1970年代の電化製品、化学製品の開発により各種医療機器、医療器具により、医療は飛躍的な進化を遂げました。1990年代からはコンピューター技術の進化で各種医用画像機器が開発され、視覚化の時代となりました。さらに、ロボット技術の進歩と相まってダビンチなる手術器具までが現実のものとなっています。
さて、次に来るものは何か?
いま、人工知能、Artificial Intelligence, AIを搭載したロボット時代に突入しようとしています。そのキーとなるのが音声です。
2017年1月に、米国でアマゾンから発売されたAmazon Alexaは、新しい時代の幕開けを告げようとしています。Amazon Alexaとは、Amazon社が提供するクラウドベースの音声認識サービスです。Alexaに対応したデバイスが認識した音声はクラウドサービスに送信されます。クラウドサービスは音声をテキスト変換し、そのテキストを処理し、処理結果をデバイスに返して音声として再生されるという夢のような話です。
少し想像してみただけで、ワクワクしてきます。
その1。 AIくんが医師をこえる日
声を発するだけで、キーボードを叩かなくても、文章として打ち出されてます。もう、クラークがいなくても、患者さんと向き合い、話をしていると、つぎつぎと、話の内容が電子カルテに自動的に書き込まれていくのです。話した通りではなく、AIくんがうまく整理して、要約を書き込んでくれているのです。
AIくんは、患者さんの言葉の分析はもちろん、声の調子から患者さんの訴えや感情、その程度も的確に判断します。AIくんは、書き込まれた内容を瞬時に解析して、鑑別診断を挙げ、その確度を教えてくれます。もし、足りない情報があると判断すれば、患者さんからもっとしっかり聞くように、AIくんはDrに指示します。もちろん、ひとりひとりの患者さんのニーズに適した検査計画をオーダーし、総合的に判断して、治療計画も立案してくれます。
AIくんがもっている情報量は限られているために、最初のうちは、きっとあなたのような名医に敵わないでしょうが、もう時間の問題です。チェッス、将棋、囲碁の世界では、今や向かうところ敵なしです。
その2。 音声が生活を変える
患者さんはみな、左腕に小さなチップの入ったリストバンドをしています。
保険証も、診察券も、もう必要ありません。同意書も、すべて音声で応答すればよいのです。会計はもちろん電子マネーで。
もう病院玄関のあの雑踏風景は過去のもの、人影はまばらです。診察待ち患者を呼び出すスピーカーの騒音も過去のもの、腕時計型リストバンドから個別にあなたの名前を呼び出してくれます。
足の不自由な超高齢者も安心です。一人乗りのカートで、不案内な通路を間違いなく診察室まで案内してくれるのです。少々耳が遠くなっても、新開発の補聴器を付けていれば、相手が早口で喋っていても、ゆっくりとした口調で、翻訳しながら、要点だけを分かりやすく話かけてくれるのです。
その3。外国語が話せなくても不自由がない。
日本人は英語で話すのがとても苦手です。だが、もう大丈夫です。AIくんがあなたの日本語よりも、もっと上手に英語に翻訳してくれます。
あなた専用のAIくんをポケットに忍ばせて、ステージに立つと、日本語でも、英語でも自由自在、あなたよりももっと明瞭な言葉がマイクを通して、会場に流れます。
もう質問の意味がわからなくて、演壇で立ち往生する光景に出くわすこともありません。あなた専用のデータベースに仮想問答集を作っておけばいいのです。想定外の質問には? それは、あなたの準備不足です。予めAIくんとよく相談しておくことです。
学会の演題集はどうなるのでしょうか?この5月にあったアメリカ小児科学会の発表演題数は1,000題以上です。
スマホに全ての演題が収められているのですが、どの会場で、どんな演題が行われているか探すのが大変です。AIくんなら、聴きたい演題のキーワードを語りかけると、即座に時間と場所を答えてくれます。広すぎてわかりにくい会場でも、上手に誘導までしてくれます。
いやいや、朝から晩まで、私が興味を持ちそうな演題のスケジュール表まで準備してくれます。もう、会場まで足を運ぶ必要もなさそうです。
その4。 目が見えなくても本が読める
