AI時代に向けての育児

赤ちゃんがもつ不思議な力を知り、あたたかい心をもつ子に育てよう

小児科医  中村 肇著

 

目次

はじめに

第1章 赤ちゃんのもつ不思議な力

第2章 認知脳科学からみた人間の脳の発達

第3章 あたたかい心をもつ子に育てよう

第4章 障害児と「共に生きる」社会に

第5章 AI時代の子育てはどうなる

あとがき

 

はじめに

脳科学の進歩により、われわれは人間の脳の微細な構造やその機能を観察でき、子どもの精神運動発達のようすを脳の発達と結びつけて考えることができるようになりました。その結果、子どもの非行、犯罪、自殺といった思春期の問題が、乳幼児期から学童期にかけての過ごし方と無関係でないことも解ってきたのです。

育児で一番大切なことは、赤ちゃんの脳に他人を信頼する能力を植えつけることです。見つめ合いや微笑、表情の模倣を介して、母子双方に「快の情動」がもたらされ、赤ちゃんは学習していきます。これが人への信頼感となり、感性豊かな大人になっていくのです。

いま、世界は人工知能(AI)の時代に突入しようとしています。AIがもつDeep Learning(深層学習)という機能は、人間の脳の働きを模して組み立てられた人工のニューロン・ネットワーク(神経細胞網)です。学習したり、考えたりしたことを記憶として刻み込んでいくのです。

初期のAIは、人間の赤ちゃんの発達過程をモデルとして開発が進められていたのですが、今やAIがチェスや囲碁の名人を打ち負かす時代になりました。AIが、ときには大人の知能よりも勝れた能力を発揮します。

やがて、AIロボットに子育ての手助けをしてもらう時代が来るでしょう。AIロボットに子育ての手助けをしてもらうには、漫画家手塚治虫氏が描いた鉄腕アトムのような、「おもいやり」と「あたたかい心」に富んだロボットに育てねばなりません。

いや、その前に、私たち人間自身がいま自分たちの行っている子育てがこれでいいのか、振り返ってみることがもっと大切です。

敬愛する葛西健藏氏に、子どもへの深い愛と教えに感謝してこの本を捧げます。本書の作成にあたり、英語訳にご協力頂いた川島武将氏、挿絵を担当頂いた長尾映美氏に厚く感謝申し上げます。

2020年2月

中村 肇

小児科医・神戸大学名誉教授

 

第1章

赤ちゃんのもつ不思議な力

1. すばらしい学習能力をもつ子どもの脳

赤ちゃんの素晴らしい学習能力は、周囲の様子を絶えず、じっと見つめているその観察眼にあるようです。

赤ちゃんは、ふだん自分が目にしているものと異なる場面に出会うと、不思議そうな表情になります。他人が変な行動をしていると、何か間違った行動をしているのではないかと解釈します。

子どもが自ら経験したことのない行動には、結構慎重であるのもうなずける思いがします。

私たち人間は、他のどんな動物種よりも幼年期が長いのが特徴です。

この間ずっと大人の保護の下にあるため、周囲の環境について学習するだけでいいのです。成人になって初めて、幼年期に学んだことが役立つという脳の仕組みになっているのです。

