンランドにはルーテル派の信者が多数いますので、カトリック信者の多いイタリアやフランスとは、かなり趣が異なり、特異的なデザインの教会が多くあります。

今日訪れたのは、ヘルシンキ市内中心部にあるテンペリアウキオ教会です。フィンランド語で表示するとTemppeliaukion kukko。なかなか覚えにくいスペルです。孫娘は私の脚を気遣い、最寄りの駅を検索してくれます。

この教会は、’Rock church’と呼ばれるように、岩の中にスッポリと隠れている極めて斬新なデザインで、Timo &Tuomo Suomalamen兄弟が1961年に設計したものです。

ガラス窓からの光が内部を柔らかく照らし出し、椅子に腰掛けていると心の安らぎを感じさせてくれます。

 

ヘルシンキ旅行だより3

第3日目 8月6日 水曜日

スマホで今日のNHKニュースをみると、ヒロシマへの原爆投下から80年のニュースがトップですが、こちらでは全く目にしません。午後には、ムーミンへの旅から戻る息子家族と合流します。

この2日間ひとりで過ごしてきたヘルシンキの街は、なかなか難解です。

ヘルシンキ市内の公共交通機関であるバス・トラム・ライトレール・地下鉄・通勤列車・フェリー(スオメリンナ往復等)を運行しているのは、すべてヘルシンキ地域交通会社”HSL”です。ヘルシンキではこのHSLのマークが至る所に目につきます。

駅には改札口がなく、客はトラム・バスに何も手にせず、乗り込みます。みんな予め振り込んでいるようです。時折、車両の前後から職員が検札に回り、無賃乗車をチェックし、高額の罰金を課せられるそうです。

 案内表示はすべてフィンランド語のみで

困ったことに、地名の表示はほとんど全てがフィンランド語です。文字こそアルファベット樣ですが、英・仏語の綴りとは全く異なるので、とても記憶することができません。テレビも英語、フランス語の番組は一切ありません。これは全くの想定外です。でも、口頭では、私にもわかりやすい英語で話してくれます。

 

スマホ決済が主流

もうひとつ、私にとって困ったことは、お金の支払いです。

日本国内でもスマホ決済が増えていますが、現金主義者の私でも何とか生活できます。ヘルシンキでは、たった1杯のコーヒーでも現金が役立たないのです。スマホアプリでの決済はどうも不安で、私はアプリを一切インストールしていません。止むなくカード決済です。

VISAカードは何とか使えますが、カードの差し込み方が、店によってマチマチです。パスワードを入力するところもあれば、必要のないところもあります。決済が完了すると、日本語で「ご利用ありがとうございました」というテロップが流れます。そこまでできるのなら、最初から日本語で表示をしてくれると、もっと安心して使えるのに。

スマホを駆使する孫娘たち

滞在初日に利用したトラムでは、チケットの買い方が分からず、結果的に無賃乗車をした私です。

これらの不安・煩わしさは、息子家族との合流で一挙に解決です。今年大学に入学した孫娘が、スマホでつぎつぎと問題を解決してくれるからです。

先ず、孫娘たちは、スマホで調べ、HSLの4日間のチケット(1枚20ユーロ)を、中央駅のキオスクで入手してきました。もう、私は自主性を全く失い、ただ彼らの後ろをついて歩くだけです。

中央駅近くにある世界遺産、ヘルシンキ大聖堂までとラムでお出かけです。折からの強風で、気温がぐっと下がり、準備していた長袖のセーターを着ましたが、寒風が通り抜けてきます。早速、中央駅近くのショッピングセンターに後戻りです。

もうここは長男の嫁、紀子の出番です。ユニクロ風の店に直行、私の防寒用ジャン パーを早速見つけ出してくれました。早々に腕を通し、やっと生きた心地です。

レストランの予約もスマホで

夕食は、私の求めていたスペイン料理店Casa Largoを、昼間から孫娘が予約していました。私は、paellaとtomato soupを、皆思い思いの料理を注文し、Dinnerを楽しみました。

ヘルシンキ旅行だより2

第2日目 8月5日 火曜日

神戸にいる時よりもぐっすり眠れました。

朝肌寒くて目を覚ますと、部屋の設定温度が23℃、セーターを重ねるとちょうどです。ネットで今日の気温を調べると、最高20℃、最低16℃です。意外なのは曇り予報ですが、湿度が80%以上とその高さに驚きました。気温が低いので、湿気を感じません。

