人類遺伝学がご専門の西尾久英教授(神戸学院大学)から、英国科学雑誌Nature, 2020 Sep 30. doi: 10.1038に掲載されたZeberg H, Pääbo S.: ”The major genetic risk factor for severe COVID-19 is inherited from Neanderthals.”の話を伺いましたので紹介します。
スバンテ・ペーボ教授は、人類誕生の過程でネアンデルタール人とホモサピエンスの間での交雑説を、遺伝子解析からはじめて唱えられた博士で、ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所の教授で、沖縄科学技術大学院大学の兼任教授もされています。
ペーボ教授らは、ネアンデルタール人から受け継がれた、3番染色体上の約50キロベースの遺伝子領域が、重症化リスクと関係していることを指摘しています。この領域は、南アジアの人々の約50%、ヨーロッパの人々の約16%が担っていますが、日本・韓国・中国など東アジアではほとんどの人が当該遺伝子を持っていないとのことです。
東アジアと欧米の国々では、SARS-CoV-2感染の重症化に差のあることはこれまで謎でしたが、ネアンデルタール人由来の遺伝子の有無が関与しているとのペーボ教授らの説は納得のいくものです。
南アジアと東アジアの間のハプロタイプ頻度のこのような違いは、過去の自然選択によって影響を受けた可能性が指摘されています。すなわち、南アジアでは、このハプロタイプを有する対立遺伝子の存在が病原体から人々を守るように働き、ハプロタイプの頻度が高いままになっているのかも知れません。
しかし、東アジア地域では、このハプロタイプを有する対立遺伝子を持つ人々が、コロナウイルスあるいは他の病原体に対して高い感受性を持つことになり(すなわち、感染して、死亡するために)、このハプロタイプの頻度が減少した可能性があります。
人類の歴史において、今回のコロナウイルス流行と同じような流行で遺伝子の選択が繰り返されてきたようです。
参考文献
[1] Ellinghaus, D. et al. Genomewide association study of severe COVID-19 with respiratory failure. N. Engl. J. Med. https://doi.org/10.1056/NEJMoa2020283 (2020). 重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染した後の呼吸不全のリスク遺伝子座として3番染色体上の遺伝子クラスターが特定された。
[2] COVID-19 Host Genetics Initiative. The COVID-19 Host Genetics Initiative, a global initiative to elucidate the role of host genetic factors in susceptibility and severity of the SARS-CoV-2 virus pandemic. Eur. J. Hum. Genet. 28, 715–718 (2020). コロナウイルス病2019(COVID-19)の入院患者3,199人と対照者を含む研究で、3番染色体上のクラスターがCOVID-19感染および入院後の重篤な症状の主要な遺伝的危険因子であることを示した。