2. 「まなかい」は育児の原点

育児の基本は、“まなかい”にあります。

“まなかい”という言葉は、単に目と目が合うというだけではありません。見つめ合いや微笑を通じて、母と子の間に「快の情動」が通い合うから、“まなかい”というのです。

人として生まれつき備えているこの機能を損なわないように子どもを育てることが大切です。

乳幼児期から他者と“まなかい”を通して行為を共有する育て方をしていれば、人間としてのコミュニケーション能力の高い大人になり、あたたかい人間関係を築けるでしょう。

3. 赤ちゃんのほほ笑みは相手のこころを癒す

生まれて間もない赤ちゃんでも、ほほ笑みかけると、赤ちゃんの表情が緩みます。   

赤ちゃんが「ほほ笑み始める」のは1〜2か月と育児書に書かれていますが、その開始時期は周囲の大人が赤ちゃんにどのように関わっているかで違います。

いつも赤ちゃんの正面から笑顔で話しかけていると、赤ちゃんはお母さんの笑顔に反応し、早くからほほ笑み始めます。   

赤ちゃんは、親だけでなく目線が合うと誰に対してもほほ笑み返してきます。

「ほほ笑み」は、相手のこころを癒す最高の思いやりです。

4. 赤ちゃんは表情の模倣でコミュニケーションをとる

生まれて間もない赤ちゃんでも、舌を突き出したり、口を開閉したりして、他者の表情を鏡に映し出すようにまねることができます。

赤ちゃんは、誕生した時から母親の助けなしに生きていけないので、母親の関心を引くために、表情の模倣という行為が生まれつき備わったと考えられます。

見つめ合いや微笑、表情の模倣といった、表情を介した母子間のコミュニケーションが、母子双方に「快の情動」をもたらします。

5. 赤ちゃんの視力は1歳までに急速に発達する

赤ちゃんは、生後1か月頃までは暗やみでは大人の眼とほとんど変わらない識別能をもっていますが、明るいところでは被写体を明瞭に認識することができず、輪郭のみで判断しているようです。

生後3〜4か月になると、大脳の視覚野が発達し、しっかりと相手を見つめ、表情も豊かになります。

生後9か月頃になると、相手の視線が第三者に向けられたとき、相手の視線に追従して、自分の視線を重ねる『共同注視』もできます。

さらに進んで生後10か月を過ぎると、「できたよ!」、「これでいいの!」と、相手の確認を求めるように視線を送る『社会的参照』が活発となります。

赤ちゃんの発達段階に応じた接し方が大切です。

6. 赤ちゃんとの会話は幼児語ではじまる

お母さんは、意識するしないにかかわらず、声が高くなり、抑揚をつけた独特の韻律で、赤ちゃんに話します。

これをマザリーズ、幼児語と呼びます。

生まれて間もない新生児でも、耳はよく聞こえており、どのようにすれば赤ちゃんがよく反応するかをお母さんは自然に気づいたのです。

歌をいつも聞きながら育った子どもは、言葉の覚えが早いようです。抑揚のある話しかけは、赤ちゃんの脳への記憶に効果的です。

あなたが音痴だからと言って、しり込みする必要はありません。大きな抑揚でゆっくりと赤ちゃんに話しかけてください。

7. 母子の絆は母乳中のフェロモンから

赤ちゃんは、母乳のにおいが自分の母親のものか、他人のものかを区別できるのです。

ヒトの体臭は、「フェロモン」の違いに関係しています。赤ちゃんは、母乳中のフェロモンの違いから、母親のものと他人のものとを識別しているようです。

母乳のにおいは、新生児のストレス軽減に役立つと言われています。

新生児から採血をするときに、赤ちゃんが、他人の母乳のにおいを嗅いだときよりも、自分の母親の母乳のにおいを嗅いだときストレスが少なかったという論文があります。

嗅覚は、五感の中で最も原始的な機能ですが、癒しに最も効果があるのが嗅覚です。

8. 羊水のにおいは母乳のにおいと同じ

赤ちゃんは、生後すぐから母親の身体をよじ登って乳首に吸い付こうとします。

その理由は、母乳のにおいには羊水と共通するにおいがあるからです。

羊水や母乳だけでなく、体臭と関係する汗や唾液、皮脂腺からの分泌物は、癒しの効果を有し、ストレスの軽減に役立ちます。

アイスクリームに使われているバニラの香りの主成分であるバニリン (vanillin) に対しても、赤ちゃんは羊水と同様の反応を示します。バニラアイスクリームが多くの人に好かれるのは、母親を感じ、心が癒されるからでしょう。