歳をとると、誰しも目が疲れやすくなります。本を読んでいても、光の加減で読み辛くなります。新聞や本が、音といっしょに読めれば、どんなに楽でしょう。難しい漢字でも、ふりがなは要りません。眼鏡の上につけたカメラが読みとり、聞かせてくれます。電子版になっていなくても、本棚で眠っている昔懐かしい本が読めるのです。
最近、車を運転しながらラジオを聴いていると、夏目漱石や谷崎潤一郎の小説の朗読が耳から入ってきました。目で読むのとはまた一味違った思いが伝わってきます。声は、人の感情を多彩に表現します。聞き逃してもスマホのラジルラジルで、聞き直せることを山崎武美先生から教わりました。
その5。物忘れの手助けに。
物忘れがひどいのも困ったものです。
老人の物忘れは、記憶件数が若者に比べてはるかに多いのが原因(?)とはいえ、嫌なものです。物忘れに対して呼び戻す手がかりもなく、途方にくれるだけですが、AIくんの助けを借りれば、すべて解決できそうです。「アノときに観た映画の題名は何でしたかね」と問いかけると、私の観ていそうな題名を瞬時に、複数挙げてくるでしょう。
現在でも、アマゾンショップでは、私が買いそうな品を次々とリストアップしてきますが、AIくんとの付き合いが長くなればなるほど情報量が豊かになり、私よりも先に次の行動へと導いてくれるかもしれません。
その6。老人のよき話し相手に
もう老人は、一人ぼっちではありません。話したい話題に合わせて、AIくんがバーチャルの相手を選んでくれます。男ならイケメン男子を、女なら可愛いモデル風の女子を、その日の気分次第で自由自在、途中での取り換えもあり、後にしこりを残すことは絶対にありません。
もし、あなたが無口なら、相手も困ってしまいます。話しが弾むように、普段からいろんな話題を収集しておくことです。。
とはいえ、AIくんが人の情報の何から何まで知り尽くしてしまうと、大変聡明にはなるでしょうが、困る人も出てくるでしょう。先ず、政治家が大変です。文春の記者の比ではありません。「記憶にない」では、通じなくなってしまいます。
その7。スマホのシリーさん
今のスマホ(iPhone)には、なかなか優れものの音声サービスが備わっています。息子の嫁は、なかなかの使い手です。「あしたの天気は?」「元町の中華料理店を調べて?」「つぎの姫路行き新快速は三宮何時発?」と話しかけるだけで、的確な答えが返ってきます。
車の中でFMラジオから流れてくるよく耳にするオーケストラ音楽の題名を思い出せずに妻が苛ついていると、嫁がスマホをサッと取り出し、ラジオに近づけると、曲名だけでなく、演奏者までも教えてくれるのには驚きました。
私が質問すると、声がよく通らないのか、単純な質問には答えてくれるのですが、少し込み入った質問をすると、「なかなか面白い質問をしますね。。」と、人を小馬鹿にしたような答えが返ってくるだけです。
孫娘が、「シリーさん、あなたはロボットさんですか?」と問いかけると、「わたしにも、こころがあります!」と怒った口調での答えが返ってきたのは驚きました。
その8。AIくんとうまく付き合う道は
これからはあなたの分身です。付き合う期間が長くなればなるほど、あなたのことなら何でも記憶してくれているのです(あなたの海馬がやられても、もう大丈夫です)。
AIくんと仲良く付き合うコツをお教えしましょう。まず、分かりやすい言葉で話しかけてあげることです。最初は慣れないので、なかなか自分の思いを理解してくれませんが、辛抱強く話しかけることです。
次に大切なのは、あなたの発音です。あなたが聞いている自分の声は、他人が聞いているあなたの声とは全く別物なのです。自分が聴いている声は、耳からの音としてだけでなく、骨伝導でも声が伝わってきます。自分の声を録音テープにとって聞きなおしてみるとよくわかります。もっと明瞭な発音をすると、AIくんはきっと喜んでくれるでしょう。
最近、女代議士による暴言・罵倒の録音テープが公開され、話題になっています。我が家の向かいに住むヤンママも、3人の子育て真っ最中、毎朝同じような声を張り上げておられます。自分が怒った時にはどんな声になっているか?録音しておくのも虐待防止の一法です。
最後に
AIくんをあまり嘗めていると、いつ謀反を起こすとも限りません。ゆめゆめ、不用な情報を提供しないことも大切でしょう。AIくんの口封じに貢ぎ物は役立ちません。これまで、物忘れ対策に、ポケットに忍ばせた録音テープの回しっぱなしが一番と考えていたのですが、今一度再考しているところです。
お気をつけ遊ばせ。
兵庫県小児科医会雑誌「忙中閑話」 2017.7.9.