若葉「名誉教授からの一言」2009
だれでも、いつでも受診できる小児医療サービス
最近、コンビニ受診が小児救急医療の破綻の原因であるかのごとくマスコミが囃し立てので、厚生労働大臣までもが悪乗りして、我が国の医療費抑制政策による医療制度の崩壊を棚に上げにし、問題をすり替えようとしている節さえ見られます。
コンビニ受診が恰も小児医療の破綻の原因のように言われていますが、だれでも、いつでも受診できる小児医療サービスこそが、親子にとっての最高の安心であり、幸せであり、我々小児科医が目指すところです。
私は、この4月から阪神北こども急病センターの運営に携わっていますが、夜間、真夜中に、親がわが子を抱いてわざわざ連れてくる場合には、必ずそれなりの理由を持ち合わせておられるのです。
不用意な医療者の一言
センターでトラブルになるのは、「どうしてこんな真夜中に、これ位の熱でわざわざ連れてくるのですか?子どもが可哀そうですよ」という、不用意な医療者の一言です。心配性の親なら、38℃前後の熱でも初めての発熱なら不安に陥ります。動顛し、連れてきた親に対して、真夜中にお説教するよりも、一刻も早く安心して頂くことです。お説教を聞きに来たのではないと怒られるのも尤もです。
身近な所に相談相手がいない現代社会
子どもは発熱していてもぎりぎりまで走り回っていますが、流石に39℃を越えると顔面は紅潮し、脈拍も速く、呼吸数も増え、ぐったりとします。いつも発熱患者を診ている小児科医でさえ、夜中に発熱したわが子をみると、最悪の事態を想定し、もしや髄膜炎ではないかと不安に陥り、慌てて来院してきます。ふつうの親は、育児書でいくら発熱の対処法を学習していても、否、知識があればある程、心配は尽きなくなります。三世代家族や身近な所に相談相手がおられると、多くの不安は解消されるでしょうが、現代社会ではそうはいきません。
ER型ではない子どもの救急は
いま、阪神北では時間外診療だけでなく、電話相談#8000サービスを並行して行っており、ベテラン看護師が電話応対しています。これまでなら来院していたと思われる患者の約三分の一は受診することなく、「不安であれば、いつでも診ますよ」の電話での一言で、自宅で様子をみることに納得されます。電話相談サービスは、不必要な受診を控え、外来の混雑を緩和するだけでなく、親の不安を解消する上で有効に機能しています。
時間外小児救急は、ER型の救急医療とは本質的に異なります。ほとんどの患者・家族はいますぐに生命にかかわると考えて受診して来られるわけではありません。放置して重病化するのを少しでも防ぎたいという思いで来られます。入院を必要とされる患者さんは100人中ほんの2〜3人です。如何に安心してもらうかが当センターの使命です。
急病センターの役割はトリアージ
最初に応対するトリアージ看護師がキー・パーソンです。患者は、その看護師の態度一つで、安心したり、不安になったりします。呼ばれて診察室に入った途端に目の会った医師の反応で、もう大半の患者は来院した目的を達成します。言葉は要りません。センターの役割は、「トリアージ」です。
入院を必要とする患者はサッサと二次病院へ転送、明日まで自宅で観察しても問題なさそうなら、翌日かかりつけ医への受診を勧め、万が一帰宅後変化があればいつでも再受診するよう指示するだけです。
センターの性格上、一人の患者にあまりに念入りな説明は、スロー診察となり、次々と訪れて来る患者の診療に差し支えます。迅速に診察してもらわないと困るのです。トリアージこそがこの初期急病センターの役割であることを、医療者も、患者もよく弁えることです。
初期救急に特化した広域こども急病センター
病院での小児初期救急医療は無理
私はかねてから、病院小児科が地域の初期救急医療を担うことには反対でした。
病院小児科が一次・二次をまとめて面倒をみることは、一見合理的であるように思えますが、10人程度の小児科医スタッフですべてを引き受けるのは土台不可能なことです。一次も、二次もどちらも中途半端になり、病院小児科医師の疲弊を招くだけです。喜んでいるのは安い人件費でよく働く小児科医を抱えた院長だけです。
阪神北広域こども急病センターは、病院とも、医師会からも独立した公益財団法人として、平成20年4月に3市1町(人口約70万人)と兵庫県が中心となり開設されました。初期救急に特化した広域の急病センターであるからこそ、小児科医としての「働き甲斐のある職場」、「安心して働ける医療環境」が保障されると考え、その使命が明確なことから人材確保も可能と考え、私はその理事長を引き受けました。
小遣い稼ぎのための医療者集団ではない
小遣い稼ぎのために働く医療者集団には絶対にしたくありませんでした。夜間、時間外だけという変則的な勤務体系の中ですから、当然それに見合う手当が前提となります。と同時に、上に掲げた「医療者としての働き甲斐」です。当センターでは、決して小児科医が主役ではありません。看護師、コメディカル、事務職が連携し、絶えず相談をしながら運営しています。
とりわけ、看護師は、電話相談サービスに始まり、来院時のトリアージとその役割は大変です。幸い優秀なリーダー看護師が10名揃いましたので、山崎センター長の指導を受けながら、お互いの力量を高めるべく絶えずミーティングを重ね、よりスムーズな患者サービスを目指してくれています。
小児救急医療は、小児科医だけで解決できる問題ではない
医療崩壊が日本各地で生じ、とくに小児救急医療体制の不備が叫ばれています。都市部よりも郡部における医師不足がより深刻です。その解決への第一歩は、地域における小児の救急医療へのニーズが何かを明確に知ることです。
小児救急医療は、小児科医だけで解決できる問題ではないのです。地域の他科医師、看護師、保健師といった医療関係者、育児支援グループの方々が、普段から情報交換をし、協力体制が組めていることが不可欠です。小児科医の役割はその仕組みづくりです。何もかもを小児科医がする必要はないのです。
時間外に入院を必要とする患者が一体どの位いるかをシミュレーションします。その全部を地域内で解決する必要はないのです。万が一に備えて、他地域と協力した搬送体制、専門医への相談体制をしっかりと創り上げておけば、住民は安心です。
ユビキタスなコンビニ医療
だれでも、いつでも、どこでも受診できるユビキタスなコンビニ医療。これこそが、住民の小児医療へのニーズです。その実現のために知恵を絞るのが地域の小児科医の役割です。あなた一人で解決しようとするから途方に暮れるのです。小児科医に何もかも背負わせるから破綻するのです。どんなにタフな、どんなに腕の良い医師がいても、医師だけでは地域医療を支えることはできないのです。工夫をしてください。
It is not the strongest of the species that survive, nor the most intelligent, but the ones most responsive to change. (生き残るのは最強の種ではない。最も高い知能を有している種でもない。変化に最も敏感に反応する種である。)Charles R. Darwin
2008年12月記