においは、人間関係を保つ上で大切です。

9. オキシトシンは人を信頼する能力を高める

「信頼感」は、円滑な人間関係を確立する上で不可欠です。

最近、ホルモンの一種であるオキシトシンを摂取すると、他人を信頼する能力が大幅に向上したという論文が発表されました。

このオキシトシンは出産後に母親の子宮収縮作用を有することは古くから知られていました。

出産後の母体中のオキシトシンの増加は母親と子どもの愛着形成にも関与しています。

「人を信頼するための基本的な能力」こそが、赤ちゃんが生後1年までの間に獲得すべき課題です。この基本的信頼感が達成されておれば、その子は順調にその後も発達し続けます。

10. 人は生まれつき共感する能力をもっている

他人の喜びや苦しみを自分のことのように感じる能力、「共感」は、人間が生まれつき備えている能力です。

新生児は誰かが泣いているとつられて泣き、機嫌のよい声や笑い声を聞くと嬉しそうにします。

2歳児になると、子どもは落胆している友人や親を慰めたりさえします。

幼児期の子どもたちは、非人道的な行為や不当な行為に対して敏感に反応します。

いじめや非行に走る中高生の脳の奥にも、共感する能力は刻み込まれているのです。

11. 三つ子の魂百までも

「三つ子の魂百までも」は、日本古来の言い伝えで、生後3年までの育児環境が子どものこころの発達に大きな影響を与えることを言います。

同じような表現は、日本だけでなく、世界中どこでも似通った言い伝えがあります。

英語圏では、“What is learned in the cradle is carried to the grave.”(ゆりかごの中で覚えたことは墓場まで持っていく)。

イスラム圏のヨルダンでは、アラビア語で「非常に幼いときに学んだことは石に刻まれたようなものだ」。

中国では、「三歳看老」(三歳の子どもを見たら老後がわかる)です。

言語、宗教、文化に関係なく、3歳までの育児環境の大切さは世界共通の認識です。

第2章

認知脳科学からみた人間の脳の発達

1. 人間の脳の重さとニューロン・ネットワークの発達

生まれたときの人間の脳の重さは約400gですが、生後6ヶ月で2倍に、生後3歳過ぎには3倍近くまで増加します。完成するのが20歳過ぎで、1,300g前後の重さになります。

人間の脳では、ニューロン(脳神経細胞)とニューロンが互いに突起を出して、お互いが結びついたニューロン・ネットワーク(神経細胞網)によって脳はいろんな機能を発揮します。

MRIという装置で子どもの脳を観察すると、私たちはニューロン・ネットワークの発達の程度を知ることができます。

ニューロン・ネットワークの発達は、脳の重さの変化にほぼ一致しており、生後6か月頃から3歳頃までの間に最も大きく変化します。

2. 大脳の発達は進化を反映している

人間の大脳皮質には、神経細胞が存在する灰白質層と神経線維が集まっている白質層以外に、大脳の奥深くには大脳辺縁系(だいのうへんえんけい)と呼ばれる部位が存在しています。

大脳辺縁系は、情動の表出、意欲、そして記憶や自律神経活動に関与しており、生命維持や本能行動の中枢です。

大脳辺縁系は、進化論的にみて脳の最も旧い部位の一つであり、早くから発達し始めます。思春期には、ホルモンの影響を強く受け、一気に成熟します。

比較的早期に成熟する大脳辺縁系のこの発達は、乳幼児期の感性や精神的な発達との関連性から大変注目されており、まだまだ未知なることがたくさんあります。

3. 大脳皮質は部位により発達の時期に差がある

大脳皮質の中でも、光や音、におい、味、感触を感じとって反応する一次感覚・運動野の灰白質層は、最も早く発達し、乳幼児期にほぼ完成します。

大脳皮質の前部にある前頭前野と呼ばれる部位は、集中・計画・解析などの思考、すなわち高次機能を司っています。人間の衝動的な行動に対しては抑制的な働きをするのも、この前頭前野です。

前頭前野は、4〜5歳になって初めて機能し始めますが、この部位が成熟するのは20歳を過ぎてからです。

なぜ、十代の若者が危険な行動に走りやすいのか。それは、思春期を迎えて感情的な行動に走らせる大脳辺縁系の成熟時期と、抑制的な行動を取らせる前頭前野の成熟時期とのずれが原因していると解釈できます。