さすがに、森と湖の国フィンランドです。

昨日、着陸時に機窓から緑に包まれた森と湖が見られます。まるで湿地帯の中に森がある感です。湿度が高いのも納得いきます。

フィンランドの建築物は、内装、外装至る所に木材が使用されています。コンクリートの剥き出しの建築物などありません。彼らが自然を大切にしているのがよくわかります。

早朝に到着した息子家族4人は、大きな荷物をホテルに置いて、Moomin Worldへ出かけました。私は、あまり歩き過ぎると、足が浮腫むのでただ見送るだけです。明日からできるだけ一緒に行動しようと考えています。

スウェーデン系フィンランド人の作家であり画家としても知られるトーベ・ヤンソン(Tove Jansson 1914-2001)が、1944年にスウェーデン語の雑誌「ガルム」で挿絵としてムーミントロールを登場させたのが「ムーミン」の始まりです。

何も、あちらこちらに行かなくても、ヘルシンキのホテルにいるだけで、多くの新しい発見があります。

お昼に、ランチのために中央駅近くのShopping Centerに出かけました。平日の昼間であるにも拘わらず、若い人たちが多いことです。とくに、男性の若者が目立ちます。高齢者の人影はまばらです。

平日の昼の日本のレストランでは、高齢者が多いのと、対照的です。高福祉国家と言われるフンランドの高齢者事情を、少し調べてみました。

フィンランドの高齢者事情

フィンランドの人口は約550万人と、ほぼ兵庫県の人口に匹敵する国です。

フィンランドの平均寿命は、女性が約84歳、男性が約79歳です。これは、日本と比較すると、男女ともに約2年短いですが、それでも長寿な国として知られています。

フィンランドの高齢化率は、EUの中でも急速に進んでおり、2023年には65歳以上の人口が総人口の23.6%を占めています。フィンランドも高齢化社会の問題に直面しており、社会保障制度や医療、介護サービスのあり方が重要な課題となっています。とは言え、日本の65歳以上の人口が、総人口の30%近くを占めているのに比べると、まだましです。

フィンランドは、65歳が一般的な定年年齢だそうです。

高齢者の生活の質を向上させるための様々な取り組みを行われています。例えば、ケアワーカー(ラヒホイタヤ)の平均賃金は、2019年には月額2480ユーロ(約30万円)と、他の職業と比較しても高い水準であると報告されています。

気になるフィンランドの年金についてみると、国民年金の満額(単身者)は,月額約11万円(2022 年)です。 所得比例年金 1 に対し0.5が国民年金から減額され,所得比例年金額が月額22万5千円のときに、国民年金は支給されなくなるそうです。

因みに、労働者の2024年の平均年収は、約50,000ユーロ(約800万円)程度と推定されます。

フィンランドは高福祉国家と言われますが、何だか日本の高齢者の方が恵まれている感じがします。街中に出ている高齢者が、日本の方が圧倒的に多い理由がわかる気がします。

ヘルシンキ旅行だより

第1日目 8月4日 月曜日

関空から白夜の北極点近くを通過し、13時間余り、早朝5時45分に無事到着しました。日本との時差は6時間です。私にとって、はじめての北欧への旅、動機は単純です。昨夏に熱中症になったことです。

気になる気温ですが、ヘルシンキの朝は18℃、出発時の服装のままでは肌寒く、薄手のセーターを着るとちょうどくらいです。

空港のカフェでゆっくりと時間を潰し、電車に乗ると、車窓から見える洗練された近代建築様式の建物が並んでいるのに圧倒されます。

ヘルシンキ中央駅に着くと、正面に見えるのが今回宿泊するするグランド・セントラルホテルです。1904年建築のこのホテルは、昔の東京駅のステーションホテルを思い出させるクラッシック・スタイルです。周囲の新しい建物とのギャップは大きいですが、私にとっては落ち着いた居心地の良いホテルです。

ホテルで一休みしたのち、港周辺のマーケットに出向きました。囲碁仲間の山本さん推薦のスープを求めて、探し回ったのですが、見つかりません。若者たちで賑わうレストランに入ると、昼食バイキングが30ユーロ、約5千円と日本の倍以上の値段です。何でも日本の1.5倍から2倍はするようです。

日中の天気は、晴れで、20℃くらい、みんな半袖です。

路面電車で一旦ホテルに戻り、休息。夕食を中央駅近くのレストランでと考えていたのですが、突然の雷雨。こんな北国でこんな雷鳴と土砂降りの雨を経験するとは思いもしませんでした。

今夜は外出を諦め、ホテルのレストランで夕食をと考えたのですが、何とレストランは月曜日休業。やむを得ず、売店で売れ残ったサンドイッチと牛乳500mlを仕入れて、部屋での侘しい夕食です。

もう午後9時を過ぎていますが、まだ外は明るく、さすが白夜の国フィンランドです。明日の早朝には、息子家族が同じ便で着きます。