新しい世紀を迎えて

若葉「巻頭言」2001.6.2.

新しい世紀を迎えて、世の中は大きく、かつ急速に変化しつつあります。医学も、医療も、大学も、すべての分野で変革が進んでいます。

国立大学の独立行政法人化を控えて

ご承知のように、国立大学の独立行政法人化が平成15年4月実施に向けて具体的に検討されており、近々国立大学協議会から最終答申が出される予定です。完全民営化ではなく、おそらく、財政・人事についてその裁量権の一部を中央から各大学に委譲し、大学の特徴を出しやすくするとともに、全体としては大学のスリム化を図ろうとするねらいがあるようです。

神戸大学医学部では、今春から「神戸大学大学院医学研究科医科学専攻」と呼称も変わりました。小児科学講座は、実践医科学専攻「成育医学講座小児科学分野」ということになります。教官は、学部学生よりも、大学院生を主にした研究教育活動を中心とする体制になりますが、スタッフが増えるわけではありません。

このように、大学の機構そのものが大きく変貌しつつあります。その背景にあるのが、金融破綻に象徴される日本経済の行き詰まり、少子高齢化社会です。いま、大学生にも少子化の波が押し寄せており、ベビーブーマーのいたピーク時の60%近くに減少しています。要するに、大学教官数が相対的に余ってきたという論理です。

医療事故防止が最重要課題
昨年10月に、病院長に就任し、就任早々に医療事故に遭遇するという憂き目に会いました。以来、医療事故防止を最重要課題として、病院運営を行っている中で気づいたことがいくつかあります。

我々大学病院で働いている医療者には、技術的に高度先進医療を提供していれば、全てが許されるというあまい考えが、少なからずあったように思えます。これまで、医療を受ける患者への十分に納得のいく説明が行われずに、患者の選択権をときに無視し、医療が進められていました。この意識こそが、今日の社会的ニーズと乖離し、社会から医療界へ向けられている集中砲火の源となっています。

医学情報は医師の独占物ではなくなった
かって、医師は医学的知識を独り占めにしていました。ところが、IT革命により、医学情報は医師の独占物ではなく、だれでもインターネットで最新の医学文献を入手可能となり、医学知識を得ることができます。

文献を読み、書かれていることを理解するだけなら、別に6年間の医学教育、臨床実習を受けなくてもできることです。情報収集の得意な患者さんは、医師よりも早く最新情報を持ってこられます。いまや、医学知識は持っているというだけでは医師とはいえません。的確にひとりひとり患者に必要な情報を選別し、解釈し、適用していく能力が医師には求められています。

EBMは、あくまでEBM
医療の難しいのは、科学的に明らかにされている医学的事実でも、すべての患者さんとって正しい、好ましいものではないことです。我々医師が良しとしているEBMは、あくまでEBMであって、95%あるいは99%は当てはまりますが、個々の患者にとって必ずしも「真」ではありません。どうも、この点が医師と患者の感覚のずれを招いているように思えます。

統計学的分析は、確かに科学的手法に違いありませんが、あくまで可能性が高いというだけで、真実を保証するものではありませんので、数字だけで患者さんを説得しようとするなら、誤解を招きます。
患者さんが求めているもの、患者さんに信頼感を与え得るのは、患者さんの立場になって、親身になって相談してくれる医師の「態度」、「ことば」です。科学技術がいかに進歩したからといっても、医療に期待されるものは今も昔も変わりません。

ますます深刻化する小児科医不足
小児科医師数の不足は、ますます深刻さを増してきています。小児医療は、多岐にわたるとともに、特異な技術的習熟を要するために他科の医師による代役が利きにくいことが今日問題化してきているところです。小児科医師、研修医の過労死がマスコミで報じられています。われわれは、大学にいる大学院生を総動員して各地の小児救急医療を支えてきましたが、もはや不可能な状況になっています。即刻、小児医療の構造改革を断行しなければ、悲劇を招くこと必至です。医師の過労死もさることながら、疲れ切った医師による医療過誤は子どもたちに不幸をもたらします。限られた小児科医師のマンパワーを効率よく提供できる医療の新しい枠組みを行政機関に強く求めていきたいと考えます。