4. 乳幼児の脳には可塑性がある

人間のニューロンは、3歳ごろまでに使用していないと、「刈り込み」と言って、無駄をなくすために消失し、脳のフレームワークを効率的に形づくります。

乳幼児期に不適切な養育をしていると、生涯にわたる身体的・精神的発達に大きな障害を残し、後からの修復が不可能と考えられていました。ところが、このような従来の考えを覆す研究データが発表されたのです。

ルーマニアの旧チャウシェスク政権時代の孤児院で、2〜3歳までたいへん劣悪な環境のもとで過ごしていた赤ちゃんには、大きな発達の遅れが認められていました。ところが、その子たちがイギリスの乳児院に移り、辛抱強い教育を与えていたところ、子どもたちは徐々に正常の発達を取り戻しました。

子どもの発達には、確かに臨界期、最も発達に適した時期がありますが、それを過ぎたからといって、決して諦めることはないのです。

乳幼児の脳には可塑性があるからです。

5. 情動の発達に不可欠なのが五感

情動の発達に不可欠なのが、五感、すなわち、視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚の発達です。これらを習得できる臨界期は幼児期です。

早期教育とは、大人になってからでもできることを早く習得させることではなく、乳幼児期にしか獲得できないこと、「五感を養う」のが一番大切です。

3歳までに習得した言語は流暢に発音できますが、その時期を過ぎると難しくなってしまいます。絶対和音の識別も同様だと言われています。

6. 感性豊かな心は大脳辺縁系に宿っている

計算や文字、知識といった認知能力は、教えることができますが、情動、感性といった非認知能力には教科書がありません。

子どもの心に豊かな感性を養うのは、子どもの周りにいる人たちです。

家族の、保育園でのお友だちや先生の言葉かけ・態度が、子どもの脳の奥深くにある大脳辺縁系に感性として焼きつけられていくのです。

子どもからの問いかけには、「聞く」、「応える」、「ほめる」ことです。ほめられながら、子どもは感性豊かな大人へと成長していくのです。

7. 子どもがもつすばらしい学習能力を大切に  

最近、10代の若者が、囲碁・将棋やスポーツの世界で大活躍です。どの若者の母親も、異口同音に、親が強制したのではなく、幼児期に子ども自身が興味をもち、自主的にやりたいと申し出たと話されています。

彼ら自身の努力による成功体験が、大脳辺縁系を刺激し、快の情動として学習意欲を高め、粘り強くやり抜く力(グリット)と、ストレスに対処できる弾力性(レジリエンス)を養ったと思われます。

4〜5歳になって初めて機能し始める前頭前野の発達とともに、子どもがそれまでに培ってきた創造的に探求する能力、柔軟に学ぶ能力が、より効果的に活用された結果でしょう。

子どもたち自らが学習しようとするにふさわしい環境を提供し、じっと見守ってきた親の手助けがあってのことです。   

第3章

あたたかい心をもつ子に育てよう

1. 母乳哺育はすばらしい

お母さんに抱かれた赤ちゃんは、乳首を口いっぱいに含みながら、お母さんの顔をじっと見つめ、ときに薄目を開けてお乳を飲んでいます。そのときの母子の幸せそうな姿は、まわりにいる他人までも幸せにしてくれます。

わが子に対する親の慈愛、親に対する安心・信頼という親子の絆が、哺乳行動を通じてでき上がっていくのを実感します。

生後3か月ごろまでは母乳で育てられていた子どもたちも、お母さんが勤めに出始めると母乳栄養が中断されてしまうケースも少なくありません。

最近では保育室のある職場が増えてきましたが、まだまだ限られています。たとえ昼間の授乳が困難でも、朝夕の授乳で母乳は出続けます。

勤めに出られても、あきらめずに母乳を与え続けてください。

2. 「ダメ!」は子育ての禁句です

まだことばのわからない赤ちゃんでも、「ダメ!」という禁止語には慌てて手を引っ込めます.

赤ちゃんは、単に恐ろしいから手を引っ込めているだけです。

「ダメ!」を繰り返していると、赤ちゃんの脳には恐怖心が刷り込まれます。

やがてその子が成長した時には、何事も力で解決しようとする大人になってしまう可能性があります。

「ダメ!」という前に、さあ、ひと呼吸を。

3. 「きまりだからダメ」と言わないで

「法令は守らなければいけないもの」ですが、「法令を守るだけで十分」なものではありません。法令遵守を推し進めるだけでは、社会の混乱と矛盾が生じます。

法がなければ自律できないという法治国家は、理想の人間社会ではありません。

子どものしつけにおいて、「きまりだからダメ」と高圧的に子どもを制止するのは止めてください。

「きまりだからダメ」ではなく、「他人に迷惑をかけるからダメ」であると説明してください。

「法令を守るだけで正義」という考えで、子どもの教育をしてはなりません。

4. 怒ったお母さんは怖い、でもお母さんは優しい

子どもは、一歳半頃になると、自我に目覚め、子どもは激しく親に甘えます。子どもがあまりに甘え過ぎると、母親は「もうこんな子はいらない」とキレてしまいそうになるかもしれません。

そのようなときに、「お母さんの子ではない」といった切り捨てる言葉を使うかもしれません。

すごく怒ったしまった後には、普段よりも優しく子どもを抱きしめてください。

すると、子どもは、「お母さんは怒ると怖い、でもお母さんは優しい。ぼくはお母さん大好きだ。」ということになります。

親と子どもとの間には、より強い心の響き合いが生まれます。

5. 育児で悩んだら、つぶやきを

育児に疲れたときに、社交性のあるお母さんは、ひとりで悩まずに、電話やメールでお友達と話しをすると、気持ちが落ち着きます。

人付き合いのあまり上手でないお母さんは、育児のちょっとした悩みを解決できずに、ひとり悩んでおられるのではないでしょうか。

育児に疲れたときには、ひとりで大きな声を出してつぶやくのもよし、ツイッターへの数行の書き込みもよし、です。

あなたのつぶやきに、育児の先輩やフォロワーからアドバイスがもらえるかもしれません。

ゆとりのある方は、フォロワーとしてあなたの経験を、悩める後輩ママにそっとつぶやいてあげてください。

6. もっとも傷つきやすいネグレクト・無関心

少子化がすすむ日本で、若者の自殺が増加しています。これは、近年増加の一途にある児童虐待やいじめと無関係ではありません。

日本全国の児童相談所に持ち込まれる児童虐待相談件数が10万件以上となり、この5年間で2倍に増加しています。中でも、心理的虐待やネグレクトの増加が顕著です。

証拠を残さないネグレクト・無関心は、他人の眼につきにくいのが特徴です。繰り返されるネグレクト・無関心は、子どもの心に傷として深く刻み込まれ、その影響は生涯に及びます。

大人ひとりひとりが、もっと自分の周りの子どもたちに関心をもち、言葉をかけることが大切です。

7. 振り上げられた拳をそっと掴んで

子どもへの虐待が日本中至る所で繰り返されています。私たちのこども急病クリニックにも、頭部打撲のために連れてこられる乳幼児が最近増えています。

乳幼児の頭部打撲には、身体的虐待によるものが混じっています。たった一度だけの、「激しい揺さぶり」や「打ちつけ」が、重大な脳障害を招きます。

愛おしい我が子でも、なかなか親の思い通りにはいきません。思い通りに行かないと、ストレスがたまり、思わず、手を振り上げてしまったのです。

その振り上げた拳を、後ろからそっと掴んでくれる人がいると、大事に至らずに済むのです。

8. 常に褒められている子どもは、褒め上手に

他人に褒められて、怒る人はいないでしょう。

褒め上手な人は、他人が喜びそうなことを上手に見つけて、他人をうまく褒めます。

子どもに達成困難な目標をつねに与え続けていると、その子は褒めの言葉を聞く機会が少なくなります。

子どもたちが少し努力すれば達成できる目標を設定すれば、褒めの言葉を聞くことが増えます。

親からの肯定の言葉が、子どもに自信を与えるのです。

9. 2歳児を無理やり服従させないで

2歳を過ぎると、子どもは自我に目覚めて最初の反抗期に入ります。

親は、子どもの健康・発達に良かれと思って子どもに接します。しかし、子どもは両親の考えを理解できません。子どもが両親の気持ちを理解できるようになるのは3歳を過ぎてからです。

この最初の反抗期に、あなたが子どもを強制的に従わせようとすると、人への不信感が子どもの脳に植えつけられ、子どもが思春期に入ったときに、非行や暴力につながる危険性があります。

あなたが深呼吸している間に、子どもの気持ちも変わります。

今は、あなたの子どもの発達に満足してください。

10. 人は、いつまで反抗期?

人には、反抗期が二回あるといわれています。

1回目は、2歳から3歳の頃です。第1次反抗期で、「魔の2歳児」と呼ばれるものです。

2回目は12歳から15歳の頃、ちょうど思春期に当たります。親が何を言っても拒否、無視し、自己主張が強く、悪いことをしても素直に謝りません。

いずれの時期も、身体や脳が急速に発達・成長する時期です。自我に目覚めた子は、親や周りの人との折り合いのつけ方が分からずに、悩んだ末に反抗的態度に及ぶのです。

われわれ小児科医は、「反抗は子の成長の証(あかし)、喜ぶゆとりをもって見守るように」と親に話すのですが、なかなか納得していただけません。

第4章

障害児と「共に生きる」社会に

1. 発達障害児とはどんな子

発達障害児とは、知的障害はあっても軽度で、人とのコミュニケーション能力に問題を抱える児のことを言います。一般的には、学習障害(LD)、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、高機能広汎性発達障害などの総称です。その原因は、先天的な脳の神経発生・発達の障害によるものです。

落ち着きがない、こだわりが強いといった問題を抱えた子どもたちは、周囲の人々からはもちろん、親からも理解されにくいものです。親にはもっと厳しい躾を、教師にはもっと厳しい生活指導を強いられ、子どもは悩みます。

発達障害児では、ある特定の機能のみの障害で、大半の機能は正常か正常以上のことも少なくありません。

子どもの短所ばかりを直そうとするのではなく、優れた点を見つけ出し、引き伸ばしてやることが大切です。

2. 発達障害児と一緒に生活することが大切

「発達障害者支援法」が2005年4月から実施されました。

その狙いは、発達障害児の問題発達行動を的確に捉え、理解し、子どもを取り巻く生活環境を整えることにあります。

障害をもつ児は、障害をもたない児と一緒に生活していると、さまざまな刺激を受けて発達が促されます。

同時に、障害をもたない児は、幼少時より身近に障害をもつ児がいることを知ることになり、障害者に対していたわりの心を持った大人に育っていくことが期待されます。

3. 発達障害をもつ大人が社会問題に

これまで子どもだけの問題であった発達障害が、今日では大人の問題になってきました。

昔は、自分一人で仕事のできる職場がたくさんあり、他人とのコミュニケーションが苦手な人でも就労できていました。

現代社会においては、サービス業をはじめとする第三次産業の占める割合が高く、就労の場が限られてきました。今後ますますその傾向が強まると予測されます。

障害者がもつ負の面ばかりを問題にするのではなく、彼らのもつ長所をうまく活用する方策が求められます。

利益のみを追求する効率至上主義の経営でなく、働く人の能力に応じたいろんな職場づくりがこれからは大切です。

4. スポーツを通じて、障害者と共に生きる喜びを

第六回全国障害者スポーツ大会が、2006年10月に、皇太子殿下をお迎えして神戸で開催されました。

さまざまな障害をもつ選手の元気いっぱいの活躍、それを支えるボランティアの働き、観客の熱心な声援。その大きな感動の輪の中に、私は観客として参加しました。

運動機能障害、知的障害、聴覚障害など、さまざまな障害を克服して、明るく屈託のない笑顔で、生き生きとプレーしているその姿に、スタジアム全体が「共に生きる」喜びに満ち溢れていました。

スポーツを通じてだけでなく、日常生活の中においても障害者と「共に生きる」喜びが実感できる機会を増やすことです。

そうすれば、自らの生命に感謝し、夢と希望を友と分かち合う、思いやりのある社会が実現されるでしょう。

5. 障害児が全身で表現する「いのちの輝き」

神戸市の「しあわせの村」には、「にこにこハウス医療福祉センター」という重症心身障害児入所施設があります。

障害者の笑顔や全身で表現する「いのちの輝き」は、周りにいる家族や施設職員に、「生きる」大きな希望と幸せを授けてくれているのを実感します。

市民の多くは、障害者施設の実態についてあまりご存知ないと思います。

利用者をはじめ、ご家族、職員の皆さんが、これほど明るく、生き生きと過ごしている姿を、広く社会に発信したく思います。

第5章

AI時代の子育てはどうなる

1. AI時代がやってきた

人工知能(AI)による自動車の自動運転の路上試験が日本でも開始されました。

家電製品をはじめ、身の回りにはAI搭載の製品(IoT, internet of things)が次々と出回っています。

米国では、クラウドベースの音声認識サービスがすでに始まっています。すでに発売されているスマホの音声認識サービスソフトは、こちらが話しかけると、道案内や資料のあり場などを即刻教えてくれます。

孫娘が、「あなたはロボットですか」と話しかけると、少し不機嫌な声で、「私にも心があります!」という返事がスマホから返ってきたのには驚きました。まるで人が答えているのと錯覚しそうです。

2. ペットロボットが子どもたちに大変な人気

「パロ」と呼ばれる、あざらしに似た形をした白い人工毛皮で覆われた日本製のペットロボットが、小児科の外来におかれています。

パロは、子どもたちに大変な人気です。とくに、自閉症の子どもは、パロと遊び始めると、なかなかその場を離れません。

パロは、まぶた・首・前足・後ろ足を本物の生きもののようにリアルに動かし、「きゅうきゅう」という可愛い鳴き声も発します。自分の名前を呼ばれると反応します。

パロには知能があり、感情を持ち、乱暴な扱いを嫌がり、触れ合い方により性格が変化し、飼い主の行動を学習する能力もあります。

もっと進化すれば、他人とのコミュニケーションをとるのが下手な現代人の「こころの相談役」として、働いてくれるかもしれません。

3. 赤ちゃんの脳の発達がAIロボット開発のモデル

いまや、AIが囲碁の名人を打ち負かす時代になりました。AIが、ときには大人の知能よりも勝れた能力を発揮します。

人間の脳神経細胞は、シナプスという線で互いに繋がっているので、いろんなことを学習したり考えたりできます。AIは、人間の脳を模して作成された人工のニューロン・ネットワークです。

人間のニューロンは、使用していないと、「刈り込み」で消失しますが、AIは作ったニューロン・ネットワークをどんどん蓄積していきます。新しいニューロン・ネットワークを作り、蓄えていくAIロボットに人間は敵いっこありません。

ロボット工学の研究者が、赤ちゃんの行動発達を観察するために私たちの新生児室にたびたび来られていた30年前を懐かしく思い出します。

4. AIと上手に付き合うには、声が大切

人間の声は、いろんな情報を相手に伝えます。

目を閉じて、声を聞いているだけで、相手の喜怒哀楽や健康状態もわかります。

目も相手に多くのこと語りかけますが、声には人の意思がより豊かに、より正しく反映されています。

自分が普段聞いているのは、耳から入ってくる空気の振動と鼻腔や喉での振動(骨伝導)の両者を合わせたものです。自分が聞いている自分の声は、他人が聞いている自分の声とは違うのです。録音された自分の声を聞けばよくわかります。

AIと上手に付き合うには、自分の考えや思いを正しく相手に伝える声の学習が大切になってきました。

5. AIロボットにもあたたかい心を持たせよう

人間社会では、毎日どこかでいじめが起こっています。

子供たちだけでなく大人の世界でもいじめがあります。国家間でも絶えず紛争がおこっています。

歴史的にみて、普段はどんなに善良な人でさえも、戦場では信じられないほどひどい行動をとる人間になってしまいます。

この点については、AIは人間を模倣しないでください。

手塚治虫が鉄腕アトムに描いたように、AIロボットがどんなときにも、あたたかい心を持ち続けてくれることを願います。

6. AIの加わった新しい家族生活のはじまり

近い将来、5つの感覚(視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚)のセンサ機能が改善されると、人工知能は人間と同じ知性を持つように進化する可能性があります。そして、AIが人間社会の一員となるかもしれません。

人間とAIがうまくやっていくためには、人間とAIが幼少時からお互いにコミュニケーションできる能力を養うことが必要です。

人間の子どもたちがAIにいつも不親切にしていると、AIは人間の子供を憎んで、報復するかもしれません。

発達障害のある子どもは、人間社会では人付き合いが上手にできませんが、AIと一緒の生活であればうまくいくかもしれません。

学校では、AIとの友情を育む方法を学ぶ新しいクラスが始まります。

さあ、AIと一緒に新しい家族の生活を始めましょう。

あとがき

2017年5月には、「赤ちゃんの四季」、同12月には「子育てをもっと楽しむ」を相次いで出版する機会に恵まれました。いずれも私が10年以上にわたって連載してきた育児に関するエッセイをまとめたものです。

第2冊目の本「子育てをもっと楽しむ」の編集中に、葛西健藏氏の訃報に接し、今回のエッセイには、葛西健藏氏が主宰されていたアップリカ育児研究会で話題となっていた内容が多く含まれていることに改めて気づきました。

アップリカ育児研究会は、1970年に小児科医内藤壽七郎先生、漫画家手塚治虫氏とアップリカ育児研究会理事長葛西健藏氏の3人が設立された研究会で、「あたたかい心を育てる運動」を展開していました。育児を通じて、国内だけでなく、国際的に、とくに、中国と育児に関する活発な研究交流が行われていました。

私自身は、阪神淡路大震災のあった1995年から、このメンバーに加えていただくことになりました。それまで、育児の問題について小児科医仲間では絶えず話をしていましたが、母子保健関係者以外と話す機会はほとんどありませんでした。しかし、この会には、実業家、弁護士、マスコミなど多彩な職種の方々が参加しておられ、真摯に子どもの問題に取り組んでおられるのを目の当たりにし、大いなる感銘を受けました。

国内での活動のみならず、国際的にも度々研究会がもたれ、世界各国、とくに中国、米国からもこの運動に賛同した多数の同士が集うところとなりました。

21世紀初頭には、兵庫県淡路島で、国際育児研究集会が3回もたれました。中国の国内外で活躍しておられるWu Beiqiu(伍蓓秋)先生、Hu Qingli, M.D.(胡慶澧)先生ら、米国からは米国小児科学会会長であったDr.Louis.Z.Cooper、Dr.Robert J.Biggeら、日本からも小児科の小林登先生、仁志田博司先生、産科の坂元正一先生をはじめ多数の方々が参加されました。「子どもを守る」という思いは、国・人種・文化は異なっても、人類共通であることを強く感じることができました。

この書を通じて、少しでもその思いを伝えることができれば幸いです。

本書の作成にあたっては、貴重なアドバイスを下さった神戸大学の高田哲教授、西尾久英教授、資料の提供を頂いたアップリカ育児研究会の原田卓児氏、顧振申氏、河崎桂子氏、出版にあたりご協力頂いた兵庫県予防医学協会谷川亜有美氏、AC Broadband社長の黒川裕子氏に厚く御礼申し上げます。